カントリー娘。的花畑牧場生活 第3日目-卒業-

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741名無し募集中。。。


 『みちしるべ』

742名無し募集中。。。:03/02/06 23:56 ID:hg5/zolv
 「りんね! どうしたの? 急に」

 荷造りを進めるあさみと里田の前に、突然りんねが現れた。
 カントリー娘。を卒業してから、りんねが花畑牧場を訪れるのは初めてのことだった。

 「うん。これで本当のお別れなのかな、と思って」

 部屋に入って来たりんねは、自分が出ていってからも何も変わっていない部屋を見回した。
 自分のカバンに両手を置き、座ったままりんねを見上げてあさみが言う。

 「おかえり、りんね」

 りんねは、にっこりと微笑んで、ただいま、と答えると、半年前まで自分が使っていたベッドに腰を下ろした。
743名無し募集中。。。:03/02/06 23:57 ID:hg5/zolv
 カントリー娘。
 半農半芸をコンセプトに1999年に、三人組で結成された。
 北海道の牧場で働きながら、トップアイドルを目指すという異色のユニット。
 デビューシングルの発売七日前にメンバーの一人を事故で亡くすという悲劇に見舞われ、さらにしばらく経つと、もう一人のメンバーも脱退。
 失意のどん底に落とされるも、りんねはたった一人で長い苦難の時期を乗り越え、牧場の従業員だったあさみがメンバーに加わる。
 その後さらに一年の下積みを経て、ついにメジャーデビューが決まった。
 しかし、そのメジャーデビューは、二人だけのものではなかった。
 すでにトップアイドルとして活躍しているモーニング娘。からメンバーを借り受け、その両脇でサポートするような形で歌うメジャーデビューだった。
 今でも彼女達カントリー娘。は、脇役、おまけ、としての扱いを受けることも多い。

 メジャーデビューから一年、新メンバーとして里田まいが加わり、いよいよひとり立ちを目指して行くのか、と思われた矢先、事件が起きた。
 トップアイドルを目指して、カントリー娘。結成当時からずっと頑張り続けたりんねの卒業。
 彼女の卒業が決まった背景は、まったく明らかにされていない。
744名無し募集中。。。:03/02/06 23:58 ID:hg5/zolv
 りんねの卒業から三ヶ月、いま、こうしてあさみと里田は荷造りを進めている。
 牧場から離れるための荷造り。
 半農半芸のうち、農の方を棄て、彼女達は東京へ登ることに決まった。
 カントリー娘。の歴史が、また一つ、ここで終わる。
745名無し募集中。。。:03/02/06 23:59 ID:hg5/zolv
 りんねも迎えて、あさみと里田の牧場での最後の晩餐は盛大に行なわれた。
 二人が東京へ出ていくと聞き、牧場と関係の深い近所の人達も何人か訪れている。
 メニューは、かぼちゃサラダに、ポタージュスープ、ジャガイモグラタンといった、牧場で取れる野菜や乳製品
をふんだんに使った、旅立ちの晩餐にふさわしいもの。
 外の冬の寒さを忘れさせるほどにガスストーブの暖かさが部屋を覆い、しんみりとした雰囲気は作らせない。
 明日も、明後日も、これからもずっと、この暖かい時が続くかのような、そんな錯覚すらおぼえる部屋の空気は、
これまでの牧場での彼女達の日々が、幸せなものであったことを物語っていた。
746名無し募集中。。。:03/02/07 00:00 ID:IWv/VONb
 りんねの思い出、あさみの思い出、里田の思い出。
 それぞれに赤面物の話題も一つ二つ飛び出しながら食事は進む。
 喧騒の中、すこし引き気味に、里田はパーティーの様子を見つめていた。

 この中で、牧場で過ごした時間は里田だけ極端に短い。
 ここから離れて行くことは確かに寂しいことだけど、それでも、あさみやりんねとはその
感じ方は大きく異なっていた。
 最後のパーティーは、すこしだけ蚊帳の外にいる気分だった。
 里田は、隣に座るあさみ、その奥に座るりんねの方を時折見ながら、話しの輪の中に言葉
を挟むことはあまりなく、話題を聞いて、笑っている。
747名無し募集中。。。:03/02/07 00:01 ID:IWv/VONb
 「あさみもさあ、牧場に最初来た頃はホント役立たずだったもんなあ」
 「そんな、昔のこといい出すのなしだよー」

