うららかな秋の午後、函館市内の公園。
子供達が砂場やブランコで遊んでいる。
周りでは母親達がそれを談笑しながら見守っている。
ベンチでは若い男女が肩を寄せ合ってうたた寝をしている。
平和な日だった。
「うわっ!」
突然ベンチの方から男性の悲鳴が上がった。
母親達が振り返ると、うたた寝をしていた若い男に子犬が吠えかかっている。
「あ、あっちへ行け!」
「ごめんなさいね」
飼い主の上品そうな女性が笑いながら去って行く。
女の方は眠り続けたままだった。男はそれを見ると座り直し、
またうたた寝を始めた。
やはり何事も無い平和な日のようであった・・・
3日ほど前、公園から数km離れた市街地では異変が起きていた。
函館駅前のビルの一室。
「暴力団事務所ではないか?」と噂されていた部屋である。
中はめちゃくちゃに壊されていた。
そこに2人の怪人がいた。
「一体どういうことだ?誰にやられた!」
「そ・それが何も分からないんで・・・」
全身を包帯で包まれた怪人が怯えながら答える。顔は豚のように鼻が大きく
せり出しており、包帯の隙間から半分折れた牙がのぞいている。
バキッ!
もう一人の赤い怪人が大きな手を振り払うと、傷だらけの怪人は部屋の
反対側に吹っ飛んだ。
「ウ・ウウウ・・・」
「キバイノシシ!お前とて改造人間だろう。生身の人間がここまでできるわけがない!
『ライダー』の仕業に決まっている!」
「い、いえ・・他の怪人も誰も敵の姿を見ていないんで・・・。まるで影のような奴でして・・」
「そうか・・わかった。『サタン帝国』は今日で解散だ。もっとももう潰されているがな・・。
函館はゼティマ北海道支部が直接支配する」
「それで、ザリガニアン様・・俺たちはどうなるんで?・・・」
「用無しだ」
そう言うと赤い怪人、ザリガニアンはキバイノシシとの距離をゆっくり詰める。
「く・くそっ!」
すべてを悟ったキバイノシシは体勢を整えるとザリガニアンに突進した。
ガシッ!
決死の体当たりもザリガニアンの右手一本で止められてしまった。いや、
手というより「ハサミ」である。
ザリガニアンはキバイノシシの首を巨大なハサミで掴み、持ち上げた。
キバイノシシの体は痙攣し、やがて動かなくなった。
ドサッと音がしてキバイノシシの体が床に落ちた。体からは血液がほとんど吸い取られていた。
「他の怪人どもも始末しておけ」
ザリガニアンは戦闘員にそう言うと考え込んだ。
ゼティマ北海道支部の下部組織である「サタン帝国」が何者かに攻撃されている
という情報が入ったのは1ヶ月ほど前、そして壊滅したという報告が入ったのが昨日。
ザリガニアンが事務所に偽装したアジトに来てみると、アジトは壊され、中で怪人たちが倒れていた。
下部組織がゼティマから溢れた出来損ない怪人の集まりであるとはいえ、生身の人間が
勝てるはずもない。
しかも怪人は倒されてもとどめを刺されることなく生きている。
生き残った怪人たちによると闘い方も「ライダー」とは全く違うようだ。
それに本部から「ライダー」が北海道に来たなどという情報は入っていない。
新しいライダーか、それとも・・・
「あぶり出してみるか・・・」
その日から函館市内で、首に傷跡のある血を抜かれた死体が次々発見されるようになった。
大きなハサミを持ったエビのような怪人を見た、という噂も立ち始めていた。
「そろそろ現れてもいい頃だが・・・」
「た・・助けて・・・」
市街地の路地の奥、ビルの裏側。
ザリガニアンのハサミに若い女性が挟まれ、か細い声を上げている。
「もっと大きな悲鳴を出せ!」
「た・・・助けてー!!」
「・・誰だ!」
「・・どうした?」
男性の声が聞こえ、数人が叫びながら向かってくる足音がした。
「ギャ・・・」
ザリガニアンはハサミに少し力を入れると女性を放り出し、戦闘員と共にゆっくりと逃げ出した。
こんなことをこの3日間で何十回も繰り返している。
しかし今回は違った。いつもならアジトに戻るか次の標的を見つけるが、今回は
市街地を抜け郊外の人気のない林の中に逃げ込む。
林の中を進むと木が切り倒され、少し広い空間ができているところがあった。
「このあたりでいいか」
ザリガニアンは立ち止まり、振り返って林の中に向かって叫んだ。
「出て来い!さっきから追って来ているのは分かっているぞ!」
すると女性と思われる人物が林の中から歩み出てきた。
「・・・・・」
ザリガニアンはその姿を見て落胆した。仮装した女性であった。
星の模様の大きなマント、白いノースリーブ、白い手袋とブーツ、そして仮装パーティーか
SMショーのようなマスクとミニスカート・・・・
ただの変質者か?・・・
「おい、どかして来い・・・」
ザリガニアンがそう言うと、戦闘員の一人が女性に近づいて肩に手をかけようとする。
