第32話 「密林からの刺客!獣人大ムカデ」
南米大陸を走る大河、アマゾン川。その流域には広大なジャングルが
広がっている。そこには未だ人跡未踏の地も多く存在し、人類最後の秘境
として人々のロマンをかき立てている場所である。
この地は様々な伝説や逸話を生み出してきた。インカ帝国の黄金郷、
エルドラド。あるいは未知の巨大生物の生存説。原住民のカニバリズム。
虚実入り乱れたそれら全てを併せ呑むかの如く、悠久の流れと共に緑の
魔境は今日まで存在し続けている。
そんな密林地帯を見下ろすかの如く、中空を漂う巨大な物体があった。
それはまるで巨大な岩のようであったが、その岩の上方部分には明らかに
人間と思しき者の上半身が見える。そして、それは意志をもって「飛行」
していたのである。
巨大な岩の縁には、ぐるりと赤い人面が張り付いていた。さらに前面部には
牙をむき出しにしたひときわ巨大な鬼面が鎮座している。私欲に狂い九人の
悪人達と共に顔岩と呼ばれる奇岩に結合した、悪の魔人。彼こそこの一帯に
拠点を構えるゼティマ南米支部の首魁、「十面鬼ゴルゴス」である。
彼はこの一帯を支配しており、獣に人間の脳を移植して人間並みの知能を
与える術を心得ていた。これによって誕生したのが「獣人」である。しばし
空の行脚を楽しんだ十面鬼は、自らの拠点である洞窟に降り立つ。と、そこ
には既に彼の僕たちが集まっていた。彼は開口一番こう言い放つ。
「腕輪はどうした。まだ手に入らぬか」
地の底から響くかのようなその声は、僕の者達を畏怖させるには十分すぎる
凄みを帯びていた。その声に応えて岩の周囲に張り付いた悪人の顔も口々に
言う。
「何をしている!」
「まだか!」
「奪い取れ!!」
彼の言う腕輪とはもちろん密林の至宝、ギギとガガの腕輪のことである。
二つの腕輪は伝説の超エネルギーを手に入れる鍵となるものなのだ。十面鬼は
この腕輪を手中に収め、ゼティマの世界征服の野望のために超エネルギーを
手に入れようと目論んでいたのだ。
そんな彼の目の前に跪く者達は、胸元と腕に白いフリンジのあしらわれた
身体にぴったりと張り付く赤いボディスーツを纏った仮面の女達だった。彼女
達こそ、十面鬼の僕として暗躍する女戦闘員「赤ジューシャ」である。
「送り込んだ獣人が悉くアマゾンなる者に倒され、芳しくありません」
十面鬼の前に歩み出た赤ジューシャはそう言って跪く。ワニ獣人、クモ獣人は
アマゾンライダーの前に敗れ去り、軍団としてもより強力な獣人を誕生させる
ことが必要であった。腕輪の強奪、そのためには行動の拠点を移すことも考え
なければならない。
「いよいよこの儂が日本へ渡ることも考えねばならぬか」
思案に暮れる十面鬼。と、そこへ現れたのは巨大なムカデの獣人だった。紫色
の身体から生えた無数の脚。「獣人大ムカデ」が主の野望を成さんと自ら名乗り
を上げたのだ。
「十面鬼様とゼティマに身命を捧げたこの獣人大ムカデ、必ずや腕輪を手に
入れてご覧に入れましょう」
「ほほう。ならばやって見せい」
その言葉と共に、彼の顔が次々と獣人の意気に応えて言う。「顔が次々と」
と言うのは、もちろん顔岩に結合された9人の悪人達のことである。
「期待しておるぞ!」
「アマゾンを殺してでも!」
「奪え!」
「行け!日本へ!!」
洞窟を後にする獣人を見送りつつ十面鬼は呵々大笑する。悪の尖兵がまたも
腕輪強奪のために動き出したのだ。
数日後、舞台は変わって日本。いつもの公園に、一人の女性の姿があった。
紅い縞模様・・・まっすぐなストライプではなく、獣の柄模様のように波打つ
縞が走る深緑色のベスト。同じ色柄のカットオフのショートパンツからのびる
脚には膝近くまでひもが肌を包むショール。しかし露わな太股に健康的な色気
を感じるほど、外の気温は決して暖かくはない。この季節には不釣り合いな
出で立ちに加えて二の腕に奇妙な腕輪を身につけ、そして何よりもただならぬ
眼力を感じさせる強い瞳を持つその女性は、おもむろに地面に腹這いになると