 従業員が語りだす昔話に、あさみが抗議の声を上げる。

 「牧場来て何日目かだったかなあ。初めてあさみに敷きわらの準備任せたらさあ、なんか、
牛に囲まれて真ん中で怖くなって泣いてやんの。そのとき、なんて言ったか覚えてるか?」
 「あー、もうやめやめ。そんな昔の話し、しなくていいから」
 「おぼてるんでしょー。白状なさい」

 必死にごまかそうとするあさみに、隣からりんねが突っ込む。
 その様子を、里田は微笑ましく思いながら見つめていた。
748名無し募集中。。。:03/02/07 00:01 ID:IWv/VONb
 「あんな、マンガみたいなせりふ何年たっても忘れらんないよ。あさみ、覚えてるんだろ。
牛に囲まれて、おかーさーん。とか言いながら泣いてんの」
 「しょうがないじゃん、最初は怖かったんだから」
 「あさみもかわいいとこあったんだ」
 「私はいつでもかわいいじゃんか」
 「まあ、あのあさみがここまでちゃんと働けるようになったんだから、立派なもんだよ」

 和やかにふけてゆく最後の夜。
 料理の皿があらかた空になっても、パーティーを終りにしようといい出す者はいない。
 暖かな空気を見つめながら里田は、もっとはやくこの中にいられたらよかったな、もっと
長くこの中にいられたらよかったな、と思っていた。
 今日で、この時が終わってしまうことが、本当に悲しいと初めて思った。
749名無し募集中。。。:03/02/07 00:02 ID:IWv/VONb
 「あさみも一人前になったし、まいちゃんも、ようやくすこしづつ仕事覚えてきたのに、
二人ともいなくなっちゃうんだよなあ」

 牧場の従業員のつぶやき。
 暖かだった空気が、悲しい色を帯び始める。
 いくつかのため息の後、沈黙がテーブルを覆った。
 そんな空気を破ったのは、あさみだった。

 「なに暗くなってんだよー。ついこのあいだまで、こうるさいのがいなくなってせいせ
いするとか言ってたくせに」

 いつもよりも、さらにひときわ明るいあさみの声が、食堂に響く。
 ガスストーブのせいで、乾ききった空気の中に、りんねの声が続いた。

 「東京なんか、すぐそこだよ。私、今日昼前まで東京にいたんだから」

 二人の言葉でも空気の色が変わったわけではない。
 それでも、彼女達の意思が伝わったのか、従業員達のため息と沈黙は収まった。

 「今日は、旅立ちの祝いだったな。祝いだ祝い。辛気臭いつらしてるやつは、牛に蹴
られてしんじまえ」

 一人のすこし酒の入った従業員のこの言葉で、場はふたたび暖かさを取り戻した。
 あさみと、里田の最後のパーティー。
 りんねとあさみの、元気そうな姿を見て、二人は自分の置かれている環境に満足して
いるのだろうか、と里田は考えていた。
750名無し募集中。。。:03/02/07 00:03 ID:IWv/VONb
 牧場の夜は早い。
 食堂の柱時計が九時を告げると、そろそろ締めくくりなのかな、という感傷がみなの心に
入ってくる。
 パーティーの間ほとんどずっと黙っていた田中牧場長が最後の口を開いた。

 「んじゃ、最後に、二人に挨拶してもらおうか」

 この後におよんでは多くは語らない田中牧場長。
 彼は、カントリー娘。の総合プロデューサーでもある。
 カントリー娘。が東京へ行く、牧場を去る、というのは、実質的には田中はプロデュサー
からはずれるということ。
 自分が生み、育て、ここまでやってきたつもりでいるカントリー娘。
 内心、忸怩たる思いがないわけではないが、彼女達の今後を想い、すべてを飲みこんでい
ま、ここに座っていた。
751名無し募集中。。。:03/02/07 00:04 ID:IWv/VONb
 里田が、まず立ち上がる。

 「わたしは、ここに来て一年で、牧場の仕事はあんまり出来なくて、牧場で過ごす時間も
短くて、迷惑掛けっぱなしだったなあ、って思います」

 皆黙って聞いている。
 里田は、一年前にカントリー娘。に加入し、牧場に生活道具一式を持ってきた。
 彼女が新メンバーとして加わったころは、すでにメジャーデビュー後。
 活動の中心は北海道ではなく、東京を中心とした首都圏に移っていた。
 牧場で、今ここにいる従業員達と過ごした時間は短い。