女性はその手を振り払うと、戦闘員軽く裏拳を一発お見舞いした。
戦闘員はその場で倒れ、動かなくなった。
「貴、貴様・・・ただの変質者では無いな。何者だ!サタン帝国を潰したのも貴様か!」
「私は、影の戦士・・・」
「ベルスター!」
「えーい・・かかれ!」
残りの戦闘員が一斉に飛びかかる。
ベルスターは軽やかな動きで相手の攻撃をかわし、次々に戦闘員を倒していく。
瞬く間に戦闘員はすべて倒され、残りはザリガニアン一人となった。
「ふん、なかなかやるな!俺が相手だ」
ザリガニアンが猛然と襲い掛かる。
ベルスターはヒラリとザリガニアンの突進をかわすと次々とパンチを浴びせていく。
「ベルパンチ!」
「ベルチョップ!」
攻撃を一方的に受け続けるザリガニアン。
「とどめよ!ベルキック!」
渾身の蹴りがザリガニアンにヒットした。
「・・・その程度か?」
「・・・そんな・・」
ベルスターはあわてて距離を取り、ザリガニアンと対峙する。
「効いてないの?・・・」
「サタン帝国の出来損ない怪人と一緒にするなよ。俺はゼティマの正規軍だ!」
再び襲い掛かるザリガニアン。ベルスターは攻撃をすべてかわし、パンチ・キックを打ち込む。
しかしザリガニアンに目立ったダメージは無い。
ベルスターに疲労の色が見え始めた。
「いつまで逃げ続けられるかな?」
ベルスターは再び距離を取り、息を整えた。
「バカめ!」
その瞬間、ザリガニアンの手から何かが発射された。
「しまった!」
飛んできたのは右手のハサミであった。ベルスターは首をハサミに挟れたまま
後ろの木に磔にされ、身動きがとれなくなった。
ハサミが徐々に食い込み、意識が遠のく
「ワハハハハ!それでは自慢のフットワークも使えまい!」
ゆっくりザリガニアンが近づいていく。
「くっ!」
その時、目の前を赤い影が通った。
「何だ、今のは?」
あわててまわりを見回すザリガニアン。再び前を見るとベルスターの姿が無く、
地面に折れたハサミが落ちていた。
「何っ?・・・何者だ!姿を見せろ!」
木の陰から赤いマントを着た何者かが現れた。
「カゲスターだ!」
「化、化け物!」
赤いマントに赤い体、白い手袋とブーツ、白いスカーフ。そしてその顔は異様であった。
赤い皮膚にギョロっとした大きな目、目の下には大きな逆放物線形の「クマ」にしか見えない黒い模様。
頭は白をベースに左右に2つの青い渦巻きのような模様。脳みそのようにも見える。
一言で言えば「怖い」、「趣味が悪い」。改造人間を見慣れたザリガニアンですらその異形にたじろいだ。
「遅いじゃないの!」
ベルスターがカゲスターに向かって怒鳴る。
「ごめん、ちょっと『本体』にトラブルが・・・」
「どうせかわいいコでもいたんでしょ?」
「ちがうよ、犬が・・・」
「死ね!」
ハサミが飛んでくる。カゲスターは間一髪でよけると一気にザリガニアンとの距離を詰める。
「カゲパンチ!」
「カゲチョップ!」
ベルスターとはパワーが違う。あっという間にザリガニアンを追い詰める。
「とどめだ!カゲキーーーック!」
カゲスターは高々とジャンプし、ザリガニアンに強烈な飛び蹴りをお見舞いした。
膝を付くザリガニアン。
「どうだ?」
「危ない!」
ベルスターが声を上げる。
ザリガニアンが膝をついたまま、いつの間にか再生したハサミでカゲスターの首を狙う。
「うっ!」
カゲスターの首を挟んだまま持ち上げ、そのまま地面に叩きつける。
「ぐわっ!」
カゲスターはハサミを両手で持つと「ガゲスター投げ」で無理矢理引きはがし、距離を取る。
「な、何だこいつは・・・」
「気を付けて、今まで闘ってきた相手とはレベルが違うわ。」
「よし、2人で行くぞ」
2人がかりで連続攻撃を仕掛ける。しかし決定的なダメージは与えられない。
逆に時折カゲスターに当たるザリガニアンの攻撃は重く、ダメージが蓄積していく。
「カゲキーーーック!」
4発目のカゲキックが命中する。たまらずザリガニアンが倒れる
「今だ!カゲファイヤー!」
「ベルファイヤー!」
地面に拳を突き刺すと衝撃波が地面を伝い、ザリガニアンが炎に包まれる。
「ダブル車輪!」
さらに追い討ちをかける。
ザリガニアンは天高く舞い上がり、地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「なぜとどめを刺さない・・・そういえばサタンの奴らにも・・・」
ザリガニアンは虫の息だ。カゲスターが答える。
「怪人は殺さない主義だ。それより聞きたいことがある」
「何だ?」
「加護博士を知っているか?つんく博士でもいい」
「当然知っているとも、俺たち改造人間の生みの親だ」
「どこにいる!」
「おれは地方支部の下っ端だ。本部の幹部クラスのことなんぞ詳しくは知らん。」
「やっぱり2人ともゼティマの人間だったのか・・・そうだ、おい!
