97 :
第三章:
(19)
福田の鬱の度合いが増した。
シャ乱Qのボーカル・つんくが新ユニットデビューの件を切り出したからだ。
ここにいる五人で新ユニットを結成するというのは、福田が予想した通りだった。だが、条件が付帯
する。それも過酷な条件だった。
「目標としては、一日に一万枚売れるようなアーティストにたどり着いてもらえれば、次のステップに
進めるんじゃないかな、と。五人いるんで、五日間で……五万枚……」
<無謀だ。情け容赦ない>
福田は、途方もないことだと思った。自分たち五人はオーディションの落選組だ。簡単にメジャーデ
ビューさせたのでは世間が納得するまい。あまりにも過酷な条件だけれども、やれと云われたからには、
最後まで頑張りぬくしかない。選択肢は一つしかないのだ。
98 :
第三章:02/12/10 00:33 ID:wu9ZLwxA
(20)
番組側からこの条件の話を聞いて、福田と同じことを考えた男がいる。新ユニットのマネージャーを担当する和田薫だった。
「番組の演出だとわかっておりますが、これはあまりにも過酷すぎないでしょうか」
和田は続ける。
「一日一万枚売れるアーティストの件は、あまりに安易な例えではないでしょうか。一年に均しますと」
「軽くトリプルミリオンか。そんなタレントがいればアップフロントは安泰だな」
上司たる山崎直樹がティーカップの中の黒い液体をスプーンで撹拌しながらいう。
「社長は、新ユニットがこの条件を達成できるとお考えでしょうか?」
「売れることは売れる……番組が売ったことにしてしまうだろう。視聴者にしてみれば、ブラウン管に映ることだけが真実なの
だから。だが、五人のその後を考えると……」
「……五万枚に限りなく近い数字を売り切らなければ、明日はないのですか……」
「うむ。急造ユニットが本格的に機能しないといけない」
山崎はブラックコーヒーを飲み干す。
99 :
第三章:02/12/10 00:35 ID:wu9ZLwxA
(21)
「時に、新ユニットのプロデューサーの件はどうなったかな?」
「はい。寺田君は引き受けてくれました。ただ、何分にも急用でしたので、新ユニットのデビュー曲は
番組側に用意してもらうことになりましたが」
ここで云うデビュー曲とは、彼女たちが五万枚売り上げる課題となる、インディーズCD『愛の種』で
ある。上の事情で、この曲は、モーニング娘。の数多ある楽曲のうち、プロデューサー・つんくが作詞
にも作曲にも関わっていない唯一の楽曲となった。ちなみに、この時点ではつんくはプロデューサーに
就任していない。『愛の種』の作詞はサエキけんぞう・作曲と編曲、プロデュースは桜井鉄太郎が担当
した。
「問題は、プロデュースでも、楽曲でもなく、メンバーの人間関係なのです」
「誰かが浮き上がっているのか?」
「はい。最年少の福田明日香がひときわでして」
100 :
第三章:02/12/10 00:42 ID:wu9ZLwxA
(22)
福田は四人と全く馴染めなかった。原因は、東京在住者と地方出身者の違いでもあるし、このユニッ
トが急造されたからでもある。そして、五人の性格は全く異なっていたからでもある。
福田は当時を回想する。
「私は、必要以上のことはぜんぜん喋らなかったんですよ。挨拶とか、普通の会話はしてましたよ。で
も、みんなよく喋るんですよ。それについていけなかったですね」
そんな福田に更に追い討ちがかけられる。
新ユニットの名前が決定した。
「モーニング娘。」
喫茶店のモーニングメニューを意識している。親しみがあり、お買い得、というニュアンスを持たせ
ている。ユニット名の最後の「。」は番組の司会者が独断で付けた。
<なかなかいい名前じゃない>
福田は即座にこのユニット名が気に入った。周囲も自分と同じかと思えば、さにあらず、四人は苦笑
にも似た複雑な笑みを浮かべていた。スタジオの観客からも笑いが起こった。それも嘲笑に聞こえた。
<私たちは安っぽい企画物だと思われている>
福田はますます落ち込んだ。