「……やった……」
その光景にゴクリと喉を鳴らす市井。
やがて沈黙していた兵達の間にざわめきが立ち、それは徐々に広がっていく。
保田が腕を振り上げ、高らかに宣言する。
「諸君! 魔族を率いし敵将は討ち滅ぼした! 我々の勝利だっ!」
「ぉおおお――――――っ!!」
市街中に歓声があがった。
「よし! 軽傷の兵達は魔物達の残党を追撃しろっ! 一匹たりとも逃すな!」
保田の声に兵達は雄叫びと共に剣を天に掲げ、散り散りに撤退を始めていた魔物達に
向かっていった。
「……っ……」
「!」
兵達が去ると同時に、伏した新垣の体がピクリと動く。
緊張に剣を構える市井を、真里が手で制した。
「……私は……」
ブルブルと震えながらゆっくりと体を起こす新垣。
その炭化した体は、すでに原型をとどめていない。
「……私は……負けない……矢口さんを……超えて……みせ……」
「……新垣……あんた……」
這いずり近寄ろうとする新垣を、真里は複雑な面持ちで見つめた。
かつては自分の指揮していた魔術師団の一部隊長。
父の期待に応え、自分を超える為、たったそれだけの為に人間である事を捨て、
魔人との融合などという邪法に身を委ねた少女。
最早塵となって死を迎えようとしている彼女に、真里はどんな思いを抱けば
いいのか解らなかった。
「でも……」
ふっと新垣の表情が安らいだ気がした。
「はは……やっぱり矢口さんは……すごいです……。結局……超えられなかった……
いや、超えるとか超えないとか、そんな事に……こだわった時点で……すでに……」
「新垣……あんたは、オイラを超えたよ。……一対一の闘いだったら……オイラの
負けだった……」
泣いているような、笑っているような複雑な表情の真里を見て、新垣は一瞬驚いた後、
笑みを浮かべた。
「ありがとう……ございま……」
ドンッ!!
その言葉を遮り、突如飛来した黒い魔力の槍が新垣を貫いた。
「……ぁ……」
そのまま新垣は崩れ去り、風に溶けて消えた。
「なっ!!」
真里達は驚き槍の飛んできた方向を振り仰いだ。
「はーい、お疲れー」
パチパチと馬鹿にしたような拍手と共に、空中に開いた黒い穴から、二人の少女が
姿を現した。
「っなんだおまえらっ!」
怒鳴る市井に二人はニヤリと笑い、ふわりと地上に降り立った。
「お初にお目にかかります、吉澤ひとみと……」
「チャーミー石川こと、石川梨華で〜っす」
わざとらしく恭しい礼をし、真里を見る。
「……この気配……魔人……?」
「そ。新垣みたいな中途半端な融合体じゃなく、純正の、ね」
吉澤はクスッと笑うと、髪をかきあげ言った。
「いやー、それにしても流石は元帝国宮廷魔術師だけの事はありますね。まさか
人間の身であそこまで強力な魔術を使えるとは思いませんでしたよ。ちょっと計算が
狂っちゃったかなー?」
「そうだよね。しかも……」
石川はちらりとなつみを睨みつけ、
「忌々しい天使の力を持つやつまでいるみたいだし?」
石川の殺意の篭った視線になつみはブルッと震え、真里の体に隠れるように袖を
ぎゅっと握る。
「……ま、いっか」
吉澤は軽くため息をつき、
「ホントは新垣と共にこの国の人間を皆殺しにする為に来たんだけど、気が変わった」
バサッと吉澤がマントを振ると、再び黒い穴が出現する。
「あんた達、どうせ帝国に来る気でしょ? 私達帝国で待ってる事にするわ。たった今
一戦したばっかで疲れてる奴殺っても面白くないし」
黒い穴から漏れる闇が、吉澤と石川を包み、同化していく。
「じゃあね。帝国でまた会いましょう」
「グッチャー♪」
「っ! まて!」
ハッと正体を取り戻した市井がとっさに飛びかかり、剣を振るう。
だが一瞬早く闇は消え失せ、市井の剣はむなしく空を斬った。
「……真里……」
二人が消えるまでじっと黙り込んで睨み付けていた真里を、なつみが呼ぶ。
「……純正の魔人……。矢口、勝てるのか?」
保田も厳しい表情で真里の肩に手を置く。
「……わからない……。今のオイラじゃ……勝てないかもしれない……」
真里の顔を冷たい汗が流れる。
対峙した時から感じていたプレッシャー。
殺気を抑えてなお圧倒的な威圧感。
(新垣とは比べ物にならない邪気。……あれが真の魔人……)
初めて出会った真の異界の住人に、真里はかつて味わった事のない恐怖を感じていた。
(オイラに……倒せるのか……?)
心の中で再び自問する。
押し黙り立ち尽くす真里の体を、冷たい風が吹き抜けていった――。
―― 四章 覚醒 ―― 完
次回【五章 帝国潜入】
…やっと四章終わりました。
予定外の展開と更新間隔の開きに予想以上に長く感じてしまったり。
保全して下さった方々、改めてありがとうございました。
これからもまったり更新になると思いますが、ご容赦下さい。