私の願い

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352書いた人
「紺野ッ・・・・・・大丈夫?」

控え室に入った私を真っ先に見つけて、安倍さんが声をあげた。
たちまち12人に囲まれて、もみくちゃになる。
みんな泣きそうな顔をしている。

そうか・・・・・・あの時も保田さんとまこっちゃんだけ。
みんなは情報だけ聞かされて、私と顔を合わせてなかったんだ。 
353書いた人:03/03/01 13:57 ID:y8pV9w5G

「紺野ちゃん・・・・・・やめちゃうんれすか?」
「辻!いきなり泣くんじゃねえよ・・・・・・みんな沈むだろ?」
「あ・・・私、自分でしっかり考えて、決めましたから・・・」

私はこれ以上、娘。にはいられない・・・覚悟はできてますから。
辻さん、矢口さん・・・・・・ごめんなさい。 
354書いた人:03/03/01 13:59 ID:ZAbprPNJ

「脚の方は・・・・・・ギブスで固めてるんだ・・・まだ痛むの?」
「あぁ・・・麻酔を打ってますから、特に痛みは・・・」
「身の回りとかは大丈夫?」
「ええ、実家から両親が来てくれてますから、大丈夫です」
「もしなんかあったら、すぐに言いや。うちも飛んでくから」

安倍さんも、石川さんも、加護さんも、ごめんなさい。
私は・・・こんなに心配されているのに、まだウソをつき続けているんです。 
355書いた人:03/03/01 14:00 ID:ZAbprPNJ

「ごめんね紺野・・・圭織がしっかりしてなかったから・・・」
「いえ・・・ホントに、私もちょっと頑張りすぎちゃったんで・・・お気になさらないで下さい」
「そうですよ飯田さん・・・悪いのは変なセットでやるテレビ局なんだから」
「よっすぃ〜と一緒に、あのセット作ったスタッフにクロスボンバーやっておいたから、ね」

飯田さん、吉澤さん、後藤さん・・・・・・ごめんなさい。
私は機械として、最後にお役に立てたんだから、幸せなんですよ。
でも、それで・・・・・・皆さんはどんな気持ちになるんでしょう・・・考えてもいませんでした。 
356書いた人:03/03/01 14:00 ID:ZAbprPNJ

「あさ美ちゃん・・・もうお別れなんて、早すぎるよ・・・」
「何で・・・・・・」

里沙ちゃんも、愛ちゃんも・・・ごめんね。
あなた達と同期のダメダメ少女は、機械だったんだよ。

そして・・・

私は輪の外の方で、ぼんやりとした目をしている麻琴ちゃんに目を向けた。
さっきから私と目を合わせてはくれない。
やっぱり許してもらえないのかな・・・

私は心の中で、「ごめん」を繰り返しつづけた。 
357書いた人:03/03/01 14:01 ID:ZAbprPNJ

「そろそろ・・・始まるみたいだから」
ドアの外の空気を察して、保田さんが囁いた。
「ほら、圭織・・・・・・あんたがしっかりしないと・・・ね」
促されて、ようやく飯田さんが濡れた視線を上げる。

「みんな、紺野とお仕事できるのはこれが最後だから・・・・・・
紺野に最後のお別れの言葉、しっかり会見で言うようにね。
紺野も・・・思ったとおりのことを、ね」
「「はい」」

返事の声も、いつもより遥かに元気が無かった。 
358書いた人:03/03/01 14:03 ID:NLKWPthS

私は嘘をつき続けてきた。
いや、今もつき続けている。

今まではそれでいいと思っていた。
自分が果たすべき目的を達成するには、それが最善だったから。
当然の姿だと思っていた。

・・・・・・でも、それは正しかったのだろうか?

私はこれ以上嘘を重ねることはできそうにないから引退する。
みんなに対する謝罪の想いが、私のメモリーを占め始めていた。 
359書いた人:03/03/01 14:04 ID:NLKWPthS

「・・・・・・紺野?」

車椅子を押していた安田さんは、私の心の変遷に気付いたのだろう、軽く声を掛けた。

「大丈夫か?」
「・・・・・・はい。ただちょっと、考え事をしていただけです」
「そうか・・・ならいいが。思ったとおりのことを言えばいいからな。
別に私に気兼ねすることはないぞ」 
360書いた人:03/03/01 14:05 ID:NLKWPthS

大丈夫です。
私は自分が機械であることを、あそこで明かすような浅はかな真似はしませんから。

私は考えていた。
都合のよいことかもしれないけれど、
どうすればみんなにこの気持ちを伝えられるんだろう?

