ザ・カゲスター、東京進出編:前編
本州上陸から2週間後、草加市と足立区の境界・・・
「ふう・・・やっと東京だよ、ユウキ」
「・・・・・・・」
「どうしたの?」
「・・・・・・・」
「あ〜、ゴメンゴメン、今日はちょっとペースが速すぎた?東京が近づいたもんでつい・・」
「・・・・・・・」
「あとちょっとでユウキん家だけど・・今日はここで休もうか」
「・・・・・・・」
次の日
「さあ行こうか」
「ソニンさん、電車使おうよ」
「あとたった15kmじゃない、1時間もかからないわよ」
「そりゃそうだけど、昨日130kmも走らされたから体調が・・・1日50km以下の約束だったじゃないか・・・」
「まあまあ・・これでしばらく長距離移動は無いと思うから・・」
「分かったよ・・・」
約一時間後、江戸川区の郊外に到着した。ここは二人が初めて出会った場所である。
丘があり、林が茂り、防空壕跡と思われるトンネルがあった。
そしてその地下にゼティマの研究所があった。
数ヶ月前までは・・・
「すっかり変わっちゃったね、あれから1年も経っていないのに・・」
「何か手がかりがないかと思ったんだけど・・・」
丘はすっかり木々が切り倒され、重機が行き交い山肌を削っている。
「平成○○年分譲予定・住宅公団」と書いた看板があちこちに立っていた。
ゼティマの偽装か、あるいは二人に襲われたため放棄したのか、それとも単なる資金稼ぎなのかは分からない。
いずれにしろ、唯一と思われる手がかりは完全に消え去っていた。
「これからどうしよう・・・」
「この住宅公団に聞いてみたら何か分かるんじゃない?」
「それはもちろん力ずくで、って話よね・・・ちょっと危険かも・・」
「どうして?ずいぶん慎重だね。ソニンさんらしくもない」
「そりゃ慎重にもなるわよ・・」
二人は本州に上陸してから3人の改造人間と闘った。
北海道からの追っ手と、監視役と、偶然出会った怪人であった。
追っ手は問題なかった。
しかし、監視していた怪人は手強かった。
関東に入ってから偶然出会った怪人に至っては、格闘で全く歯が立たなかった。
必殺技を駆使して辛うじて勝利を収めたのである。
東京に近づくに従って・・・いや時間がたつにつれて怪人がどんどん強くなっている。
次は勝てないかもしれない・・・
そう思うとなるべく危険は冒したくはなかった。
「・・・・・・」
「・・・ソニンさんってば!」
「あ、ごめん考え込んでた・・何?」
「とりあえず母さんと姉さんに挨拶に行きたいんだけど・・・」
「あ、そうね・・・」
「ただいま、母さん、姉さん・・・」
ユウキはそう言いながら線香に火をつけた。
ここはお寺の墓地である。
訪れる人があまりいないためか、墓石の周りは雑草が茂っている。
墓石には父の名と、隣に姉、真希の名。そして真新しく彫ったばかりの母の名と真ん中の姉の名前があった。
(一番上の姉は嫁ぎ先に埋葬されている)
ユウキが初めてソニンと出会い、カゲスターとなったあの日・・・
研究所の怪人や戦闘員を倒したユウキはソニンと家に向かった。
家に近づくと様子がおかしかった。消防車やパトカーが走り回っていた。
変わり果てた母と2人の姉の遺体は、今度は間違いなく自分の肉親であった。
警察の捜査の結果は「ガス爆発」であった。
あまりにもタイミングが良すぎる・・・
ユウキは自分が姉(真希)についてあちこち聞きまわったことや、
カゲスターとして怪人を倒したことがこの悲劇を招いたのだと思った。
しかし事実は違った。
後で分かったことだが、母は探偵を雇い、真希の捜索を依頼していたのだ。
事故からしばらくして、母宛に「調査報告書」が届いた。差出人は探偵事務所だった。
