それをきっかけにソニンは少しずつ人間らしさを取り戻していった。
ちょうど薬物の効果が切れる時期と重なったのか、カレーライスに特別の
思い入れがあったのか・・・
催眠治療などにより少しずつ記憶も取り戻していった。
防弾ガラスの部屋から鉄格子、そして病室と少しずつ監視の目も緩くなっていった。
そしてある日、ソニンは病室から姿を消した。
ソニンは生まれ故郷の高知にいた。
病院の医師には出身地のことは話していなかった。
駅に着くと少しずつ霧が晴れるように記憶が戻ってくる。
家までの道順は記憶よりむしろ体が覚えていた。
体が勝手に家の方に向かう。何百回も何千回も歩いた道だ。
次の門を曲がると家があるはずだ。
ソニンはたまらず走り出して門を曲がった
・・・しかしそこには何も無かった。
きれいに整地された空き地だった。
立て札が立てられていた。
「管理地 ○○不動産」
記憶違いではない。段々はっきりと思い出してきた。自分はここで生まれ、
少なくとも16歳までここで育った。
そして空白の3年。
一体何があったのか・・・
隣の家に行く。ひょとしたら家族がどこに行ったか知っているかもしれない。
呼び鈴を鳴らすと見慣れた顔のおばさんが出てきた。
「おばさん!」
「あら・・・どなた?」
・・・他に何軒か周ったが同じであった。
町中の知り合いという知り合いが自分のことを忘れてしまっている。
こんなことがあるのだろうか・・・
河原で呆然と座り込むソニン。そこに中年の女性が話し掛けてきた。
「ソニンちゃんじゃない?」
驚いて振り向くと、小学校時代の担任であった。
「せ・・先生!」
ソニンはまるで子供のように声を上げて泣いた。そして、先生にこれまでのことをすべて話した。
「・・・とても信じられないけど・・・私も最近この町に戻ってきたばかりなの。
ソニンちゃんが卒業してから他の町の小学校に行ってたから・・」
「私、高校入ってからの記憶がほとんど無いんです・・・」
「あなた、高校にはほとんど行ってないのよ。」
「え?」
「ものすごく優秀だったから。特例の飛び級で16歳の時に東京の大学に進学したのよ、覚えてないの?」
「いえ・・全然」
「私にとっても自慢の生徒だったわ。というか、町中であなたのことを知らない人はいないはずよ・・・
とにかく今日は用事があるから、明日うちにいらっしゃい。相談に乗るから。」
「はい・・・」
ソニンは駅の待合室で一夜を過ごし、朝一番で女性の家を訪ねた。
呼び鈴を鳴らすと、先生が出てきた。
「先生。おはようございます!」
「・・・・あなた、誰?」
ソニンは高知を離れ、再び東京に向かった。