第33話か34話「むかし むかし・・・」
いつの世も、“善”と“悪”は存在し、常に反目し合っている。
心悪しき者が心善き者を蹂躙し、邪な権力で支配せんとするが、
その悪を天は決して許さぬのもまた、世の常である……。
今を遡ること、約400年前。
関ヶ原合戦、大坂の陣を経て、徳川家による幕藩体制が
ようやく磐石のものとなった、俗に言う「江戸時代」。
初代将軍家康、二代将軍秀忠と受け継がれた江戸幕府将軍家の天下は、
三大将軍家光をもって揺るぎ無き鉄壁のものとなった。
この物語は、その家光治世の頃の出来事である・・・・・・。
ここは、越前美浜藩の江戸上屋敷。
美浜藩では、戦乱の頃より「とある技術」の探究が行われ続けていた。
当初こそ、この「技術」を一刻も早く完成させて、その力をもって
天下を掌握せしめんと画策していたが、完成した時には乱世の時代は終わりを告げ、
泰平の世となった今、再び日本を修羅の血に染めてはならじと、時の城主が封印したのである。
その美浜藩の現城主の間を、ひとりの男が訪ねてきた。
彼は口ひげを蓄えており、穏やかな面立ちをしていた。
「殿…。」
彼は美浜藩の江戸留守居家老である。その彼の声に、
先ほどまで縁側に立ち、晴天を見上げていた城主が振り向いた。
その面立ちたるや、やや面長。目は開いているのか閉じているのかわからぬほど細く、
一本の線を思わせた。そして彼もまた、家老のとは違った温厚さと気品を感じさせ、
一国一城の主に相応しい人相を持っていた。事実、この城主の治める美浜藩では、
領民から「名君」と慕われていた。
「…タカカツか。」
「はっ。」
“タカカツ”と呼ばれたこの家老、名を堀内伝兵衛孝雄(ほりうち・でんべえ・たかかつ)と言う。
「殿が参勤交代で当屋敷にお越しになられてから、はや半年になりますな。」
「…半年か…。
このところ、江戸にも美浜にも変事がなく、まさに天下泰平じゃ。
この平穏な日々が永遠(とこしえ)に続いて欲しいものじゃのう。」
「然様で…。」
ようやく訪れた平和を噛み締め、城主・五木治部太輔弘繁(いつき・じぶだゆう・ひろしげ)は呟いた。
「ときに孝雄、余がそちに預け置いた、先祖伝来の“秘伝の書”は無事であろうな?」
「無論のこと、この通り…。」
孝雄はそう言うと、床の間の物入れから一巻の巻物を恭しく取り出し、弘繁の前に差し出した。
弘繁はそれを受け取ると、中身を隅々まで確かめるように一通り目を通してゆく。
「うむ、大事無いようじゃな。
よいか孝雄、この一巻、誰の目にも触れさせてはならぬ。もし邪な者の手にでも渡ろうものなら、
その時こそ天下は大きく覆り、日本は再び無益な血に染まるであろう・・・
それだけは断じて避けねばならぬ、よいな!」
「はっ!」