調査をしていたのは1ヶ所だけではなかった。数日のうちに、4つの探偵事務所から報告が届いた。
そのうちの1つは
「調査途中に調査員が行方不明になった。依頼主の名前が漏れたかもしれない。なるべく用心して欲しい。」
という内容であった。
この探偵事務所に電話をしてみたが、既に連絡が取れなくなっていた。
どうやらこれが家が襲われた直接の原因だったのだろう。
そして、残りの調査書は真希の生存を裏付ける内容であった。
「姉ちゃんは生きている!」
しかし、前回と今回の件で警察は全くあてにならないこともわかっていた・・・
ソニンは数日間ユウキといっしょに、後藤家の親戚の家に世話になっていた。
「長々とお世話になりました」
「行く所が無いんでしょ?しばらくここに居てもいいのよ?」
「いえ・・・これ以上甘えるわけにはいきません。それに、やらなければならないこともありますし・・」
「そう・・・」
「ユウキくん・・・これから大変だと思うけど・・」
ソニンはユウキに話し掛けた。
ユウキは事件以来ほとんど食事も取らず、ずっと焼け跡から見つかった数枚の写真を眺めていた。
「ここでずっと暮らすつもりなら、姉さんのことは忘れたほうがいいよ。
いろんな人に迷惑がかかると思うから・・・」
ユウキは黙っていた。
「それじゃ、さよなら・・・元気でね」
そう言ってソニンは家を出た。
ユウキはソニンが出て行った後も写真を眺めていた。
真希が死ぬまでは平穏だった日々・・・
大好きだった姉達・・・
その中でも一番好きだったすぐ上の姉、真希。
二人で仲良く遊んだ幼い日々・・・
ある場面が思い出された。「父親いないんだろ!」といじめられた時のことだった・・・
「お姉ちゃんは俺が・・・」
ユウキは立ち上がり、ソニンの後を追った。
必死に走り、ようやく追いついたユウキはソニンに聞いた。
「ソニンさん・・これからどこへ行くの?」
「わからない・・・でも行かなきゃ。私の家族と、私自身を捜すために・・・」
「俺も行く・・」
「復讐でもするつもり?相手はおそらく巨大な組織なのよ・・・」
「違う!俺も家族を・・姉ちゃんを捜す・・・姉ちゃんは俺が守るんだ!」
こうして二人の旅が始まった・・・
今日はここまでです。「前編の前編」つーことでひとつ・・・
〜お墓の前〜
ユウキはしばらくお墓に手を合わせていた。
それが終わると立ち上がり、墓石に刻まれた姉の名をじっと見ていた。
そしてマジックを取り出すと真希の名前のところを赤く塗り始めた。
「何してるの?」
「お墓に刻んである名前が赤いっていうのは『生きてる』って意味らしいんだよ」
「ふうん・・・変わったことを知ってるのね・・」
真希の名前を塗り終わると、今度は一番端に赤色で自分の名前を書いた。
「俺が死んでも誰も弔ってくれないかもね・・・」
ソニンは黙ってそれを見ていた。
「それより・・・」
「うん・・」
ソニンとユウキはさっきからこちらをじっと見ている不審な人影に気が付いていた。
「奴らか?・・・」
ソニンが警戒していると、その人物は向こうから近づいてきた。
身構えるソニンの前で、その人物は辺りを見回しながらそっとサングラスとマスクを外した。
初老の男性であった。
「ソニンさん、お元気そうで・・・」
「あなたは・・・」
「病院の先生?・・・」
「正確にはあそこは病院ではなく研究所です。・・・それよりちょっとお時間をいただけますか?」
ソニンは警戒して周りを見回した。
「大丈夫です。研究所に連れ戻したりはしませんよ。というか、もう研究所は潰されましたし・・・」
「どういうこと?・・」
「知り合いなの、ソニンさん?」
「ちょっとね・・・この人と話があるから、先にテントに帰っていて・・・すぐ戻るから。
一人で動いちゃ駄目よ。何かあったら迷わずカゲスターに変身して・・・」