まるで獲物を狙うような目でパンくずを啄む鳩の群れをじっと見つめていた。
その姿は、昼下がりであることも相まって非常に奇異に映っていた。
「どうしてもっと早く気がつかなかったのかしら。こんなに美味しそうな
鳥が近場にいたなんてね」
その女性は、どうやらこの鳩を捕るつもりでいるらしい。彼女は無心に
パンくずを啄む鳩の様子を窺いながら、飛びかかるタイミングを計っていた。
そう、実はそのパンくずも彼女が撒いたものだった。かくして鳩は彼女の
もくろみ通りに集まってきた。後は狩るのみ。獲物を狙うその様子は人と
言うよりも、まさに野獣の姿であった。
「鳥で食べられないのは鳴き声だけだっておじいちゃんも言ってたっけ・・・
あれ、豚だったかな?」
目の前の御馳走に目をぎらつかせるその女性こそ、仮面ライダーアマゾン
ことケイであった。「保田圭」という日本名を貰った彼女ではあったが、日本の
食生活に未だなじめない彼女は、とうとうしびれを切らして自ら狩をすることに
したのである。だが、そのようにして彼女が狩ってきた獲物は往々にして少女達
には不評だったので、都会の人間でも食べられそうなものに目をつけた。それが
公園の鳩だったのだ。
時は来た。群れから取り残されて離れている鈍くさそうな一羽に狙いを定め、
ケイは少しずつ身体を起こして身構える。それは野獣のクラウチングスタート。
この瞬間、彼女はまさしく食物連鎖のトップアスリートだった。だが。
「おーばーちゃーん!」
背後からそんな声が聞こえたかと思うと、その声に驚いた鳩の群れは一斉に
空へと飛び立ってしまった。慌てたケイは体勢もろくに整わないまま、地上を
離れた鳩の群れに飛びかかる。だがその腕はむなしく空を切り、鳩たちは
まるで彼女をあざ笑うかのように彼方へと消えた。そしてそれとは反対に、
声の主である小柄な少女は獲物を逃した狩人の元へと走り寄ってくる。
「つじぃ!何で邪魔すんのよォ!!」
鼻息荒く狩りの邪魔をした少女へと詰め寄るケイ。強い眼力を秘めた目が
更に大きく見開かれている。その勢いに圧倒された少女〜辻希美は顔を
引きつらせつつ言った。
「らってぇ、おばちゃんなにしてるのかな〜と思って」
「はぁ・・・アンタね、久しぶりにお肉食べられたかも知れないんだよ?
アタシは虫でも何でも平気だけど、アンタ達はイヤでしょ?」
そう言ってため息を一つつくケイ。狩を邪魔された、獲物を取り逃がしたと
言う彼女の思いがひしひしと伝わってくるその態度に、しょんぼりと項垂れる
希美。
「くすん・・・おばちゃんの珍味好きにはついていけましぇん」
希美はそう言って涙ぐむ。確かに昆虫の幼虫を食べろと言われても、よほどの
如何物食いで無ければそうそう食指が伸びるものではない。
「珍味ってアンタ『食べなければ生き残れない!』って言うでしょ?」
「どっかで聞いた言葉れすけど・・・多分どっか間違ってると思うのれす」
やがて二人は帰途につく。するとその背後から怪しい二人組が姿を現した。
公園の植え込みに姿を隠していた二人は、ケイが鳩を捕まえようとして失敗
した様子や、希美との遣り取りをつぶさに監視していた。
「まったく、あの小娘達は一体何をしてんだろうねェ」
「よほどひもじい思いをしているのかしらね」
そう言って言葉を交わすこの怪しい二人組こそ、十面鬼に遣わされて日本に
やってきた赤ジューシャであった。
「腕輪は肌身離さず身につけてるようだね」
「肌身離さずも何も、大事な育て親から預かったシロモンだよ。奪い取るには
あの女を殺す以外に方法はないねぇ」
そんな二人の背後から、新たに姿を現す者がいた。誰あろう、獣人大ムカデ
である。腕輪強奪の密命を帯びた三人は、ケイの行く先々について回っては、
機会を窺っているのだ。
「任せておけ。二つの腕輪とあの女の首は必ず十面鬼様への手土産にして
みせる。そうだお前達、耳を貸せ」
そう言って獣人大ムカデは赤ジューシャ達に何事かを耳打ちする。そして
公園から去っていくケイと希美の姿を見届けた三人は、足早にその場を後に
した。