首都圏の中都市の中心街、国道の交差点のど真ん中にその少女は立っていた。
青信号で歩道からふらふらと進入し、ボーっと突っ立っている。
信号が変わり、クラクションが一斉に鳴らされる。
少女はそれを聞くと驚いた様子で耳を塞ぎ、その場に座り込んだ。
かなり怯えている様子であった。
ゆっくりとその少女の手前までトラックを進めていた運転手が車から降りて駆け寄る。
「おい姉ちゃん、大丈夫か?」
手を取って立ち上がらせようとする。
「あああああああああ!!」
少女はその手を振り払うように動かした。
運転手は物凄い力で振り回され、トラックに叩きつけられた。
「こ、この!」
運転手は力ずくでどかせようとする。
「うあああああ!!」
やはり振り回され今度は地面に叩きつけられた。
その様子を見ていた周りの運転手が数人で止めにかかるが、まるで歯が立たない。
パトカーがやって来た。
数人の警察官が取り押さえようとする。しかしどうにも手が付けられない。
パトカーの台数が増えていく。
機動隊が投入される。
すべて蹴散らされた。
国道を封鎖し、距離をおいて警察が2重3重に取り囲む。
手が出せない。
後は警視庁の「SAT」か自衛隊ぐらいである。
黒塗りの乗用車と装甲車がやって来た。
黒いスーツとサングラスの男が降りてきた。
絵に描いたような「秘密組織」の人間である。
「ここは我々に任せてもらう」
公安であった。
彼らは慣れた様子で電磁ネットと麻酔弾を使い、少女の身柄を拘束した。
到着から10分足らず、あっという間の出来事であった。
少女とはもちろんソニンのことである。
ソニンが目を覚ますと、防弾ガラスの箱の中にいた。
箱と言っても一辺が10メートルはある。小部屋と言った方がいいかも知れない。
箱の外では白衣を着た研究員が何人も歩き回り、検査用の機材やカメラが並べられていた。
ソニンの体には各種センサーが取り付けられていた。
ソニンはセンサーをコードごと引きちぎると防弾ガラスの壁に突進する。
何度も何度も体当たりをする。しかしびくともしない。
そのうち疲れて寝てしまった。
そして目を覚ます。また体当たりをする。その繰り返しだった。
「まるで猛獣だな」
初老の研究員が言った。ここの責任者らしい。
「猛獣でももう少し学習能力がありますよ。もう10日目ですよ?」
そばにいた助手が言った。
「検査の結果は?」
「人体改造の跡はありません。レントゲンの結果も問題ありません。DNA鑑定でも全く異常無しです」
「これがただの人間だと言うのか?」
「結論から言えばそうです。ただし筋力だけは通常の人間の数十倍の・・・」
「薬物の使用は?」
「筋肉増強剤、興奮剤の使用は無いようです、ただ・・・」
「なんだ?」
「洗脳に使われる薬物の数値が異常な値です。この影響で人間としての記憶が完全に
失われているようです」
「赤ん坊以下か・・・例の組織との関係は?」
「今のところ何も、胸の刺青以外には・・・」
「ふうむ・・・」
ソニンの記憶を蘇らせる作業が始まった。
写真、音声など様々な刺激を与えるが興味を示そうとはしない。
まるで解決の糸口は見出せなかった。
1ヶ月以上が過ぎたある日、食事にカレーライスが運ばれてきた。
いつもは手すら使わず、犬のように食べていたソニンだったが、少し様子が違った。
カレーの匂いを嗅ぐとその前にちょこんと座り、スプーンに手を伸ばした。
カレーを一口頬張ると、ここに来て初めて言葉を喋った。
「おいしい・・・」