(あのガキ……あれが指揮官か! あいつさえ倒せば……)
対峙する新垣と真里を横目に見ながら、市井は剣を振り続けた。
だが、斬っても斬っても次々と襲ってくる魔物達に、なかなか新垣へ向かう事ができない。
(くそっ! これじゃいつまでたっても)
焦った瞬間、市井の足が魔物の死体に取られ、バランスを崩す。
「! しまっ……」
前のめりに倒れそうになった市井を、魔物の鉤爪が襲う。
(やられるっ!)
思わず身をすくめ目をつぶる市井。
だが鉤爪が市井の身体に触れようかというまさにその時、魔物の体がビクリと痙攣して
動きが止まった。
そのまま口から紫色の血を吐き崩れ落ちる魔物の背中に、数本の長槍が突き刺さっていた。
「遅くなってごめん。大丈夫だった?」
魔物の後ろに立つその姿を見て、市井は安堵のため息をついた。
「ったく、遅いよ圭ちゃん」
そこには、武装した軍隊と共に立つ、西の都王女・保田の姿があった。
「ここが敵の主力みたいだね」
周囲でこちらを威嚇している魔物達をぐるりと見渡し、保田が手に持った采配用の鉄扇を振るう。
「行けっ!」
「オオオオッッ!」
保田の号令の元、それぞれの獲物を持った兵達が、魔物の群れに突撃する。
その勢いに圧され、じりじりと後退する戦線を見やり、保田が市井に近づいてくる。
「悪かったね。至る所で出没した魔物の退治と市民の城内への誘導をしてたら時間かかっちゃった」
そう言ってやや離れた所で真里と睨み合う新垣を見る。
「……今回の襲撃、やけに統率が取れてると思ったら、帝国の魔術師が指揮をとってたってわけね。
しかもあの邪気、魔物の力を取り込んでる……?」
「ああ。それと、あっちの金髪……」
市井が口を開くと、保田はそれを手で制し、
「知ってる。帝国の宮廷魔術師矢口だね。相変わらずあの小さい身体に見合わないすごい
プレッシャーだけど……」
視線を真里から新垣に移した保田の頬を、冷たい汗が流れ落ちる。
「あの指揮官の余裕は何? あの矢口の気を平然と受け流してる……」
「さっきちょこっと二人の会話が聞こえたけど……『まじん』がどうとか」
「!?」
市井の言葉に保田の顔が青ざめる。
「まさか……」
その時、新垣の身体が膨張し、辺りをどす黒い邪気の風が吹き荒れた。
「なっ、何!?」
「まずいっ! あいつ、魔人との融合体だ! 紗耶香、矢口の援護を」
保田の叫びに、新垣に向かおうとする市井。
だがその足が意思とは関係無しに動かない。
(なっ……足が! ……このあたしが、恐怖で動けない!?)
愕然とする市井の視線の先で、新垣の身体が変貌していく。
倍以上に膨れ上がった身体から生える黒い翼。腹が裂け、鋭い牙が並んだ巨大な口が生まれる。
その姿はまさに魔と呼ぶに相応しい異形の生き物だった。
その変貌を間近で見ていた真里も、何も出来ずに佇んでいた。
肌を焼くような強烈な邪気に顔を歪ませる。
「ふふ、どうしました? 矢口さん。顔が青いですよ」
邪悪に歪んだ新垣の口から、くぐもった声が漏れる。
「新垣……なんでそこまでして……」
真里がうめく。
(人を捨ててまで魔人と融合して……そこまでして帝国に、カオリに従おうっていうの?)
そんな真里を新垣は見下ろし、口を開く。
「……矢口さん、才能のあるあなたには解らないでしょうね。私みたいな人間の気持ちは」
「……え?」
「私は……貴族である父の権力で、才能も無いのに魔術師団に入れられた。身体も小さく力の
ない私には、騎士になるのは無理だったから……」
新垣の目がすっと細まる。
「ホントは嫌だったけど父の期待に応える為に必死で勉強して、才能がなくとも努力で何とか
一部隊長にまで上り詰めた。でもね……周りからは陰口を叩かれたわ。私自身の才能じゃない、
父の権力のおかげだってね」
その話は当時すでに魔術師団を束ねる宮廷魔術師になっていた真里も聞いた事があった。
実際、当時の新垣以上の実力を持つ術師も団員の中にいたが、部隊長等役職の任命は皇帝自身が
行う為、表立って不平を並べる者はいなかったが。
「でもね。父は満足しなかった。事あるごとに私をしかったわ。『さっさと宮廷魔術師の地位に
上り詰めろ。矢口を超えてみせろ』ってね。そんなの無理に決まってるのにね。持って生まれた
才能が違うんだから」
徐々に新垣のプレッシャーに押され、真里はじりじりと後ずさる。
「いつしか私は矢口さんを超える力を欲するようになった。だから矢口さんが帝国から逃げた後、
宰相から魔人との融合を持ちかけられた時は狂喜したわ。これで矢口さんを超えられるかも、
ってね」
「! お前……そんな事の為に人を捨てたってのかよ!?」
「そんな事ってなによっ!」
新垣が身体を震わせ、叫ぶ。
「正直、私は帝国の大陸支配も何も興味ないわっ! 宰相が何をしようが関係ない! 私は、
あんたを超えられればどうなってもいいのよっっ!!」
怒声と共に、新垣が大地を蹴る。
「!」
一瞬のうちに間合いを詰め振るった腕が、真里を弾き飛ばす。
「がっ!」
激しく地面に叩きつけられ、激痛に声にならない叫びを上げる真里。
すかさず突き出した新垣の腕の周りに、邪気と混ざり合った幾つもの紫色の炎球が出現する。
「死ねええっっ!!」
膨大な邪気を伴う魔力を開放する。
地に伏せ血反吐に咳き込む真里に、放たれた灼熱の業火が降り注ぐ。
ドゴオオオッッッ!!
鉄をも溶かすような凄まじい熱気と共に、真里を中心とした大爆発が起こった――。
―― 三章 反乱軍 ―― 完