鈍く光る魔法陣の中心で、カオリは詠唱を続けていた。
数日間に渡る儀式による疲労で、その頬はこけ、精気が無い。
ただ禍禍しく光る赤い双眸が、どす黒い妖気と狂気を放っている。
「……来たね……」
カオリの後方、扉に寄りかかって儀式を眺めていた吉澤が、不意にボソリと呟いた。
真里達が、である。
もちろん石川も真里達が先程帝国の城下に到着した事に気づいていたが、わざと
ビックリしたような表情をした。
「あれ? 予想よりちょこっと早かったね。儀式まだ終わってないのに……。
どうしよう? よっすぃー」
眉を歪め、大げさに困ったというようなポーズで吉澤の顔を見上げる石川。
もっとも、本当に困っているのではないだろう。
むしろ石川の顔は、新しい玩具を与えられた子供のようである。
「……わかってるくせに」
吉澤も石川を見て、ニヤリと笑う。
「もちろん、盛大にお持て成ししてあげなきゃ」
「とりあえず、城内を徘徊している魔物達は相手にしないで、儀式を行っている
部屋まで突っ込む。おそらくそこにはあの吉澤と石川の二人がいるだろう。あたし
達があいつらを引きつけてる間に矢口が宰相を倒す。オッケー?」
真里達は城壁の外側、木が生い茂り周りから視角になっている所にしゃがみ込み、
作戦の最終確認をしていた。
帝国に潜入していた反乱軍のスパイから、儀式を行っている場所は調べが
ついている。
その詳細を記した地図を広げ説明する市井に、一同は真剣な顔で頷いている。
「ねぇ、なっちは?」
「邪魔にならないように後ろにいろ」
市井に即答されムッとするなつみの肩に真里が手を置き、
「なっちはあいつらが魔法を使ってきたら、防御障壁を張って。あとは怪我を
した人に片っ端から癒しの力。よろしくね」
「うー。わかった」
まだ多少不服そうな表情で頷くなつみ。
細かい進路を確認し終えた一同が、腰を上げる。
「よし! それじゃいくよ!」
市井の号令に全員が城内に突入しようとしたその時、
「キャ――!!」
「えっ!?」
突然、城下町の方で悲鳴があがった。
「ちょっと……今の声」
「……なんか聞き覚えが……」
「加護!?」
真里達は顔を見合わせ、慌てて声の上がった方向へ駆け出した。
「ののっ! ののーっ!!」
加護は泣き叫びながら、崩れ落ち意識を失った辻を抱き抱える。
血の気が失せ真っ青な顔をした辻の右肩から、止めど無く血が流れ落ち、地面に
赤い水たまりを作っている。
低く唸りながら二人をゆっくりと包囲する魔獣達に、加護は辻を抱いたまま
いやいやをするように首を振った。
「「加護っ! 辻っ!」」
そこへ走りこんできた市井が、剣を抜くと同時に一頭の魔獣の首を刎ね飛ばす。
「加護、あんたなんでここに……」
「ぁ……うぁぅ……」
駆けつけた市井に加護が口を開こうとするが、恐怖と驚きの為声にならず、ただ
涙を流しながらあえいでいる。
「! ののちゃん! ひどい怪我……」
なつみが加護の胸に抱かれた辻を見て驚きの表情を浮かべる。
突如現れた敵に一瞬後ずさりしたものの、魔獣達は再び彼女らを包囲しつつ
じりじりと近づいてくる。
「なっち! こいつらはオイラ達に任せて、早く辻の手当てを!」
真里の叫びになつみはハッと我を取り戻し、慌てて辻の肩に手を添え祈り始めた。
と同時に魔獣達が咆哮を上げ真里達に襲いかかった。