12 :
ナナシマン:
自分を助けてくれた謎の女性の正体は、国際指名手配中の殺し屋
だった。そんな女性と一緒について行って良いものかどうか、里沙の
脳裏に浮かんだそんな疑問を察知したように、沙紀が言った。
「さっきのコの言ったこと・・・気になる?」
その言葉に、ゆっくりと頷く里沙。そんな姿を見た沙紀は、言葉を
続ける。
「父を、家族を殺されたあたしは復讐を決意したの。裏の仕事に手を
染めたあたしは、やがて暗殺の女王『レッドクイン』と呼ばれる暗殺者
になった。でも、皮肉なモンでね。その通り名をくれたのは・・・
デスパー軍団なの」
「えっ・・・?!」
デスパー軍団。その言葉に反応し、里沙の濃い眉がぴくりと動く。
「でも信じて。あたしは奴らの手先になった訳じゃない。全ては父の
仇を討つためなの。あなただって、五郎さんの仇は取りたいでしょ?」
急に里沙の両肩を強くつかみ、興奮してまくし立てる沙紀。その姿に
里沙は明らかに戸惑いの表情を見せた。それに気づいた沙紀はようやく
落ち着きを取り戻すと、
「ごめんなさい・・・おかしいよね、こんな話するの」
一言だけそう言って詫びた。
13 :
ナナシマン:02/10/27 21:20 ID:TUnA0Yq9
それから小一時間ほど過ぎただろうか。二人は沙紀のアパートにいた。
夜もすっかり遅くなったので、里沙は沙紀に促されてベッドで眠った。
里沙のその姿を見届けた沙紀は、毛布にくるまる少女に背を向けると、
何事かを始めた。すると。
「沙紀さんは、ガイゼル総統を狙っているんですね?」
床についた里沙はなかなか寝付くことが出来なかった。不意の言葉に
沙紀は振り向くとゆっくり頷く。
「そのためだけにあたしは、命令を遂行しながらひたすら待った。
そしてようやく、あたしはそのチャンスを得た」
「どういうことですか?」
毛布にくるまったまま、里沙は沙紀の方に顔を向ける。その時里沙
の目に飛び込んできたのは、バイオリンケースからライフル銃を
取り出して組み立てている沙紀の姿だった。暗殺者レッドクインとして
の沙紀の顔。見てはいけないものを見てしまったような気がした。
「ガイゼル総統が地上に姿を現すための格好の理由が出来たの。
里沙ちゃん、あなたを利用させてもらう」
14 :
ナナシマン:02/10/27 21:20 ID:TUnA0Yq9
その冷酷な響きに、里沙は戦慄を覚えた。自分の命が危険に晒される
からというよりも、さっきとは別人のような紗紀の言葉があまりにも
冷たい響きを伴って里沙の心に投げかけられたからだ。
「さっきの娘の言ってたことね、当たってるかも知れない」
紗紀はそんなことを言いながら一人銃の手入れに没頭していた。
「復讐なんて止めてください。総統なら私が・・・」
ガイゼル総統は私が倒す、そう言いかけた里沙の言葉を遮るように
紗紀は言った。
「たとえあなたがイナズマンでも、あたしは誰の手も借りないよ」
銃から目が離せないのか、それとも意識的に目を合わせないのか定か
ではなかったが、紗紀は里沙に背を向けたままだ。そんな彼女の姿に
やるせない思いの里沙は黙って俯くしかなかった。と、その時。
視線を落とした先に里沙が見たのは、ピアノの練習用の楽譜だった。
無造作に放り投げられたそれを手に取った里沙は、さらに部屋の周りに
視線を走らせる。すると、部屋の一角にピアノがあるのを見つけた。
彼女にとって、それは小さな驚きだった。
15 :
ナナシマン:02/10/27 21:22 ID:TUnA0Yq9
「ピアノ・・・弾くんですか?」
里沙の問いかけに、一瞬紗紀の手が止まった。
「家族を殺されて・・・暗殺者になってなけりゃ一端のピアニスト
にでもなれたかな?判らないけど」
「弾いて見せてくれませんか?」
ベッドから身を起こし、目を輝かせて紗紀を見る里沙。しかし、
そんな里沙の言葉に紗紀が応じる様子はない。再び黙って銃の手入れを
始める紗紀に、里沙はベッドから出て駆け寄る。
「一度聴いてみたいんです。弾いてもらえませんか?」
そう言って里沙は紗紀の手の上に自分の小さな手を重ねる。紗紀が
手にした、手入れ油の染みたコットンのことなど構いもしなかった。
そんな里沙の言葉に、紗紀は銃の手入れを止めてピアノに向かう。
「一応ウチは防音壁だけど・・・夜だし、少しだけだよ?」
紗紀の姿を嬉々として見つめる里沙。そして聞こえてきたのは、荘厳
ながらどことなく悲しげな曲だった。やがて演奏が終わると、たった一人
の観客はこのピアニストに精一杯の拍手を送った。
