同じ頃、秩父の山奥。通称「地獄谷」と呼ばれる場所があった。何故かその
一帯だけは有毒ガスが発生するという怪現象が起きるという場所であり、昔
から地元の人々が近寄ることはまず無かった。その人外の地に、実は黒龍会の
道場があることを知るものはいない。
道場の偉容はまさに流派の総本山と呼ぶに相応しく堂々としており、歴史ある
寺院のような佇まいであった。広い中庭をもつ本堂と離れの建物、違うとすれば
仏典を収める塔などが無いことくらいだろうか。そして山門と呼んだ方がしっくり
来そうな門の両側には、仁王像宜しく巨大なカラスの魔神像が睨みをきかせている。
そして今まさに、その山門をくぐる五人の怪しい者達の姿があった。山門から
敷地に入るや五人は人間の姿から、怪人へと姿を変える。それぞれ熊、蛇、
鷹、虎、象の姿をしており一見するとかなり奇怪な風貌だが、実は彼らこそ、
暗殺拳「ゼティマ拳法」を修めた流派きっての高弟、「地獄谷五人衆」である。
「五師兄、お待ちしておりました」
そう言って五人衆を本堂の前で出迎えたのは、屹立した背びれも猛々しい
大トカゲの怪人である。彼の名はドラゴンキング、黒龍会の日本での拠点を仕切る
のはこの怪人なのだ。
「弟よ、師父テラー・マクロの命によって我らは日本に来た。『空飛ぶ火の
車』を動かす『鍵』、ここ日本にあるそうだな?」
そう言って鷹の怪人〜サタンホークは隣に居並ぶ4人を差し置き歩み出る。
実はこの鷹の怪人は五人衆のリーダーであると同時に紅一点、つまり女性
なのである。
「日本に送り込まれた素体が持ち逃げしたと聞いています」
ドラゴンキングはサタンホークの言葉にそう答えた。そんな彼の言葉に、
激しくいきり立つ者がある。象の姿をした怪人、象拳の使い手ゾゾンガーだ。
「貴様、まさかまだ手を打っていないというのではあるまいな!」
「ご安心を、既に手配はしてあります」
兄弟子の怒りをなだめるようにドラゴンキングが言う。そのとき五人衆の
一人がこう言った。
「いっそのこと、ゼティマ日本支部の力を借りてはどうだろう?」
声の主は蛇の姿をした怪人、蛇拳の使い手ヘビンダーだった。黒龍会が
独力で捜索するのは困難なので、事情を話して協力を仰ごうというのだ。
「しかしそれは師父の意図に反するのではないか?」
ヘビンダーの提案に異議を唱えるのは虎の怪人、クレイジータイガーだ。
彼はその容姿の通り、虎拳の達人である。
「この際仕方ないではないか」
「何のためにゼティマに秘せよと命じられたか判らぬか。師父はあれを連中
に渡したくないのだ」
どうやら、彼らの捜し物はゼティマに知られたくない物のようである。そこへ
口を挟むのは、熊拳の達人、ストロングベアだ。
「空飛ぶ火の車さえ起動できれば問題なし!姉上、ひとまずここは日本支部へ
出向き捜索の助力を依頼すべきだ」
四人の怪人が言い争う中、しばらく考えていたサタンホークは何事かを決心
すると、こう命じた。
「よし、ひとまず我らはゼティマ日本支部へと向かう。ドラゴンキングよ、
お前は道場にて師父のお越しを待つのだ」
サタンホークの言葉を聞いたドラゴンキングの表情が一瞬曇る。
「儀式のためと聞いていますが・・・まさか鍵のことは?」
「師父はまだ鍵のことは知らぬ」
そう言って、サタンホークはその経緯を語り始めた。
数日前、黒龍会の総本部。
誰もいない自室で一人物思いにふける、青白い顔の老人。亡霊のような
風体のこの老人こそが、ゼティマの重鎮テラー・マクロである。彼は一人
になると決まってあることを思い出し、怨念を募らせていた。
「我が弟子よ。仇は必ずとってやる。お前は偉大なるゼティマのために
命を捧げたのだ」
目を閉じたまま一人つぶやくテラー・マクロ。彼は将来を期待していた
門弟の一人をライダーに殺されていた。彼の弟子はアメリカにある
改造人間技術の研究所を襲撃するという使命を帯びていたが、任務半ば
にして命を落としていたのだ。弟子の仇は「スーパー1」という
仮面ライダーの一人だという。仮面ライダーといえば彼ら組織の敵だが、
彼にとってはそれ以上に愛弟子の仇として激しい憎悪の対象であった。
「お前を殺した『スーパー1』・・・儂の手で葬り去ってくれる」
再び目を見開き、血走る目で睨み付けた先にあったものは組織の版図
を示すべく掲げられた世界地図だった。彼は門弟の一人を部屋へと
呼びつけこう命じた。
「五人衆に伝えよ。『魔神の血の儀式』のために儂自らが出向くと。
空飛ぶ火の車の準備も、もちろん忘れるでない」
かくしてテラー・マクロ自らが日本にやってくることとなった訳だが、
実は「空飛ぶ火の車」を起動するために必要な黄金の鍵が盗まれていた
ことは数日前まで黒龍会の人間は誰も知らなかった。ドラゴンキングが
その事実を隠していたからだ。
「それにしても、何故師父は空飛ぶ火の車を・・・」
「あれを使って日本各地を破壊することが本来の目的だ。儀式は
あくまで師父の個人的な復讐のためだろう。しかし、私には逆としか
思えぬが」
「では何故ゼティマに隠すのでしょう」
「師父は黒龍会がゼティマに取って代わることを望んでおられる。
空飛ぶ火の車が一度動き出せば止められる者はいない」
サタンホークの言葉に、黙ってうなずくドラゴンキング。
「それから・・・同郷のよしみとはいえ、部下の失態を隠し立てする
とは何事か。舎弟思いなのは結構だが、自分の首まで絞めることになるぞ?」
サタンホークはそう言ってドラゴンキングを一瞬見やると、他の4人と共に
道場を後にした。ドラゴンキングは5人の姿を黙って見送っていた。