後藤真希という女性については何か知らないか?」
「聞いたことはないな。構成員の本名なぞ誰も知らない。『マキ』なんて
名前の女は組織にいくらでもいる。ああ、 そういえば本部にいた頃、
殺したい幹部クラスの改造人間がいたが、そいつも『マキ』と名乗っていたな・・・」
「聞きたいことはそれだけか?とどめを刺さないとは全く甘い奴らだ・・・」
「じゃあ支部か本部の場所を教えてくれないかしら?」
ベルスターが言った。
「そんなことを話すと思っているのか?・・・それに俺より遥かに強い改造人間が
いるんだ、行ったところで・・・いや、しかしお前達なら俺の・・・」
ザリガニアンは黙り込んだ
「どうしたの?」
「なんでもない、いいだろう教えてやる。どうせ俺はもう・・・」
その時、ザリガニアンの腰のあたりで何かの作動音がした。
「離れろ!」
ザリガニアンが叫んだ。
次の瞬間ザリガニアンが巨大な炎に包まれ爆発した。
ギリギリのところで爆発に巻き込まれることを逃れたカゲスターとベルスター。
「自爆した?」
「いや、消されたのかも・・・」
林に炎が燃え移りみるみる広がっていく。消防車が集まってきた。
「行きましょ、カゲスター」
「そうだな・・・」
函館市内の公園
ベンチの若い男女がゆっくり目を覚ました。
男の方は目を覚ますや否やベンチからずり落ちて地面に膝を付いた。
女のほうが駆け寄る。
「ユウキ、大丈夫?」
「だ、大丈夫。でもあんなのが下っ端だなんて・・・」
「やっと『本体』が出てきたわね。もう後戻りはできないわよ」
「ああ・・でも、お姉ちゃんが出入りしてた所はやっぱりゼティマの研究所だったんだ。
きっとお姉ちゃんは奴らに・・・ちくしょう!」
「希望を捨てちゃダメよ。きっと生きているわ。それより北海道にあるのが
『支部』と分かっただけでも収穫よ。」
「収穫?」
「本部の場所を探さないと。」
「いきなりそんな・・本部なんてどんな怪人がいるか、まずは北海道支部を探したほうが・・・」
「情報は全部本部に集まるのよ、あんたの姉さんの情報も。怪事件が続出してるから
函館に来たけど、ここは支部しか無いんだし、用は無いわ。」
(注:サタン帝国はあまりにマヌケなので報道されてしまっている)
「そうだね・・ところでいつもちゃんと答えてくれないけど、ソニンさんは
何のために戦ってるの?」
「私は・・・私の記憶を取り戻すため、そして家族のため・・・」
「またそれ?」
「うるさいわね、いいじゃない目的が何でも。敵は同じでしょ?・・・
さあ、帰って夕食にするわよ」
「またカレー?」
「文句があるなら食べなくていいわよ。それと帰ったら荷物をまとめないとね。
明日には津軽海峡を越えるわよ」
「どこへ行くの?何か情報でも?」
「『本部』と言ったらだいたい東京じゃない?カンだけど。それに最近怪事件多いみたいだし。」
「相変わらず無計画だなあ・・・いいよ、行こう。」
そう言うと2人は立ち上がり、公園の近くのアパートに帰って行った。
2人の影は昼間にもかかわらず、夕方のように長く伸びていた・・・