あぼーん

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188 ◆PNXYnQrG2o
----------<<辻>>----------

「ここに皆で居ても始まらへん。一旦下に集まることにしよう」

俯く矢口さんの肩を抱いて、中澤さんが話を切り出す。
その声に返事をしようとする人は誰もいなかった。

(なんか収録の時の雰囲気に似てるなぁ……)

ハロモニのコントとかやってる時の、次のセリフを待ってる時。
それに凄く似ている感じだと思った。次は誰が喋らなくちゃいけないんだっけ?
困るなあ、次のセリフがないとみんな先に進めないんだよね。
梨華ちゃんは私の頭をずっと撫でてくれてる。
その腕の下で、私は次に発せられる声を待った。

「……分かりました。着替えてからでいいですか」

愛ちゃんの声だった。服の擦れる音が後に続く。
どうやら立ち上がったみたい。
撫でる動作を止めた梨華ちゃんの腕を除けて、音の方を見上げた。

「ええで。他の皆も、準備出来たらロビーに集まるってことで頼むわ」
「うん、じゃあ、そうするけど……」

保田さんの返事と同時に、矢口さんが走って部屋を飛び出して行った。
ドアの付近の安倍さん達とぶつかったことに謝りもせずに。

「泣いてた、矢口さん」


梨華ちゃんが、ぼそっとそれだけ言った。
189 ◆PNXYnQrG2o :03/02/16 23:58 ID:CRAlDp5G

「無理やと思うけど、落ち着いて欲しい。とにかく落ち着くんや」

怖い顔で私達を睨む中澤さん。「落ち着け」とそれだけをずっと繰り返す。 
右手を握り締め、まるで自分に言い聞かせてるような口振だった。
中澤さんの指示を理解した皆は、ロボットみたいに無表情のまま自分の部屋へ帰って行く。
そろりそろり。
幽霊が歩くみたいに私はゆっくり歩いた。
梨華ちゃんもその横にいて、手を繋いで同じ速度で動いた。
けど、私の部屋はあいぼんの隣。
すぐに自分の部屋に戻れてしまう。

「じゃあ……、またね、のの」
「うん」

ばたんと扉を閉めると、朝起きたまんまの平和なベッドがそこにあった。
絨毯も朝日に照らされて、とても明るい色をしている。

「さっきのが、嘘みたいだ……」

白い壁一枚向こうが、さっきまで居た空間だとはとても思えない。
こんなに近かったんだ。
きっとあそこで、新垣ちゃんは誰かに殺されたっていうのに。
私はそれに気付きもしないで、朝までグースカ寝てたんだ。バカみたい。
昨日あの事件の後、私は何してた?
ただ泣いて、眠ってただけじゃんか。
悲しいのは皆同じなのに、自分のことだけで精一杯だった。
こんな風になるなんて少しも思ってなくて、ただマコっちゃんが死んだのが嫌で悲しくて。
あの時はそれで一杯で。
190 ◆PNXYnQrG2o :03/02/16 23:59 ID:CRAlDp5G

だって普通思わないよ。あいぼんも、新垣ちゃんも、死ぬ、なんてさ。
なんで、なんで、こんなに死んじゃうの?
分かんないよ、夢じゃないの? 変だよ、おかしいもん、こんなの……!!

「バカじゃないっ!」

脱いだパジャマを壁に思いっきり投げつけた。
軽い衣服は大した衝撃も与えずに、そのままずるりと床に落ちる。

「ばかぁ……」

白い壁の下隅に溜まっている赤のチェックのパジャマ。
陽の当たらない影に在る赤は、まるで血みたいに見えた。

(……ロビーに行かなきゃ、だ)

中澤さんの指示が頭を過ぎる。そうだ、私には「これから」があるんだった。
なんだか、面倒臭いや……。
私は起きたばかりだというのに、疲れてしまっていた。
けど、そうも言ってられそうにないということも分かっていた。

「もう、みんな集まってるかもだよ」

投げ捨てたパジャマを仕方なく拾って、綺麗に畳んでやる。
そしてすぐにバッグにしまった。
バッグの中にある服の中から適当に着替えて、下ろしたまんまの髪を後ろに一つに結う。
歯も顔もささっと綺麗にしちゃって身支度を終わらせると、慌てて階段を駆け下りた。
191 ◆PNXYnQrG2o :03/02/17 00:00 ID:6u3K65A2

ロビーには既にほとんどの人が集まっていた。
みんな、やって来た私に目を向ける。
けど誰も辻、遅いよって言ってくれない。
皆が囲むテーブルの上にもお菓子なんて用意はされてないし、飲み物もない。

「これで、全員かな?」

安倍さんが皆の顔を見渡して確認した。
けれども、明らかに「いつも」に比べて足りないのでこれが今いる「全員」なのかは分からないようだった。

「あとは誰がおる?」
「えっと……、あ、よっすぃーがいない」
「吉澤がいない? まだ寝てんの?」
「よっすぃー、起きてますよ」

梨華ちゃんが強い口調で言った。
確かに、よっすぃーはまだここには来てないみたいだけど。
飯田さんの隣りに席を下ろして、私も来ているメンバーの顔を見渡した。

「じゃあ、吉澤、ここに集まるっていうの知らないのかな?」

問い掛けた市井さんに、梨華ちゃんは「さあ」と頭を振る。
192 ◆PNXYnQrG2o :03/02/17 00:02 ID:6u3K65A2

「まあ、ええ。起きてるならその内降りてくるやろ。ここらで話始めることにするわ」

パン、と中澤さんが手を打つと、皆が顔を上げた。
ペンのキャップを外してノートを開いたのは市井さん。

(書記係、なのかな? あれ、これって会議?)

