一方舞台は変わって再び緑の魔境、アマゾンのジャングル。うっそうと
生い茂る熱帯雨林を抜けた先に、突如広がる緑の原野。そこに立ち並ぶのは、
古代文明の遺産とも言うべきアステカ様式のピラミッド群だった。一見すれば
世界遺産の一つにでも登録されていそうなほど、当時の佇まいは健在であった
が実はここもまた密林に潜む悪の巣窟であることは誰も知らない。
ひときわ大きなピラミッドの地下にある神殿、そこに居並ぶ黒いスーツの
覆面の男たちを前にして、威厳に満ちた表情で立つ一人の男がいた。黒い男の
一人が彼の前に跪くと、主に対して何事か報告を始めた。
「十面鬼の手の者が日本に渡ったようですが、いかが致しましょう」
報告を行った黒い男は、十面鬼の配下である赤ジューシャに対して、
「黒ジューシャ」と呼ばれる男の戦闘員達である。そして、彼らの主−炎の
ような装飾の冠をかぶり、銀の鎧をまとった男−こそパルチア王朝の末裔、
「ゼロ大帝」その人である。王朝再興の悲願を達成するため、彼は近隣の
部族を従えて十面鬼に協力すると見せかけ、実はその座を脅かそうと画策して
いたのだ。
「捨て置け。ヤツは腕輪のことで頭がいっぱいのようだが、肝心なところを
見落としているぞ。その点、俺は目的と手段を取り違えるような真似はしない」
「よろしいのですか?」
「しばらく様子を窺うのだ。まぁ、また今回もしくじるだろうがな。人が
貸し与えた兵をむざむざ殺されるような輩に、腕輪を御することなどできる
ものか。まして世界征服など・・・お笑いぐさよ」
そう言ってゼロ大帝は不気味な笑みを浮かべた。密林に芽生えた新たなる
戦いの前兆を知る者は、このときまだ誰もいなかった。
その翌日。再びゼティマの手先は行動を開始した。密林からやってきた
悪の使者は、駅前のロータリーに停車していた献血車を突如襲撃したのだ。
昼下がりの駅前で繰り広げられる惨劇。赤ジューシャ達は医師や看護婦、
献血に訪れた一般人を片っ端から殺害すると、血液の入ったビニールパックを
ひったくっては手にした袋に放り込んでいく。
「人間の血をありったけあつめるんだよ!十面鬼様の食料にするんだ」
「獣人大ムカデ、お前も手伝いな!・・・って、アイツ何処に行った」
彼らの主である十面鬼の好物、それは新鮮な人間の生き血である。密林の
アジトには拉致してきた人間達が生きたまま保存され、しかもその頭部に
太い針を突き刺して血液を抜き取るという、残虐きわまりない方法で食料に
されているほどだ。
いずれは十面鬼自らが日本に渡ってくる可能性は十分あり得る。その前に
獣人達は主の食料を確保する必要があると考えた。そこで、彼らは手っ取り
早く血液を手に入れられる手段としてこの車を襲ったのだ。しかし、発案者
たる当の獣人大ムカデはと言えば、一人駅舎の陰に隠れて何者かを待ち伏せ
していた。
「この騒ぎを聞きつければ、必ずヤツが現れる。その時こそ、腕輪を奪う
絶好のチャンスだ。キシャシャシャシャ〜!」
昨日公園で獣人が耳打ちしたのはこのことだった。血液確保のための犯罪
は同時にアマゾンをおびき寄せるための罠でもあったのである。このような
姑息なやり口を思いつく辺りが、獣人が高度な知能を持つ獣であることの
証左であろうか。しかし、このまま彼らの無法がまかり通るはずはない。と、
その時だ。
遠くから響く爆音。やがて姿を現したのは、大きな羽根をもつ奇妙な形の
バイクとそれを駆る女の姿だった。悪の気配を察知したケイが、ジャングラー
を走らせ凶行の現場に現れたのだ。
「キシャシャシャシャ〜。現れたかアマゾン!待っていたぞ」
全速力で疾走するジャングラーの行く手を阻むように姿を現した獣人大ムカデ。
そんな獣人の姿を見つけたケイはアクセル全開で獣人に突っ込む。しかし次の瞬間
獣人は突如手足を縮ませると、巨大なムカデの姿になって空中高く飛び上がった。
あまりの出来事にあっけに取られたケイの頭上へ、巨大なムカデが降ってきた。
「シャーッ!!」
「うわっ!」
落下してきた巨大ムカデをスピンターンを決めて何とか寸前でかわすケイ。
そのままジャングラーから飛び降りると、鬼の形相で巨大ムカデに飛びかかる。
