379 :
書いた人:
タクシ−で保田さんのマンションに着いた時、
長い夏の日も、既に沈みかけていた。
誰も、何も言葉を発せずに。
助手席で保田さんはぼんやりと外を見ていた。
私の隣では、まこっちゃんはまだ涙を拭いていた。
だがひたすら続く沈黙も、重いものではない。
シンパシーなんか使わなくても、痛いほど二人の気持ちが分かっていたから。
時々目に入る赤い光が眩しくて、私は目を細めた。
380 :
書いた人:03/03/02 21:02 ID:WCtsHCUN
「・・・・・・さて、私がいないほうがはかどる話もあるだろ。
ダーヤスさんは飯でも食ってくるから、小川も・・・・・・なんか買ってきてやろうか?」
努めて明るく話をしているのが分かる。
腫れてしまった目を隠すように、保田さんは色の濃いサングラスをかけていた。
「いえ・・・・・・別に、結構です」
まこっちゃんの目には、かすかな反抗心が見えた。
381 :
書いた人:03/03/02 21:03 ID:WCtsHCUN
『何故、あさ美ちゃんにも同じことを聞いてあげないのか?』
多分そんな感じなのだろう。
でもそう言った矢先、まこっちゃんのお腹から間の抜けた音がする。
それを聞いた保田さんは、気が抜けたように笑った。
「人間どんなに悲しくてむかついている時でも、腹は減るんだよ。
何でもいいな・・・・・・三十分くらいで帰るわ」
「はい」
去り際の保田さんの目が、私にそれまでに話を済ませろ、と言っていた。
382 :
書いた人:03/03/02 21:05 ID:Fzmt37PN
何から話せばいいんだろう・・・・・・
なんとなく気まずい。
と、まこっちゃんが無言で私に向かって歩き出した。
スローモーションみたいに、一歩一歩がゆっくりに見える。
私の前で膝立ちになると、まこっちゃんの腕が私の首に回された。
・・・・・・え?
少しの動揺と、その後に来る安心感。
私は一呼吸置いて、両腕をまこっちゃんの背中に回した。
383 :
書いた人:03/03/02 21:05 ID:Fzmt37PN
「・・・・・・あさ美ちゃん、ありがとう」
囁くような言葉も、私の聴覚器官は逃さなかった。
「ううん・・・・・・私の方も・・・・・・ごめんね」
言いたかった言葉。
会見の席でも、絶対に言えなかった言葉。
今だったら言える。
384 :
書いた人:03/03/02 21:06 ID:Fzmt37PN
「・・・・・・・・・あの時あさ美ちゃんが突き飛ばしてくれなかったら、私・・・」
腕を解いた麻琴ちゃんは、それだけ言うと私の前で泣き崩れた。
満足に動けない自分が恨めしい。
私は車椅子から必死で下りると、まこっちゃんの前にひざまずいた。
外見だけは修復された両脚が、露わになる。
一瞬、まこっちゃんがびっくりしたように見えた。
385 :
書いた人:03/03/02 21:07 ID:Fzmt37PN
「あさ美ちゃん・・・脚は・・・?」
少しの期待がこもった言葉。
外見から見れば、もう普通の人間と何も変わらない。
「これは、外だけ直してもらったの。
・・・・・それより、私もごめんね。今までずっと黙ってた」
私の言葉に、まこっちゃんはがっかりしたように目を伏せた。
人間の肌と同じような外観が、一瞬まこっちゃんに期待を抱かせてしまったらしい。
386 :
書いた人:03/03/02 21:09 ID:2uV+a7+C
「機械だけど・・・・・・私は紺野あさ美だよ。
それだけ、そのことだけは、変わらないからさ」
私の言葉に、まこっちゃんが顔をあげる。
その言葉が何の慰めにもならないことは分かっている。
「・・・・・・私は機械だけど、それでも、まこっちゃんのことが大好きだから。
今までずっと・・・・・・・・・今も、ね」
『これからも』とは、敢えて言わなかった。
これから永久に電源を落とす機械の言う言葉ではないから。
私の言葉に、まこっちゃんは小さく頷いて、また涙目になった。
387 :
書いた人:03/03/02 21:09 ID:2uV+a7+C
もう言葉なんて要らなかったんだ。
私が機械であるとか、そのことを隠しているとかではない。
私はまこっちゃんのことが好きで、まこっちゃんも私のことが好きだから。
それだけで充分だから。
388 :
書いた人:03/03/02 21:10 ID:2uV+a7+C
お互いに少し落ち着いたのか、私たちは少しずつだが言葉を交わし始めた。
「ごめんね・・・・・・もう、一緒にお買い物とかできないけれど」
「ううん・・・・・・大丈夫。でも・・・あさ美ちゃんは・・・?」
「うん、もう決めたんだ。
何の目的もないのに、機械が存在なんかしていちゃいけないから」
その言葉に、僅かだがまこっちゃんの目が見開かれた。
「何で?私はこんなにも、あさ美ちゃんにそばにいて欲しいって思ってるのに。
それでもやっぱり・・・・・・ダメなの?」
まくし立てる麻琴ちゃんに、私は力なく首を縦に振るしかなかった。
389 :
書いた人:03/03/02 21:11 ID:2uV+a7+C
ダメなんだよ。
まこっちゃんの近くにいても、また同じことが起きるかもしれないもの。
娘。にはいられない。
娘。ではなく、まこっちゃんの近くにいる方法?