「言われなくても分かってるよ。子供じゃないんだから大丈夫だってば」
ファミリーレストランの隅の席で二人は向かい合っていた。
初老の男はしきりに周りを気にしている。
「それで、お話というのは?・・・」
「まずは、私の自己紹介を・・・ソニンさんは私を医者か何かだと思っているようですが・・
私は内閣直轄の『“Z”対策特別委員会』の中の『生体研究部門』の責任者でした」
「“Z”・・・」
「“Z”の意味はご存知ですよね・・・私は元々防衛庁の医学研究センター長でした。
そこで例の改造人間について研究を行っていましたが、対策委員会の設立に伴い、
警察庁の研究班と組織を統合しました。私がそこの初代所長です」
「警察と自衛隊が共同で?」
「極めて異例の事ですが、それだけ事態が切迫しているのです」
「私もZETI・・・いや、“Z”についてはあまり詳しく知ってるわけではないですが、
政府がそこまで焦っているとは・・・まさか『日本征服』が可能だとか?」
「不可能という訳ではありません・・」
「・・・自衛隊ってそんなに弱いんですか?」
男の顔色が変わった
「馬鹿を言うな!自衛隊員は陸海空合わせて25万人。予備役を入れると30万人。
戦車は1000輌、装甲車700輌。自走砲を含めて大砲が6000門。戦闘ヘリ90機。
戦闘機200機、地上攻撃機150機、4つの護衛艦隊、米軍に次ぐ世界最高水準の水上攻撃能力。
アジアどころか世界的に見ても相当の実力を持っている!」
「じゃあさっさと潰して下さいよ!」
「失礼、少し興奮しました。私も一応防衛庁の人間なので・・・そこがこの国の難しい所なんですよ、
ソニンさん。『治安維持』の為に自衛隊が出動し、国内で戦闘を行うなど不可能なのです・・・」
「じゃあ警察が・・・」
「既に警察には手に負えません。彼らの武器は警棒、盾、22口径拳銃、せいぜいマシンガンが
数十挺程度です。それでは勝てない事をあなたはご存知のはずです」
「でも・・・」
「自衛隊の出番があるとすれば、誰の目に見ても明らかに警察の手に余ると分かった時でしょう。
かなりの犠牲者が出また後です。そしてその時、自衛隊が勝てる保障はありません」
「どうして?自衛隊は『世界有数の実力をもつ』戦闘集団なんでしょ?・・・」
「相手がただの犯罪者集団なら勝てます。しかし・・・」
「改造人間・・・」
「そうです」
「最初に我々の前に現れた改造人間は、単なる『力持ち』でした。スピードもスタミナも耐久力もない出来損ないでした。」
「・・次にスピードの速い奴が現れました。こいつはパワーが無く、ただすばしっこく走りまわるだけでした。厄介でしたが、
たいした被害は出ませんでした。次に体が硬いだけの奴、カメレオンの様に体の色が変わる奴、体の形が変えられる奴・・・
いずれも脅威ではありません。自衛隊どころか警察で充分でした。」
「・・・・」
「そしてしばらくして現れたのは『パワーがあり、スピードも速い』奴です。パワーもスピードも
前のやつよりはるかに上でした。カメレオン能力も徐々に向上しています。
人間の目では完全に消えたように見える奴まで現れました。まだスピード・パワーとの両立は無理らしいのですが。」
いずれにしろこのまま成長を続けると・・・」
「戦車や大砲では勝てない・・」
「完全に姿を消し、戦車をひっくり返すパワーを持ち、高速で弾をよけながら走り、
大砲の弾を跳ね返し、無尽蔵のスタミナを持った奴が現れたとしたら・・・隊員が何万人居ようが、
戦車や戦闘機をどれだけ持っていようが関係ありません。現状の戦力は全く無意味です。」
「じゃあ“Z”の存在を国民に公開して、自衛隊を出動させるべきなんじゃないですか?
