私の願い

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328書いた人
  第11章  「共同作業」 
329書いた人:03/02/26 21:34 ID:zpDDFaiq
「・・・・・・・・・まさか、娘。全体を他の会社に完全移籍、とか?」

会社のエレベーター。
会長室へ上がるさなか、車椅子の後ろに立つ保田さんを仰ぎ見た。
私の発想にあまりに呆れたのか、

「馬鹿にするな・・・」
「でも・・・・・・保田さんなら、それくらいの条件を引き合いに出しかねませんけど」

『うたばん』で私に怪我をさせた張本人も保田さんだ。
この人なら何をしでかしてもおかしくはない、
というのが、私の思考回路の根底にあるらしい。 
330書いた人:03/02/26 21:38 ID:zpDDFaiq

・・・・・・出発前


「多分・・・あのオヤジ、お前を引退させるな、って言うだろうな」

ファンデーションを塗りたくる背中に、私は問い掛けた。
「・・・・・・でも・・・私は機械ですよ?」
私の言葉に振り返ると、にやっと笑う姿が無気味。

「お前が機械であるのと同じで、あのオヤジも商人だからな。
一つ、分からない所があるんだが・・・まあ、それはどうでもいいことだし」
それだけ言うと、また自分の顔面の精製に専念してしまった。

何故会長がそんなことを要求してくるのか、私にはわからない。
それと同じく保田さんがどうそれに対抗しようとしているのか、私には分からなかった。
331書いた人:03/02/26 21:39 ID:zpDDFaiq
静かに上がってゆくエレベーターの中で、保田さんはそっぽを向いて口笛を吹いている。
まったく・・・人の気も知らないんだから。
もういいや・・・そう思い始めたとき、

「私はさ・・・あいつらを犠牲にしてまで、自分と自分の機械を守ろうとは思えないんだよ」
針が落ちるように小さな声でも、私の聴覚部品はそれを逃さなかった。

保田さんも、自分の声が私に届いていることは分かっているのだろう、
こっちを向いて微笑むと、言葉を繋げた。 
332書いた人:03/02/26 21:41 ID:zpDDFaiq
「よく分からんことばかりやってるけど、あそこまで娘。を育てたのは、間違いなくあの会社だ。
それに・・・・・・多分、あんな大所帯を囲っておけるの、あそこくらいだろうな。
まだ娘。に留まってる、圭織やなっちや、矢口に4期や5期の奴らも、
あそこにいれば自分の歌いたい歌が歌える、
少なくともそのチャンスがある、って思ってるからいるんだろ」

「まあ、それをご自分で意識しておられるかは分かりませんが・・・・・・そうでしょうね」

「だったらあいつらから、その可能性を奪うわけにはいかんだろ。
このダーヤスさんのためなら、喜んで人柱にはなってくれるだろうけどさ・・・」

そう言って、再び箱の隅を保田さんは見つめた。
涼しい顔をしてるけど、頬が僅かに赤いのは、照れているのかもしれない。
思わず私は、吹き出した。  
333書いた人:03/02/26 21:43 ID:zpDDFaiq
「・・・・・・保田さん・・・」
「なんだ?」 
ぶっきらぼうに、まだそっぽを向いている。

「・・・・・・大人になりましたねぇ」

こればかりは実感。
今までは自分以外はゴミ、みたいな人だったのに。
こんなにも、他人を思いやることができたんですか・・・
人間、いくつになっても成長するんですねぇ・・・・・・

返事の代わりに、ゲンコツが飛んできた。 
334書いた人:03/02/26 21:43 ID:zpDDFaiq
階数表示が目指すフロアに近付く。
回路中を流れる電流の量が、心の無し多くなっているような気がする。

・・・・・・興奮してる?

別に保田さんが失敗するとは思ってないから、心配していない。
会長に会ったのは数えるくらいだけど、麻琴ちゃんほど緊張しない。

そうか、私、初めて保田さんと一緒に、何かをできるんだ。
そう思うと、なんだか嬉しくなってきた。
先に思考回路の奥の方でそれに気付いて、だから興奮してたんですね。 
335書いた人:03/02/26 21:44 ID:zpDDFaiq
「何笑ってんだ?紺野」
「え?なんでもないですよ」

からかい半分で聞いてきた保田さんに、笑顔を向けながら答えた。
電子音とともに、目の前のドアが開く。
車椅子を押す保田さんからも、何か楽しげな雰囲気が伝わってきた。

こんな状況が楽しいなんて・・・・・・
製作者と機械、よく似るんでしょうね。 
336書いた人:03/02/26 21:46 ID:zpDDFaiq
「・・・・・・と言うわけで、紺野をこのまま引退させてください。
機械であることを隠していたのは、申し訳ありませんでした」

会長室

礼儀正しく頭を下げる保田さんに驚いた。
『紺野の引退に承諾しないと、あんたの命を貰う』
とか、言うと思ってたんだけどなぁ。

頭を上げない保田さん越しに、舐めまわすように私を見る男の姿があった。 
337書いた人:03/02/26 21:46 ID:zpDDFaiq
「いやいや・・・・・・それはもういい。
だが、引退をさせるのは待って欲しい」