機械であることを隠した上で、嘘をつきつづけて申し訳ない気持ちを。
矛盾しているけれど、そのまま伝わることは多分無理だけど。

私は考えていた。 
361書いた人:03/03/01 14:06 ID:NLKWPthS

車椅子の私をフレームに納めると、一斉にフラッシュが焚かれた。
みんな眩しそうに目を細める。

唯一、つんくさんだけはやつれた目を私に向けていた。
一瞬私と目が合うと、申し訳なさそうな、そんな表情をする。
そして大きく頷き、おもむろにマイクを取り上げた。

「本日は・・・紺野あさ美のモーニング娘。卒業会見におこしいただき、ありがとうございます。
皆さん既に、お聞き及びのことと思いますが・・・・・・・・・」

つんくさんの声は、今まで聴いたどんな声よりも寂しそうだった。 
362書いた人:03/03/01 14:07 ID:NLKWPthS

私はひたすらまこっちゃんを見ていた。
既にみんなが泣きじゃくっている中、まこっちゃんは会見場の隅の方を見遣っている。
会見が終われば、私はまこっちゃんに話さなければならない。
何て言おう?

「・・・・・・・・・それでは、各メンバーから紺野に一言づつ」

徳光さん謹製の目薬を使っている保田さんを除いては、
みんな泣きじゃくってしまって、言葉になっていなかった。
追い討ちを掛けるように、フラッシュが焚かれる。 
363書いた人:03/03/01 14:08 ID:NLKWPthS
「それでは次、小川麻琴」

まこっちゃんの番になり、私はまこっちゃんの方をじっと見る。
今までずっと私から目を逸らしつづけていた。
が、まこっちゃんは私の方に顔をあげた。
いや、キッと睨みつけた。

目を真っ赤にして、口をへの字に曲げて。
今まで見た、彼女のどんな表情よりも怖かった。 
364書いた人:03/03/01 14:09 ID:NLKWPthS

「・・・・・・・・・・・あさ美ちゃんの・・・嘘つき」 

ほとんど聞き取れないような声で。
隣にいた愛ちゃんが、慌てているのが分かる。
でも愛ちゃんが思っているのとは、違う意味なんだよ、多分。

「あさ美ちゃんの嘘つき」

さっきよりも大きな声ではっきりと、まこっちゃんは繰り返した。 
365書いた人:03/03/01 14:10 ID:NLKWPthS

私は彼女の眼を見ながら、その言葉に頷くしかなかった。

私は機械であることを隠していた。
まこっちゃんだけじゃない、モーニング娘。のみんなに嘘をつきつづけていたんだから。
ごめんね。

だがまこっちゃんの口から出た次の言葉は、私の予想とは違うものだった。


「これからもずっと、一緒に歌っていられると思ってたのに。
お買い物したり、おしゃべりしたり、できると思ってたのに。
モーニング娘。に入った時、一緒にずっと頑張って行こうね、って言ったじゃない」

それだけ言うと、麻琴ちゃんはマイクを押し付けるように、里沙ちゃんに渡した。
保田さんはその言葉を、目を伏せて聞いていて。

愛ちゃんの肩で泣き始めてしまったまこっちゃんを、私は見つづけていた。 
366書いた人:03/03/01 14:11 ID:NLKWPthS

そうだよね・・・
まこっちゃんにとって大切なのは、私が機械であることじゃないんだ。
私という存在が、目の前から消えることなんだ。

今までメモリーの中で渦巻いていた迷いが、突然解決したような気がした。
今なら、まこっちゃんに言える。
本当の気持ちを。

機械であることを黙っていたことが申し訳ない、それは変わらないけれど。
それよりも大切なこと。
私はまこっちゃんも他のメンバーも、いや、モーニング娘。が好きだったんだ。

みんなが私のことを思ってくれる心が、シンパシーで伝わるから。
そんな言い訳めいたことはもう言わないでいよう。
私は私自身の心で、モーニング娘。が好きなんだ。 
367書いた人:03/03/01 14:12 ID:4eFQVdsJ