「はぁぁぁぁ!!」
地面をはいずるムカデに飛びついたケイは、頭と言わず胴と言わずそこかしこ
を激しく殴りつける。しかし、そんな彼女の攻撃が利いているのかいないのか、
巨大ムカデはそのまま少しずつ身体をずらしてケイの後方へと回り込むと、一気に
ケイの全身にまとわりつき、ぐるぐる巻きにして締め上げた。
「キシャシャシャシャ〜」
「しまった!!」
気づいた頃には時既に遅く、ケイは身体を強烈に締め上げる巨大ムカデに手も
足も出ない状態になってしまった。全身に力を込めて脱出しようとするが、がっちり
と食い込んだムカデの胴をこじ開けるのは至難の業だ。さらに無数の足がケイの肌に
食い込み、二の腕に太股に、そして胸元に紅い雫が痕を残して伝う。そして巨大
ムカデは彼女の身体の自由と体力の両方を奪いながら、更にその力を増して
締め上げていく。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
雄叫びと共にケイは目を大きく見開き、顔の近くに蠢いていた巨大ムカデの
足に食いつく。目を覚ました野生の本能が、知性よりも早く彼女にこの危機を
打開するヒントを授けたのだろう。傷口からはオレンジ色の体液〜獣人の血が
飛び散り、ケイの顔を濡らす。硬い殻の食感と血の味が口の中に広がると同時
に、先ほどまで激しく締め上げていた巨大ムカデの胴が一瞬緩んで開く。
その隙を逃さずケイは巨大ムカデから脱出すると自慢の跳躍力で間合いを広げ、
口の中に残ったムカデの足を吐き捨てた。そして両手をかざして交差させて開く
と、怒りを込めて叫ぶ。
「ハァァァァァァ・・・アァァマァァゾォォォォーン!!!」
野生の怒りが滲む瞳が赤く燃えると、まばゆい光と共にケイの姿は密林の戦士
アマゾンライダーへと変わった。アマゾンは山猫のような身のこなしで巨大ムカデ
との距離を詰めると、迎え撃つ巨大ムカデは再び縮めていた手足を伸ばして獣人の
姿に戻りすっくと立ち上がる。
「キシャシャー!腕輪とお前の命、両方頂く!」
獣人大ムカデはそう言ってアマゾンににじり寄っていく。ケイに食いちぎられた
足の辺りからは微量に血が滲んでいるが、敵は特に気にする様子もなく一気に
間合いを詰めてアマゾンと手四つの体勢になった。身長で勝る獣人大ムカデは四肢に
力を込めて身体を落とすと、押しつぶさんばかりに体重をかける。
「密林の至宝、お前の腕ごともぎ取ってくれるぞ!」
「やれるもんならぁ・・・やってみろっ!!」
一気に組み敷こうとする獣人に対して、アマゾンは小さく跳ねて勢いをつけると
獣人の腹の辺りに両足を滑り込ませて倒れ込み、反動で巴投げのように投げ飛ばした。
プロレス技でいう「モンキーフリップ」である。獣人大ムカデは背中をしたたかに
打ち付けると、立ち上がれずじたばた藻掻いている。例えばゴキブリなどの昆虫は、
ひっくり返された後しばらくすると動きを止め、そのまま死んでしまうことがある。
だが藻掻く敵が疲れて動きを止めるのを待つほど、悠長な真似は出来ない。
アマゾンは機を逃さずさらに追撃する。倒れた獣人に再び飛びかかると馬乗りに
なって組み敷くや手近な脚を引きちぎり、更に獣人の硬い皮膚を鋭い爪で力の限り
に掻きむしる。
「ケケケケケケーッ!」
「ウギャアアアア!」
苦痛の叫びを挙げる獣人大ムカデ。アマゾンの得意技「ジャガーショック」だ。
一掻き目が硬い皮膚を引き裂くと、二掻き目で血と肉が飛び散る。敵の返り血を
浴びようとお構いなしにアマゾンは引っ掻いたが、次なる攻撃に移るために獣人を
足蹴にしてジャンプすると一端倒れた獣人と距離を置く。拷問のような爪地獄から
ようやく脱した獣人大ムカデは、ヨロヨロと立ち上がると再び手足を縮めて巨大
ムカデの姿になり、あらん限りの力を全身に蓄えアマゾンめがけて飛びかかった。
鋭い牙をぶち込んで、一撃で勝負を決めるつもりなのだ。アマゾンもまた姿勢を
低く構えて全身の力をみなぎらせると、背中のひれが蠢く。必殺の一撃を放つ体勢
が整ったのだ。
「シャーッ!」
巨大ムカデはアマゾンの頭を狙って矢のような早さで飛んでくる。その姿を