 「もっと、いっぱい牧場の仕事を覚えたかった。もっと、いっぱいみんなと過ごした
かった。だけど、私は、東京へ行きます。頑張ってきます」

 一同から拍手が起こる。
 里田は、軽く頭を下げて席に着いた。
752名無し募集中。。。:03/02/07 00:04 ID:IWv/VONb
 「じゃ、次あさみ」

 田中牧場長の言葉であさみが立ち上がる。
 全員の視線が集まる中、あさみは言った。

 「みんな、ありがとう。終り」

 それだけ言って、すぐに椅子に座った。

 「それだけかよー。なんかあるだろー」
 「照れくさいなあ。そんな、わざわざ挨拶なんて」

 背もたれによりかかり、うんざりした表情をしながらりんねの方を向くと、りんねは笑っ
て、ほら、とあさみに立ち上がるようにうながした。
 あさみは、立ち上がってから、はあ、と一息はき、テーブルを見渡した。
753名無し募集中。。。:03/02/07 00:05 ID:IWv/VONb
 「じゃあ、最後くらいちゃんと挨拶してみようかな」

 そう言って、あさみは両脇のりんねと里田を交互に見た。
 二人は、あさみと目が合うと深くうなづいて見せた。

 「ホントに、みんなありがとう。これ以上のことは言うことないんだけどさあ。まあ、み
んな、私がいなくなって寂しいと思うけど、すぐに毎日テレビで見れるようになるから、そ
れまで待っててよ」

 従業員達の間から、期待してるよ! などと声が飛ぶ。

 「牧場での四年間はホントに楽しかった。ここにきてよかったと思ってます。みんなには
ホントに感謝してます。ありがとう。みんなのことは忘れない。だから、私達のことも、忘
れずに応援してください」

 牧場で、彼女がこうして真面目な発言をするのは珍しいことだった。
 あさみの挨拶を締めに、彼女達の牧場での最後の晩餐は終わった。
754名無し募集中。。。:03/02/07 00:06 ID:IWv/VONb
 三人は、二階の自室に戻った。
 牧場で過ごす最後の夜。
 それぞれに感慨を持ちながら。

 北海道も寒いけど東京も寒いよね。
 りんね、一人暮らしは順調?
 まいは結局フライングディスク、うまくならなかったねえ。
 あさみも、ちゃんと真面目な挨拶することもあるんだ。

 今の暮らし、新しい暮らし、淡々と語る。
 まだ見ぬ新メンバーへの期待、東京での暮らしの不安、久しぶりにそろった三人は多くの
ことを話した。
755名無し募集中。。。:03/02/07 00:06 ID:IWv/VONb
 「もう十一時だよ」

 時計に目をやったあさみが言う。

 「真夜中になっちゃいましたねえ」
 「まいも、牧場の暮らしが染み付いてるんだ」

 りんねが笑って言う。
 十一時で真夜中と言う感覚は、牧場基準の感覚だ。

 「りんねは、今は何時くらいまで起きてるの?」
 「最近は十一時までは起きてるようになったよ」
 「だんだん、夜の遅い生活になっていくのかなあ?」

 あさみがベッドに横になり言った。

 「電気消しましょうか」
 「そうだね」

 部屋の入り口のスイッチに里田が向かい、りんねはベッドに入る。

 「おやすみ」
 「おやすみ」
 「おやすみなさい」

 電気が消え、部屋に静寂が訪れた。
756名無し募集中。。。:03/02/07 00:07 ID:IWv/VONb
 静かな闇の中、ベッドの中で三人は寝付かれない。
 あさみや里田にとっては、とっくに眠りについている時間にもかかわらず。

 電気が消えてから十分ほど経っただろうか、真ん中のベッドにいるあさみが口を開いた。

 「まだ起きてる?」

 首までもぐっていた布団から、肩までだし里田は返事をする。

 「起きてますよ」
 「起きてるよ」

 りんねも、あさみの方を見て答えた。

 「今日で最後なんだよね、このベッドで眠るの」

 暗闇の中、天井を見つめてあさみが語りだした。

 「わたし、ホントは迷ってた。うーん、ていうか、今もちょっと迷ってる」

 東京行きについて、あさみが初めて本音を二人に話す。
757名無し募集中。。。:03/02/07 00:08 ID:IWv/VONb
 「わたしさあ、二人と違うんだよね。りんねもまいも、カントリー娘。になりに、芸能人
になりにこの牧場にやってきた。でも、わたしは、牧場で働きにここへ来た。牧場で働いて
いて、なぜか、気づいたらカントリー娘。になってた」