そんなの・・・・・・無いから。
それを伝えようとした時・・・・・・・・・
「・・・・・・・・それはできない相談だな」
いつの間にか入り口近くに立っていた保田さんが呟いた。
390 :
書いた人:03/03/02 21:13 ID:zWYKezEe
「紺野を・・・もう、紺野あさ美として動かすことは不可能だ。
それ以外の起動目的がない以上、私はこいつを起動してはおけない」
眼鏡をかけなおしながら、保田さんは言葉を紡ぐ。
「小川・・・・・・そんな怖い目で睨むなよ。
いや、私にはその視線にさらされる義務があるかな・・・」
床に座っている私とまこっちゃんの所まで来て、保田さんは腰をおろした。
即座にまこっちゃんが噛み付く。
391 :
書いた人:03/03/02 21:13 ID:zWYKezEe
「・・・・・・このままじゃ・・・あさ美ちゃんが可哀想です!」
「・・・・・・だろうな。
私も、紺野があそこまでモーニング娘。を好きになってくれると思わなかった。
それを考えずに起動停止をきめたのは、私のミスだ」
私は保田さんの異変に気付いていた。
冷静にものを言いながら、かすかに唇の端が震えている。
・・・・・・本心じゃない。
今の保田さんは、製作者の仮面をかぶっているんだ。
392 :
書いた人:03/03/02 21:14 ID:zWYKezEe
その言葉にまこっちゃんがキレた。
「何で、そんな冷静にものを言えるんですか!?
あさ美ちゃんは、もうほとんど人間と同じじゃないですか!
それをそんな言い方・・・・・・・・・・」
最後の方は感極まったのか、唇を真一文字に結んでいるだけだった。
393 :
書いた人:03/03/02 21:15 ID:zWYKezEe
「お前や私がどう思おうと、そして紺野が娘。のことが好きであっても、
こいつが機械であることには変わりがない。
『紺野が可哀想』・・・・・・確かにそうだろうな。
それじゃ存在が自己目的化したこいつは、可哀想じゃないのか?
今までにみたいに、モーニング娘。にべったりはしていられない。
また機械であることがばれれば、取り返しがつかないかもしれない。
ただ外にいて、ぼんやりと24時間を過ごす紺野は・・・・・・」
そこまで言って、保田さんは大きく息をついた。
「・・・・・・ys-keiは、これ以上紺野あさ美として起動してはいけないんだ」
保田さんはまこっちゃんを説得するために、わざと冷静を装っている。
今型番を使ったのも・・・多分、機械であることを認識してもらうため。
394 :
書いた人:03/03/02 21:17 ID:IPwdPAg0
途中からまこっちゃんは、顔を両手で覆っていた。
私はどうすればいいか分からず、ただ2人のやり取りを見つめる。
まこっちゃんがかすれた声で、でも、はっきりと保田さんに呟いた。
「・・・・・・保田さんは、酷いです」
ひたすら悲しい目をして、保田さんはその言葉を受けとめた。
395 :
書いた人:03/03/02 21:18 ID:IPwdPAg0
「私は・・・確かに酷いな。
罪人かもしれない。
勝手な目的で紺野を造って、そして勝手に紺野の電源を切ろうとしている。
全ては私が自分勝手にしてきたことだ・・・・・・」
保田さんの声が、涙に詰まる。
今まで、保田さんも大変だったんですよね。
私に毅然として臨みながら、自分のこともやらなくちゃいけなくて。
それは到底、一人の人間の肩に負わせるには重過ぎるものだったから。
396 :
書いた人:03/03/02 21:19 ID:IPwdPAg0
涙に暮れる二人を交互に見比べる。
私の口からは、メモリーで考えるよりも先に、言葉が出ていた。
「いえ・・・・・・そんなに、お気になさらないで下さい」
保田さんとまこっちゃんが、同時に顔をあげて私を見る。
「そりゃあ確かに、娘。にもっといたかったですし、
保田さんやまこっちゃんとも、もっとずっと一緒にいたかった・・・
でも保田さんが私を造ってくれたからこそ、
私はこんなにも楽しい時間を過ごせたんですから」
397 :
書いた人:03/03/02 21:19 ID:IPwdPAg0
私を見て、保田さんが大きく息を吐いた。
「・・・・・・紺野・・・・・・」
私はそれに大きく頷く。
「だから私は保田さんに酷い、なんて気持ちは持ってません。
こんなにも楽しい思いができたのは、保田さんのお陰ですから。
ありがとうございました・・・・・・これだけです」
頭を下げた私を見て、堰を切ったかのように保田さんが泣き出した。
398 :