ぼんやりそんなことを考えてる私をよそに、中澤さんは話を始めた。

「加護と新垣のことやけど。 皆も知ってるように二人は、死んでた。朝、見つけた時には死んでたんや」

『死んでた』って響きがぞくりと私達の体温を奪う。
中澤さんが辛そうに喋っているのは、それが事実だから。
嘘だと信じていたい気持ちすら、見る見るうちに小さくなって消えていく。

「最初に、高橋が、新垣の部屋で、加護を発見した。せやな?」
「はい……」

確認するように、一言一言を区切って話す中澤さん。
新垣ちゃんの部屋で、あいぼんは死んでた。それを見つけたのは愛ちゃん。
そうだ。最初はそうだったっけ……。

「次に、辻が、加護の部屋で新垣を見つけた、と。辻はなんで加護のとこに行ったんや?」
「愛ちゃんの悲鳴が聞こえて。皆がばたばたしてたから、それであいぼんも起こそうと思って」

朝の出来事を順に思い出していた私は、冷静に答えることができた。
その後のことは、実はぼんやりとしか答えられない。
それを察してか中澤さんは続きを促すことをしなかった。
193 ◆PNXYnQrG2o :03/02/17 00:03 ID:6u3K65A2

「そっか。二人ともごめんな」

『言い辛いことを話させてごめんね』ということなのだろう。
中澤さんだって、こんな話したくないはずなのに。

「それにしても、遅いね。よっすぃー」

ひとまず切りがついた所で安倍さんが話を振った。
二階に一人でいるはずのよっすぃー。
起きているにしては、少しも物音がしない。

「ちょっと石川、呼びに行って来てくれる?」
「あ、はい」

中澤さんも変だと思ったのか、梨華ちゃんを呼びに行かせた。
ばたばたと階段を上っていく梨華ちゃんの足音がやけに響く。
なんでこんなに静かなんだろう。
みんながいるのに、静かでいると不安になっちゃうよ。
私は一人一人の顔を窺った。
また誰かが次のセリフを言うのを待っていたのだ。

「こんな風に話して、なにかなるのかな……」
「圭織」

隣りに居た飯田さんがぼそりと呟いた。
独り言のような小さな声だったが、沈黙の中、きちんと全員に伝わるだけの声だった。
194 ◆PNXYnQrG2o :03/02/17 00:07 ID:6u3K65A2

「だって。 だってさ、私達には分からないじゃない」
「分からないって?」
「その、死んだ時間とか、死因ってやつがさ。 話し合うたって何を話すのよ!」
「ちょっと落ち着きなってば、圭織」

どうやら飯田さんは色々考えていたらしく、喋っていく内にヒートアップしてしまったようだった。
保田さんが制すと、小さくごめんと謝って、額に手をやり目を伏せた。

「圭織の言いたいことも分かる気がするんだ。確かにさ、このまま闇雲に話し合ってても気が滅入るだけっていうか」
「いや、この話し合いは続けなくちゃだめだよ」

飯田さんのフォローをしようとした保田さんを、今度は市井さんが制した。

「まだ話し合う余地のあることは、たくさんある」

それだけ強く言い放つと、市井さんはまたノートに何か書き込み始めた。

「とにかく」

軽くテーブルの表面を叩いて、中澤さんが「注目」の合図をかけた。

「やらんよりやってみた方がいい。 どうせ、やることもあらへんしな」
「そ、そうだよね!……話すことによってある程度分かることもあるんじゃないかな?」

そう安倍さんも同調しかけた時だった。
195 ◆PNXYnQrG2o :03/02/17 00:09 ID:6u3K65A2

「きゃあぁぁーーーーーーーーっ!」

二階からの悲鳴。梨華ちゃんの甲高い声が皹切れて聞こえた。
愛ちゃんの悲鳴がテープで再生されたのか、と一瞬思った。
今日これで何度目だろう。
一斉に動き出す皆を私はどこか疲れた面持ちで見やる。
階段を駆け上がり、皆の後を追った。
乱暴に開け放たれたドアの向こうを覗き見る。

そこにいたのはよっすぃーだった。
よっすぃーもあの二人と同じように体を横たえていた。
中澤さんが頬を叩いて、生死を確かめている。
反応は、ない。

「死んでるんだ、よっすぃーも死んでるんだ……」

私の声はなぜか楽しげに響いた。
瞬時にこちらを振り返った安倍さんが、すごく怖い顔で睨んだ。

「あはは……」

咄嗟に私の口から漏れたのは渇いた笑い声。安倍さんはもう部屋の方に向き直っていた。


(違うんだよ。楽しくなんかあるわけない)
(笑いたい訳でもないんだ)

(ただね、あんまりにもおんなじだから、驚いたの。 驚いただけなんだよ)