今なら勝てるんでしょ?」
「政治的な問題もあります。日本には、なるべく自衛隊に活躍して欲しくない、という勢力が
たくさんあるんです。彼らはたとえ“Z”のことが公になっても、警察の機動隊が千人単位で
犠牲者を出さない限り出動を認めないでしょう。それと・・・」
「それと?・・」
「信じられないでしょうが、政府にも『内通者』がいます」
「そんな・・・」
「“Z”の情報公開や、対策強化に強硬に反対する大物政治家や役人がたくさんいます。
・・それに、我々の研究所が襲われましたが、警備の隙を突かれました。情報が漏れています」
「彼らは洗脳されているんですか?」
「半分はそうでしょう。しかし残りの半分はこの機に乗じて自分の利権を拡大しようとする輩です。
彼らは金のためなら何でもします・・・」
「信じられません・・・」
「一番厄介なのは、改造人間ではなく人間なのです・・・」
「我々に出来ることは、ただ備えることだけです。既に警視庁の手で戦闘用の機械が、
自衛隊の手で改造人間の試作が始まっています」
「政府が改造人間を!?」
「それで、ここからが本題ですが・・・ソニンさんの力が必要なのです」
「私のパワーが必要なんですか?警備隊に入れとか?」
「違います、研究に協力していただきたいのです」
「やっぱり・・・研究材料になれという意味ですか?またあの時みたいに・・・」
「そうではありません・・・まだ記憶が完全に戻ってないようですね」
「・・・どういうことですか?」
「我々に必要なのは、ソニンさん。あなたの『頭脳』です」
「またそんなうまいことを言って、人をモルモット代わりにでもするつもりなんでしょ?
私はあそこに戻るのはもう嫌ですから!」
ソニンはそう言って席を立った。
後ろで男が大声で呼び止めるのを無視して、ソニンは店を出て歩き出した。
突然、男の呼び止める声が途切れた。車のドアが閉まる音がした。
ソニンが振り返ると、黒いワンボックスが急発進したところだった。
「連れ去られた?・・・」
ソニンは車の後を追った。
ちょうどその頃、ユウキはテントのある公園の近くの歩道を歩いていた。
反対側の車道を走る大型バイクが走って来た。
ただのバイクなら気にも留めなかったろう。
運転していたのは不似合いな若い女性であった。寒いのに黒いホットパンツとショートブーツで運転している。
ユウキは思わずどんな女性が運転しているのかと、顔を見た。そしてその場に固まった。
「姉ちゃん!?・・・」
ユウキは振り返ってバイクを追いかけようとした。
しかしいかにソニンに「鍛えられた」とはいえ、生身の人間である。追跡は無理だ。
ユウキは公園に飛び込んだ。
「影よ伸びろー!」
カゲスターに変身し、バイクを追った。
ユウキの「本体」はテントの前に横たわっていた。
黒いワンボックスの中
「私をどうする気だ!」
初老の男が叫ぶ。
「ハカイダー様の命令だ。お前には俺達の研究に協力してもらう」
「貴様らに協力などするものか!」
「最初はみんなそう言うんだよ」
怪人「カメレオン男」はそう言って笑った。
「カメレオン男様、そろそろハカイダー様との合流地点です」
運転手の戦闘員が言った。
国道沿いのスーパーマーケットの駐車場。
買出し当番の辻と安倍はソフトクリームを食べていた。
「うわぁ・・・」
突然辻が驚いたような、感心したような声を出した。
「どうしたの?」
安倍が聞いた。
「ずいぶん走るのが速い人がいるのれすね」
「マラソン選手じゃない?」
「女の人れす。車を追い抜いて行ったのれす」
「ブッ!」
「安倍さん、どうしたのれすか?鼻にソフトがついているのれす」
「ど、どっち行ったのよ!」
「ふぇ?」
「そんな人間いるわけないでしょ!改造人間に決まってるじゃない!」
「あ!・・あっちへ行ったのれす!」
「行くわよ!」
二人はサイクロンとカブトローにまたがり、女の後を追った。
一方こちらはパトロール中のひとみと梨華。
信号待ちの最中、若い女性の乗るバイクが横切った。
「今のは・・・」
「どうしたの?ひとみ」
「いや・・今のバイク・・・」
その時、マントを着けた赤い怪人が目の前を高速で走りぬけた。
「な・・何?今の?」
「追うぞ!」
二人は赤信号をすり抜け、赤い怪人の後を追った。
つづく
ザ・カゲスター 東京進出編・前編 〜完〜