書いた人:03/03/02 21:20 ID:IPwdPAg0
「・・・・・まこっちゃん・・・」
麻琴ちゃんのほうに向き直る。
「お願いだから、分かって・・・・・・
私は人間じゃない。
だからこそ、私はまこっちゃんと出会えたんだし、
一緒に歌ったり、踊ったりできたんだから」
まこっちゃんが再び俯いて、涙をこぼし始めた。
薄暗くなった部屋の中で、私たちはいつまでもそうしていた。
399 :
書いた人:03/03/02 21:22 ID:kirJz8Ka
やっとのことで泣き止んだまこっちゃんをなだめて、
玄関から送り出したのは、もう日付が変わっていたのかもしれない。
電源を切る瞬間まで付き合う、と言い張るまこっちゃんに、
『あの場面を見せるのは忍びないから』と、保田さんが断ったのだ。
400 :
書いた人:03/03/02 21:23 ID:kirJz8Ka
「・・・・・・・・・こうして私がここに座るのも、最後ですね」
電源台の上で呟く。
私を見て、保田さんがふっと笑ったように見えた。
「何ですか?」
「いや・・・・・・もう明日から、がらっと一日が変わっていくんだろうなぁ、って」
「でしょうね」
401 :
書いた人:03/03/02 21:24 ID:kirJz8Ka
―――――― 沈黙
「紺野さ・・・・・・自分で電源が入れられるように、セッティングしておこうか?」
そういった保田さんの顔は、うそぶいていた。
そんなこと、やっちゃいけないって分かってるはずなのに。
私は首を振る。
「いいえ・・・・・・闇の中でひたすら考えるのは、もうたくさんです。
もしまた御用があれば、起こしてください。
その時は・・・・・・また必死に、その目的を果たすまでですから」
「あぁ」
・・・・・・保田さんなら、軽率に電源を入れるわけないから。
信じているからこそ、こんなこと言えるんですよ。
402 :
書いた人:03/03/02 21:25 ID:kirJz8Ka
気まずい沈黙。
最後に伝えたいことを、必死で考える。
そうだ、あのことを・・・・・・
「保田さん!」
私の威勢のいい声に驚いたのが、保田さんはびっくりして目を見開いた。
「・・・・・・私、保田さんのこと尊敬してますよ。
いつかの日記にあったんですよね・・・『尊敬する人は保田さん』って言わせるって。
でも、今は私の偽らざる本心です。
尊敬してますよ」
私の言葉に照れくさかったのか、保田さんは顔を真っ赤にして、
「つまんないこと、思い出すんじゃないわよ」
と、笑った。
403 :
書いた人:03/03/02 21:27 ID:OhNKL/7h
いつまでも話しているわけにはいかない。
でも保田さんが電源を切れないのも、なんとなく分かっていた。
踏ん切り、って難しい。
「それじゃ、そろそろ・・・」
仕方がないので自分で切り出す。
「うん・・・・・・」
404 :
書いた人:03/03/02 21:28 ID:OhNKL/7h
「紺野・・・」「保田さん・・・」
二人の声が重なった。
「・・・・・・紺野から言っていいぞ」
「あの・・・・・・今までありがとうございました。
この3年、本当に楽しかったです。
・・・・・・ありがとうございました」
「・・・・・・・・・・・・私もそれを言おうと思っていた」
保田さんがかすかに笑ったように見えた。
私もそれに微笑み返す。
やっぱり私たち、どこか似てましたね。
405 :
書いた人:03/03/02 21:30 ID:OhNKL/7h
そうか。
もう余計な言葉なんて、必要なかったんですね。
保田さんが電源に触れた。
「・・・・・・それじゃ」
「お世話になりました・・・・・・さようなら」
かすかな衝撃が私の回路を走る。
406 :
書いた人:03/03/02 21:31 ID:OhNKL/7h
紺野あさ美・・・・・・・・・kei-ys ver14.00電源を切ります。
改良事項は・・・・・・もう点検する必要ありませんね。
私を構成する全ての部品、全ての回路の皆さん・・・
そして保田さんとまこっちゃん・・・娘。の皆さん・・・
おやすみなさい。
407 :
書いた人:03/03/02 21:34 ID:OhNKL/7h
次で終わりです。
・・・と申しますか、次をもう書いてありますので、
目次殿がきたら、すぐ次を上げ始めます。
>>375 はじめましてですね。感想書いてくださって嬉しいです。
>>376 期待に添えるラストになっている自信がまるで無いです、実際。
>>377 私の中では、かなりありきたりな物語になってますが。
期待を裏切れたなら嬉しいです。