翌朝。港には香港から黒龍会の船が到着していた。香港から改造人間の
素体となる人々を積んだ船は、大胆にも正面切ってこの港に入港した。
この港について言えば税関や入管内部に既にゼティマの息のかかった人間達
がおり、他の犯罪組織よりも安全に仕事を進めることが出来るからだ。
『さぁ、お前達、ここが新天地日本だぞ。陸で組織の人間が待ってる。早く
降りろ』
黒龍会の人間に促され次々と船を下りていく密入国者達。しかし、前述の
通り港はいわば「ザル」であり、こうなると「密入国」でも何でもない。
黒龍会の男達は全く悪びれる風もなく淡々と仕事をこなしていく。
『おーい、こいつら死んでるけどどうする?』
船の上から声がする。仲間の一人が、コンテナ内で死んでいる者を発見した
のだ。港はともかく、第三国などに洋上で拿捕されるようなことがあっては
ならないので、一応用心のために密入国者はコンテナに入れて送られる。中は
温度調節など出来ようはずもなく、用すら中ですまさなければならない。その
ような劣悪な環境の中で命を落としていく密入国者は少なくない。
『そんなモン、帰りに公海上でコンテナごと捨てちまえ!潮の流れ次第じゃ
台湾あたりに流れ着くだろうさ』
そう言って笑い飛ばす男達。彼らには、密入国者たちが人間であるという
意識は欠片もない。密入国者の命も黒龍会にとっては「商品」でしかないのだ。
と、その時である。
「黒龍会!お前達の悪行、この眼ではっきり見せて貰ったよ」
『誰だ!出てこい!!』
どこからもなく聞こえてきた謎の声に、周囲を見回す黒龍会の男達。すぐさま
拳銃や青龍刀など物騒な武器を携えた拳法着の男達が、続々と船の中から現れた。
『隠れてないで出てこい!怖じ気づいたか!!』
数の上なら明らかにこちらが有利とばかりに勢いづく黒龍会の男達。だが、
肝心の声の主は何処にも見あたらない。すると、男達の一人が物陰に人の気配を
感じて叫ぶ。男の視線の先にあるのは、積み上げられたコンテナだった。
『そこか!』
果たして声の主はそこにいた。コンテナの影から姿を現した声の主は、黒い
レザージャケットを羽織り、テンガロンハットを被っていた。一見すると少年
のようにも見えなくはなかったが、その声は少女のそれである。
「拳銃に青龍刀・・・小娘一人に随分な歓迎じゃない?」
20人はゆうに居ろうかという黒龍会一派を目の前にして、臆面もなく
少女〜市井紗耶香は姿を現すと、ギター片手に余裕の投げキッスだ。
『ナメやがって!構うこたぁねぇ、殺せ!』
リーダーらしき男の号令が下ると、一斉に黒龍会の男達は紗耶香に襲いかかる。
しかし、紗耶香は巧みに敵の攻撃をかいくぐると、絶妙のカウンターで次々と
拳一つで敵を叩きのめす。ある者は海へ投げ出され、そしてある者は急所に一撃を
食らって悶絶する。ゼティマ拳法を修めた猛者達ですら見事に手玉に取られ、
気がつけば徒手空拳で挑みかかった者達は全て冬の港にはいつくばる有様だ。
「こんなモン?次は?」
不敵に笑い、人差し指で手招きして挑発する紗耶香。素手でかなわないと
見た黒龍会、続いては青龍刀軍団の登場となったが、これもまた敵では
なかった。紗耶香は五人の男達が次々と繰り出す白刃をすんでの所でかわすと、
そのうちの一人の腕を逆手にとって捻りあげ、青龍刀を奪い取ると柄で顔面に
一撃を食らわした。
それから怯む男達を一瞥すると、反撃の隙も与えず次々と男達の身体に
青龍刀をたたき込む。その様は中国武術と言うよりは剣道のそれに近かったが、
ともあれ青龍刀の男達も瞬く間に一網打尽にされてしまった。
「安心しなよ、峰打ちだから」
果たして青龍刀に峰があるかどうかは定かではないが、致命傷を与える
ことなく敵を圧倒したその腕っ節はさすがとしか言いようがない。しかし、
残る敵はやっかいだ。
『刀を捨てろ、動くな!』
一斉に手にした拳銃を紗耶香に向ける男達。目の前で仲間を倒された
以上、脅しではなく本気で撃つつもりなのは明らかだ。ひとまず青龍刀を
足下に置くと、ゆっくりと手を挙げる。
『聞き分けの良いヤツだ。苦しまぬよう一瞬で殺してやる』
男達の指が引き金にかかろうとした、その時だ。紗耶香は一瞬のうちに
横っ飛びになって身をかわすと、懐から拳銃を取り出し男達に向かって
ぶっ放した。その華麗なガンプレイに一瞬魅了されたのか、男達は銃を
撃てずにいた。弾丸は正確に男達の銃や手に命中し、先ほどまで銃を構えて
いた男達は一様に皆手元から銃を落とし、苦痛に顔をゆがめながら蹲る。
そして紗耶香は男達の元へ歩み寄ると、先ほどのリーダーらしきの男の
胸ぐらを掴み、こう問いただした。
『明日香ってコ・・・知ってる?』
『・・・何のことだ?』
しらばっくれているのか、それとも本当に知らないのか。紗耶香は更に
語気を強めて問いつめる。
『4月18日・・・お前たちは何処で何をしていた?!』
首も折れよとばかりに胸ぐらを掴む手に力が入る。息も絶え絶えになり
ながら、男は必死に応えた。
『その日はウチの若い者の結婚式で・・・上海で上海蟹を食ってた!
本当だ、信じてくれ!』
どうやらこの男も福田明日香の事は知らないらしい。紗耶香は男の
顔面に一発パンチをたたき込むと、男は大の字になって延びてしまった。
「ズバットスーツ、着るまでもなかったな・・・自称何とか日本一も
いなかったし、ちょっと物足りないな」
そう言って紗耶香は懐から一枚のカードを取り出す。
「一応決まり事だからね」
おもむろに手に取り、投げつけたそのカードにはこう書かれていた。
『この者、密入国現行犯!』と。