作り物の笑顔の下から出てきた言葉は、恐ろしいほど予想通り。
揉み手をしながら、顔を上げた保田さんに近付いてくる。

「・・・・・・紺野をこのまま娘。としてやらせるつもりですか?」
「ああ、そのとおり」
「何故ですか?紺野が機械であることを、隠し通す自信が?」

保田さんの言葉に、会長は足を止めた。 
338書いた人:03/02/26 21:47 ID:zpDDFaiq
さっきから会長の笑顔が崩れもしない。
保田さんも真意を探っているらしく、冷静な視線を送っていた。
会長のつり上がった唇の端から、私にとっては意外な言葉が漏れた。

「・・・・・・何故隠すのだ?
これほどまでに精巧なロボットがいる。
こんな売り出し要素、他のどのタレントも持ってない」 
339書いた人:03/02/26 21:48 ID:zpDDFaiq

―――――― 誰も、何も言わなかった。

私を機械であると公表して、娘。に置く?
確かに意外性はあるだろう。
そして、保田さんも一流の科学者として認められるだろう。
そうすれば、本来の(私の一番最初の)起動目的が果たせるわけだ。
最高の提案に、聞こえなくも無い。 
340書いた人:03/02/26 21:49 ID:zpDDFaiq
でも・・・・・・

保田さんだって当然気付いているはず。
それはもはや、モーニング娘。ではない。

みんなが平等の立場で競い合って、
喧嘩したり、励ましあったりしながら、自分の歌いたい歌を歌う場所。
そこに『ロボット』の私が入る・・・
歌でもなんでもない・・・
ただ強烈な個性だけが必要な空間。
例えそれが人造のものであっても、強烈な個性が。

考えただけで滑稽で、そして恐ろしい光景だった。 
341書いた人:03/02/26 21:50 ID:zpDDFaiq
「ふ・・・」

保田さんの口から、何かが漏れた。

「・・・・・・クックックッ・・・・・・ダメだ、我慢できない」

それだけ言うと、保田さんは文字どおり腹を抱えて笑い始めた。
爆笑に、思わず私もシンパシーが働いて、頬が緩む。

「何が・・・・・・おかしい?」
狼狽する一人のオヤジを残して、私たちは笑いつづけた。

何に対して?
そんな馬鹿馬鹿しい提案、聞いたことが無かったから。 
342書いた人:03/02/26 21:51 ID:zpDDFaiq
「ヒヒヒ・・・・・・会長、ごめんなさい、その提案お断りします」
目尻に浮かんだ涙を拭きながら、保田さんはやっとのことで口にした。

「何故!?」
「何故?ハーハッハッ・・・・・・ダメだ、面白すぎる。
そんなの、モーニング娘。じゃないからですよ。
そんなこともお分かりにならないんですか?」

もっと高尚な駆け引きを期待していたのか、保田さんの目にはあからさまな侮蔑が見える。
その視線に耐えられず、そして何が起こっているのかも分からず、
会長は私たちの笑い声を前に、肩を震わせていた。 
343書いた人:03/02/26 21:52 ID:zpDDFaiq
「・・・・・・引退会見、こちらでセッティングしておきました。
ああ、大丈夫。会長が知らない所でも、こういうことは動くんですよ。
会社って、怖いですね。つんくさんだって来られるんですから」

腕時計を一瞥して、保田さんが再び背筋を伸ばした。

「それではそろそろですので、私たちは失礼します。
あぁ・・・・・こいつが機械だってこと、ばらそうなんて思わないほうがいいですよ。
会長の世間からの引退が早まってしまいますからね」

それだけ言うと、保田さんは私の車椅子を押した。
今にも泣き出しそうな会長を残して、再びエレベーターに乗る。 
344書いた人:03/02/26 21:53 ID:zpDDFaiq
静かに動き出したエレベーターで、保田さんはまだ笑いをかみ殺していた。

「いいんですか?」
「まぁ・・・・・あの人がばらそうとしても、なんともならないようにしてあるよ」
「ホントに?」
「なんだ〜?このダーヤスさんが信じられないのか?」
「いえ、そんなことは無いですけど・・・・・・」

と、ニヤニヤしていた顔をあげ、保田さんは呟いた。

「・・・・・・あのまま、諦めてくれればいいんだけど・・・
そうは出来ないんだろうな・・・あそこまで行くと・・・・・・」  
345書いた人:03/02/26 21:54 ID:zpDDFaiq

え?

聞き返す間もなく、保田さんは続ける。

「大丈夫、何があってもいいように、ちゃんと手は打ってあるから」

そしてウィンク。
私は視覚情報の伝達を止めながら、
会長がここで諦めてくれるよう、祈るのだった。
まぁ・・・私の祈りなんて、無駄に終わるのがほとんどなんですが。

そんな私の祈りも露知らず、
「さぁ〜て、徳光さんに貰った目薬でも仕込んでおくか!」
引退会見に備えて、なぜかテンションが高い製作者がいた。