_矢_____口_____不_____足_(羊)

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103第三章

(23)
 CDシングル五万枚を収納すると段ボール箱50個になる。積まれたダンボールを目のあたりにすると、
五万枚という数字が実感できる。この山をさばくために、何をしたらいいのか。

 つんくは云う。
「一人でも多くの人に聴いてもらう。認知してもらう」

 その言葉を受けて、五人は全国の街へPRに出かけた。
 各地のレコード店を回り、ポスターを貼らせてもらう。
 有線放送の放送所をまわり、リクエストの空き時間があれば『愛の種』をかけてもらえないかと担当
者に頼み込む。
 手作りのプレートとのぼりを手に街を練り歩く。
 各地方のテレビ局・ラジオ局生放送番組にも出演した。

 モーニング娘。のメンバー一人一人も、寸暇を惜しんでPRにつとめる。
 中澤は大阪のある大学を訪問して、学園祭にモーニング娘。を出演させてもらえないか、と学園祭委
員と交渉する。
 飯田は見知らぬ家々を訪ね歩き、手製のビラを手渡す。
 安倍は知人のつてを頼って室蘭市長に面会する機会をえて、協力をお願いする。
 石黒は高校の卒業名簿を使って、同窓生に片っ端から手紙を書く。
 福田は学校の放送委員に頼んで、学校放送で『愛の種』をかけてもらった。友人の紹介で他の学校の
放送委員を紹介してもらい、そちらの学校でも曲を流してもらった。
104第三章:02/12/11 00:53 ID:TVr0OyT5

(24)
 モーニング娘。のCD発売初日が来た。場所は中澤裕子の地元(出身は京都府だが、当時大阪でOLをし
ていた)・大阪。メンバーの努力の甲斐あってか、『愛の種』は売れに売れた。

 会場前には、販売開始前から長蛇の列が出来ていた。その列は次第に伸びていき、ある物好きが計測
したところ、およそ1.5キロメートル、つまり地下鉄心斎橋からなんば駅まで、駅一区間分もの長さに
なったという。
 売れに売れた。混雑のあまり、近隣の店舗から苦情が来て、販売会場を閉鎖に追い込まれた。なにし
ろ、『愛の種』を買い求めに来た中澤の同僚さえ、会場には入れなかったほどである。
 この日の売上はおよそ一万七千枚弱。目標の五万枚の三分の一にあたる。

 歓喜のあまり、メンバーたちは抱き合って涙を流した。
105第三章:02/12/11 00:55 ID:TVr0OyT5

(25)
 販売会場を福岡・札幌と変えても、モーニング娘。の勢いは止まらなかった。『愛の種』は順調に売
れて、ついに残り一万枚を切った。今まで通りのペースで売れ続ければ、次の会場で五万枚完売できる
であろう。

「五万枚完売!かんぱ〜い!」
「前祝いだべ。乾杯!」
「楽しそうやな。うちも混ぜてや」
「ちょっと気が早くない?」
「まあ、そういうなって。彩っぺも盛り上がろうや」
「明日もいい勢いのままやりたいからね」
「じゃあ、この勢いでいくぜ!」
 次の販売会場・名古屋を前にして、メンバーたちは宿舎で盛り上がっている。

<脳天気なやつらだ>
 福田明日香だけが前祝い気分に乗れなかった。四人は、名古屋で完売できなかった場合のことは考え
ていないようだ。自分は四人のような気分にはなれない。名古屋で売れず、次の東京でも売れなかった
らどうするつもりなのだ。

<いっそのこと、全く売れなかったら……>
 福田の脳裏に悪魔のような考えが閃いた。
106第三章:02/12/11 00:57 ID:TVr0OyT5

(27)
 福田の予感は的中した。
 
 モーニング娘。は名古屋でのCD手売りに備えて、前日を名古屋市内での販促活動に当てることにした。
 その日は曇りだった。黒い雨雲が立ちこめている。地元のラジオ番組に生出演した。販売会場となるナ
ゴヤ球場を下見した。いつの間にか、雨が降っていた。
 その後、例ののぼりとプレートを手に街頭PRにでた。

 だが、反応が全くないのである。
 名古屋市内で最も喧騒な大通りを練り歩いても、地下道に立っても、名古屋駅前で声を張り上げても、
道行く人びとはじつに冷淡な反応しかしない。
 風が強かった。斜めに振り盛る雨に、髪も服も濡れるばかりだった。雨はますます勢いを増していく。
 必死に声を張り上げても、否、張り上げれば張り上げるほど、道行く人びとは冷淡な視線を浴びせ掛け
るような気がする。

<私たちは甘かった>
 四人は、ようやく福田と不安を共有するようになった。