「これはね、レクイエムと言ってね。死んだ人の魂を鎮めるための曲
なの。『仕事』の前には必ず弾いてる」
紗紀の言葉に、里沙は微笑んでいった。
「やっぱり紗紀さんは悪い人じゃなかった。本当に悪い人なら、殺した
相手のことなんて考えないと思う。アイツらみたいに」
父親の復讐のためには手段を選ばず、あえて軍団の命に従い殺しを
続けてきた紗紀。しかし、彼女の本性は悪ではなかった。里沙の言葉を
聞いた紗紀は、再び里沙に背を向けると銃の手入れを始めた。その時、
彼女の肩は小さく震えていた。
16 :
ナナシマン:02/10/27 21:24 ID:TUnA0Yq9
こうして、里沙は眠りについた。決して気の休まる場所ではなかったが、
今の彼女にとって、地上で安全な場所は紗紀のそばだけだった。そして
その夜、里沙は不思議な夢を見た。
それは、スーツを着た若い男がデスパー軍団と戦っている様子だった。
夢の中で悪の手から里沙を守る若い男、それは若かりし頃の五郎の姿だった。
やがて彼は両腕を交差するや天に向かって叫ぶ。
「ゴーリキショーライ!」
叫びと共に五郎の身体から渦巻き状の光が放たれたかと思うと、その直後
彼は全身土気色の怪人に姿を変えた。
「サナギマン!」
思いがけず里沙の口をついて出た言葉。これが五郎の言っていた「蛹から
蝶」の「蛹」であるサナギマンだった。怪力にものを言わせて軍団の兵士を
叩きのめすと、怒りのエネルギーを全身にみなぎらせたサナギマンは更なる
変転の時を得て叫ぶ。
「チョーリキショーライ!!」
かけ声と共に走るまばゆい閃光。そしてサナギマンの身体が爆発したかと
思うと、そこから現れたのは青色の異形の戦士、イナズマンだった。やがて
イナズマンはその能力を駆使してデスパー軍団を一掃すると、怯えて
縮こまっていた里沙の元へ手をさしのべて言った。
「お前が正しいと思ったことのために、この変転の力を使いなさい」
その声は紛れもなく、あの五郎老人のものだった。彼が託したビジョンは
この瞬間、里沙に伝わったのだ。
17 :
ナナシマン:02/10/27 21:25 ID:TUnA0Yq9
その翌日。
アパートに里沙一人を残し、紗紀は一人公園にいた。軍団の工作員と
接触するためだ。公園のベンチに腰掛け、ぼんやりと空を眺めていると
紗紀は自分の背後に何者かの気配を感じ、素早く立ち上がって振り返る。
「久しぶりね、レッドクイン・・・荒井紗紀」
聞き覚えのあるその声にハッとする紗紀。目の前に立っていたのは
暗殺者稼業に身を投じるに当たって別離したはずの旧友の姿だった。
「真己・・・あんた無事だったの?」
「末永真己・・・今じゃそう呼ばれることも無くなったけどね」
末永真己。デスパー軍団が差し向けた工作員は彼女だった。
「それで、指令の方はうまくいきそうなの?」
再会を喜ぶことも、昔を懐かしむこともなく淡々と工作員としての
つとめを果たそうとする友の姿に、紗紀は薄ら寒いものを覚えた。
「身柄は確保してる。あとは明日にでも軍団に引き取りに来て
欲しいの」
出来るだけ冷静を装おうとする紗紀。しかし、そんな彼女に真己の
言葉は冷たかった。
「軍団からの指令は『抹殺』のはずよ。あんたまさか情でも湧いた
んじゃないでしょうね?」
18 :
ナナシマン:02/10/27 21:26 ID:TUnA0Yq9
真己の言葉に動揺の色を隠せない紗紀。それを知ってか知らずか、
真己は更に言葉を続けた。
「紗紀、あんた最初の標的が誰だったか、まさか忘れた訳じゃない
でしょうね。総統の命を狙ってるのは知ってる。だけどそのために
あんたは・・・」
そう言いかけて、真己は肩を震わせる。
「その話は止めて!!」
二人きりの公園に紗紀の声が響く。しかし、真己は目に涙を浮かべた
まま言い放った。
「あんたは自分の復讐のために、伊吹とアミを殺したんだからね!!」
かつて紗紀は暗殺者として軍団に加入するために「素養試験」を受けた
ことがあった。暗殺者としての資質を問うべく軍団が指名した標的、それ
が当時紗紀の親友だった大木伊吹と北上アミという二人の少女だった。
紗紀がレッドクインという通り名を受けたことを考えれば、無辜の少女たち
の運命をあえて語る必要はあるまい。そのことを思い出し、がっくりと
膝をつく紗紀。
「ホントは今すぐにでも二人の仇を取りたい。でもそれはやめとく。
復讐とウチらの絆と・・・死ぬまで板挟みになってればいいんだ!」
そう言うと、真己は紗紀の前から姿を消した。公園には一人泣き崩れる
紗紀の姿だけが残されていた。