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その時、私は熊の着ぐるみから豹の着ぐるみに着替えたばかりで、キッズ4人の着替えの手伝いをしていました。
やっと着替えも終わり、台本を持ってスタジオに向かうと、飯田さんの叫び声が聞こえたのでとても驚きました。
スタジオに入ってみると…
そこにはありえない光景が広がっていました。
部屋の中をイメージしていたと思われるセットは、もう両脇の壁しか原型を留めていませんでした。
飯田さんがしきりに「石井ちゃんが、石井ちゃんが」とうわごとのようにつぶやいているので、
あの中に「エスパーさん」がいるのだということがわかりました。
とりあえず私はキッズと共に楽屋に引き返し、キッズをマネージャーに預けた後、再び戦場へと赴きました。
レスキュー隊と思われる人が数人がかりで本来あるべきでない位置にある壁をどけていました。
しばらくすると、「エスパーさん」が引きずり出されて来ました。一瞬もしやと思いましたが、
どうやら下半身に異常があるらしく、腕だけで移動しようとしているのが見えてほっとしました。
何もないところに安置された「エスパーさん」はすぐに装備をはずされてもとの石井さんに戻りました。
そして救急車のベッドに寝かされてスタジオを出て行きました。
飯田さんも救急車について行ってしまいました。本来はマネージャーとかが乗るはずなんですが、
無理を言って連れて行ってもらったようです。
私は出演者でただ一人、スタジオに残されました。私のほかには瓦礫を取り除いているスタッフが数人いるのみでした。
私はもぬけの殻となった「エスパー」を手に、彼らのもとへ行きました。
「危ないから下がってて」と言われましたが無視しました。
共演者が怪我をしたのです。そんなくだらない事を気にしている場合ではありません。
それに別に危険は怖くなかったんです。その時私は豹でしたから。
大分取り除かれた瓦礫を踏みつつ、動物のためのテーブルのところまで来ました。
鮮血が飛び散っていました。
その奥には横になった切り株の椅子。たしか自分のために持ってきたものでした。おそらくそれにつまずいて顔をテーブルにぶつけたのでしょう。
なぜか罪悪感という言葉が頭をよぎりました。
惨状に顔をしかめつつさらに奥に進むと、飯田さんが使っている机がありました。
ガラス製の机はもうそのままでは使えないという感じにひび入り、砕けていました。
床を見回すと今回の収録のためのキーワードのプレートが落ちていました。
今回のキーワードは「9・11(nine eleven)」でした。
あまりの偶然に私は言葉が出ませんでした。
プレートを放り、視線を移動するとそこには「エスパーさん」のパソコンが落ちていました。
白いきれいなパソコンだったのですが、表面を覆う硬い透明なプラスチックに大きなひびが入っていました。
開いてみると、起動したままでした。おそらくこれを操作しているときに事故が起こったのでしょう。
「昨年9月11日に、アメリカで同時多発テロが起こり、多数の死傷者が出ました。このテロは史上最も
激しいテロとして、人々の心に残りました。そして家族や友人、恋人などをテロで失った悲しさや平和
への願いをいつまでも忘れないように、とこのテロ事件のことを「9・11(ナイン・イレブン)」と呼ぶことになったんですね。」
石井さんが書いたわけじゃないのでしょうが、石井さんの気持ちが表れているような気がしました。
私はそのパソコンと隣に落ちていた「エスパーネコ」と動物のためのテーブルに住んでいる毛虫を手に、そのスタジオを後にしました。
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