「それじゃ最後に、紺野自身からご挨拶を・・・」

私の前にスタンドマイクが立てられた。
一瞬全てが止まったかのような静寂を経て、私は呼吸する。
メモリーの中で思った通りのこと・・・・・・保田さん、言わせて頂きますよ。

「あの・・・どうも、今日はありがとうございます。
私、紺野あさ美は、本日をもちまして引退させていただきます。
ご覧のようにこの状態では、今までみたいに歌って踊ることはできませんから。
まあ今までだって踊れてなかったですけどね」

会場が凍りついた。 
368書いた人:03/03/01 14:13 ID:4eFQVdsJ

流石にこんな場面で、洒落言ってる場合じゃなかったかな?
私を構成するヤスダイズムが、恐らくこうさせるのでしょう。
私は構わずに続ける。

「私はダメダメでした。
歌も満足にできませんでしたし、ダンスも隅の方が定位置でした。
テレビ局内で二度も怪我をしましたし、結果として仲間のみんなに、
こんなにも涙を流させることになってしまいました」

保田さんがわざとらしく、私から目を逸らした。 
369書いた人:03/03/01 14:16 ID:tlvRS2RJ

「・・・・・・でも、この1年は私にとって、ホントにかけがえのないものでした。
あっという間に過ぎた時間を振り返って、改めて思います。
私はモーニング娘。が好きでした。
そしてその中にいた12人の仲間のことも、大好きでした」

まこっちゃんが再び泣き出した。
私はメンバーのみんなの顔を見ながら続ける。 
370書いた人:03/03/01 14:26 ID:rGyG1uRM

「ですから・・・・・・自分で決めたこととは言っても、引退するのは悲しいです。
それは歌や踊りができなくなることだけなじゃない、
この仲間達とお別れしてしまうことが、悲しいから。
私のせいで、ダンスレッスンやボイトレも、無駄な時間を割いてしまいました。
本当に私はみんなに感謝してます。
そして、私はこれからも、みんなことが大好きです・・・」

それだけ言うと、私は頭を下げた。
再びシャッター音が場内を埋め尽くす。

・・・・・・これで、よかったんですよね?保田さん。
371書いた人:03/03/01 14:26 ID:rGyG1uRM

私のほうを見て頷いた保田さんは、涙を流していた。
多分、本当の涙。

「・・・・・・紺野、俺はお前を卒業させる気はないからな。
せめて休学、くらいに思っとけや」
去り際につんくさんが呟いた。 
372書いた人:03/03/01 14:28 ID:rGyG1uRM

私・・・本当に最高の1年間を過ごしていたんだなぁ・・・・・・
会見が終わった後のステージ裏。
私は初めて、自分の卒業を思って、泣いた。

みんなにもみくちゃにされながら。
みんなの嗚咽に囲まれながら。
373書いた人:03/03/01 14:31 ID:rGyG1uRM
あと少しです。
ご感想など、よろしくお願いします。

>>347 わーい、片仮名だぁ。
>>349 保全ありがとうございます。
>>350 いや、別に気にはしておりませぬ。
    ただ『あっ、落ちたかな?』と不安にはなりましたが。一瞬ですので。
374名無し募集中。。。:03/03/01 14:45 ID:sdkcMOB2

=-=-=-=-=-=-= 紺野あさ美─kei-ys WORKING LOG SHORTCUT =-=-=-=-=-=-=
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*** >>36-50  . .第1章「キカイノココロ」 (2002.12.25) ver12.32            .***
*** >>66-83  . .第2章「デジタル」 (2003.01.05) ver12.33                ***
*** >>90-103  .第3章「シンパシー」 (2003.01.13) ver12.34              ***
*** >>106-124 第4章「好き」 (2003.01.19) ver13.00                   ***
*** >>130-159 第5章「目的」 (2003.01.28) ver13.00                     ***
*** >>164-183 第6章「光は闇でこそ輝く」 (2003.01.29) ver13.00        ***
*** >>189-216 第7章「美意識」 (2003.02.05) ver13.00                   ***
*** >>221-246 第8章「永続性」 (2003.02.11) ver13.00                   ***
*** >>250-272 第9章「いつか来るべき瞬間」 (2003.02.13) ver13.00       ***
*** >>283-308 第10章「最終課題」 (2003.02.16) ver14.00             ***
*** >>328-345 第11章「共同作業」 (2003.02.26) ver14.00             ***
*** >>351-372 第12章「ホントノココロ」 (2003.03.01) ver14.00         ***
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