驚異的な動体視力で確認したアマゾンは、前転の要領で身体を前のめりに倒す。
「ケェェェーッ!」
巨大ムカデと交錯する瞬間、雄叫びと共にアマゾンは蹴り足鋭く踵から
叩き付けるようにして巨大ムカデの頭に蹴りを放つ。身体の回転と同時に
絶妙のタイミングで振り下ろされる蹴り脚がちょうど「浴びせ蹴り」の
ような形で巨大ムカデの頭部を捕らえると、その勢いのまま脚のヒレが
真っ向から敵の頭を叩き割った。
「大切断っ!!」
頭蓋をぶち割り、脳を切り崩す感触がヒレに伝わる。敵は断末魔の叫びすら
挙げられず沈黙した。アマゾンはいつもならば腕のヒレ〜アームカッター
で放つ大切断を、脚に備わったヒレ〜フットカッターで放ったのだ。この一撃
にばっくりと割れた巨大ムカデの頭から夥しい血が間欠泉のように噴き出すと、
やがて巨大ムカデの胴体から再び手足が伸び出し獣人大ムカデの姿に戻った。
だがその手足には既に力はなく、ゆっくりと垂れ下がるように伸びる様は獣人が
絶命した証と言えた。アマゾンはそのまま獣人と共に倒れ込んだが、敵の絶命を
察知するとゆっくりと立ち上がった。
一方献血車から血液を強奪することに没頭していた赤ジューシャの二人組は
アマゾンと獣人との戦いに全く気づいていなかったが、血液を運び出そうと
して初めて戦いの痕跡に気がついた。息絶えて屍を晒す獣人と、そのそばで
息を荒げて立ちつくす一人の女。彼女と視線が交錯したとき、赤ジューシャ達
に戦慄が走る。その瞳に宿る炎に、十面鬼以上の「鬼」を見たのだろうか。
「おじいちゃんや村のみんなを傷つけたヤツの仲間か!!」
そう言うや鬼気迫る表情で赤ジューシャに詰め寄るケイ。その鋭すぎる眼光
に射すくめられた二人は身動き一つ出来ない。手にした血液パック入りの袋
さえも、思わず手から滑り落ちる。
「殺されるっ!!」
二人が死を覚悟したその時、空が俄にかき曇ると辺りが暗闇に包まれ、空中
から何者かが姿を現した。宙に漂う巨大な赤い鬼面の岩。そう、あの十面鬼が
遂に日本に上陸したのだ。十面鬼は路上に落ちた血液パックの入った袋に手を
かざすと、不思議な力でそれを手元にたぐり寄せる。そして腕輪強奪に失敗し、
息絶えた獣人を一睨みしてこう言った。
「大言を吐いた上にしくじりおって、貴様など骸とて見たくないわ!」
その言葉と共に中央の一番大きな鬼面の口から灼熱の炎が放たれ、獣人の
亡骸を一瞬にして焼き尽くしてしまった。その光景に一瞬言葉を失うケイ。
「失敗した者は死ぬ、それが掟だ。アマゾン、お前はその腕輪の持つ力を
理解してはおるまい」
「宝の持ち腐れだ!こっちへよこせ!!」
「殺してでも手に入れてやるぞ!」
十面鬼の鬼面が口々に言う。だが、育ての親が託したこの腕輪を悪の手先に
渡すわけにはいかない。ケイは怒りに満ちた視線を向けて言い放つ。
「おじいちゃんと約束したんだ、絶対に渡すもんか!!」
瞳に宿る炎は、未だ消えやらぬ彼女の闘志そのものだった。戦いを終えて
未だ身体には血の痕を残す身体だったが、ケイは残る力を振り絞って目の前の
敵に飛びかかる。だが、その瞬間十面鬼の姿はかき消え、先ほどまで闇に
包まれていた両者の周囲は一転して元の駅ロータリーの景色を映し出していた。
かき曇った空も再び晴れ渡る青空に戻り、視線を落とせば炎で焼き尽くされた
獣人の姿さえも跡形無く消え失せている。二人の赤ジューシャ達、さらに献血車
さえも消失しているではないか。十面鬼が魔術的な力でこの消失劇を成したと
いうのだろうか。
「憶えておくがいい。その腕輪はこの十面鬼が必ず頂くぞ!」
敵の姿を求めて天を仰ぐケイの耳に十面鬼の声が響く。腕輪に秘められた
神秘の力を、ケイは少女達と出会ったあの夜に感じていた。しかし、彼女の敵は
十面鬼の手先だけだけではない。密林にうごめく新たなる敵の暗躍を、まだ
彼女は知らない。そして謎の少年の存在も忘れたわけではない。あの夜以来彼を
見たことはなかったが、再び少女達の前に現れてその恐るべき本領を発揮する
かも知れない。だからこそ、この腕輪を敵の手に渡すわけにはいかない。育ての
親との誓いを胸に、ケイは戦いの決意を新たにするのだった。
第32話 「密林からの刺客!獣人大ムカデ」 終