 すでに去って行ったメンバー達も含めて、あさみだけが花畑牧場の出身で、牧場で働く立
場からカントリー娘。に入っている。
 彼女にとっては、半農半芸で言えば、農の方に元々の重きは置かれていた。

 「牧場をさあ、捨てるってのは、私の頭に全然なかったんだよね」

 暗闇の中で、あさみは語り続ける。
 悩み続けた胸のうち。
 伝えるべきか、伝えないべきか。
 どちらがいいのか、あさみ自身で結論は出なかったけれど、久しぶりに二人に挟まれて
床に着いたところで、感情が溢れ出てきていた。
758名無し募集中。。。:03/02/07 00:08 ID:IWv/VONb
 「牧場を離れて東京へ、って言われて、そんなのありえないって思った。最初は牧場に残
ろうと思った」

 あさみのこの言葉で、里田はベッドから体を起こし、あさみの方を覗きこんだ。
 りんねは、ベッドの中で体をあさみの方へ向け、言葉を投げかけた。

 「あさみは、じゃあ、なんでカントリー続けていこうって決めたの? それでいいの?」

 左右の二人が自分を見ているのも気にせず、あさみの視線は天井へと向けられたまま。

 「りんねは、いいの?」
 「いいのって?」
 「カントリー卒業」

 りんねの口から、あさみも里田もその件についてちゃんと話を聞いていない。

 「いいも悪いもないよ」
 「どっちなの?」

 軽くかわそうとするりんねに、あさみは絡む。
759名無し募集中。。。:03/02/07 00:09 ID:IWv/VONb
 「いいも悪いもないんだよ。私はカントリー娘。を卒業した。今は一人のりんねとして活
動してる。懐かしいよ、ここも昔も。でもさあ、過ぎちゃったことって、どうにもならない
んだよ。戻りたくても、戻れない場所ってある。帰ってきて欲しくても帰ってくることのな
い人がいる」

 りんねは激動の芸能活動を送ってきた。
 一人の力ではどうしようもないこと。
 仲間を突然事故で失ったこと。
 すべてを受け止めて、その上で歩き続ける。

 「あさみはさあ、まだ、自分で決められるんだよ。牧場に残るか、カントリー娘。続けるか」

 暗闇の中静寂が訪れる。
 一瞬の後、あさみの口から大きなため息が漏れた。
 ため息が、部屋の中へと消えてゆく。

 「カントリー娘。が好きなんだ」

 それだけ言うともう一度ため息をはいた。
760名無し募集中。。。:03/02/07 00:11 ID:IWv/VONb
 「アイドルっていうか、芸能人っていうか、そういうのより、自分の中で牧場の仕事とか、
犬ぞり乗ったり、フライングディスク投げたりのが、全然大きいんだ。だから、最初は、
牧場に残ろうと思った」

 こう語るあさみを、りんねは静かに見つめている。

 「わたしがやめたら、まい一人かあ。でも、新メンバー入るし、まいなら大丈夫だよなあ、
なんて考えながらさ、ふと思ったんだ。牧場で、まい達がカントリー娘。として出てるテレビ
を見てる自分の姿」

 りんねがあさみから視線を外し、天井を見た。
 あさみが思い浮かべた未来の姿は、今のりんねの姿でもある。
 自分のいないカントリー娘。をりんねは何度かテレビで見ていた。

 「ありえないって思った。そんなの嫌だって思った。それで、初めて二つ並べて考えた
んだ。カントリー娘。と牧場」

 あさみは、布団から両腕を出して、頭の後ろであわせた。
 また、一つため息をついた。

 「ずっとずっと考えた。どっちも私にとって大切なものだった。そんなの決められ
ないって、ずっと考えた」

 語り続けるあさみを、里田はじっと見つめていた。
 同じ部屋で暮らす里田は、眠れない夜をあさみが過ごしていることに気づいていた。
 気づいていたけれど、何も言えずにいた。
761名無し募集中。。。:03/02/07 00:12 ID:IWv/VONb
 「ずっと考えて、やっぱりカントリー娘。は捨てられなかった。りんねが守ってきて、
育ててきたカントリー娘。を今のまま捨ててしまうことは出来なかった。もっと、もっと
もっと大きくなるまで、わたしはカントリー娘。でいたいって思った。あさみでいたいっ
て思った」

 りんねが寝返りをうった。
 あさみに背中を向ける。
 りんねは、もう、カントリー娘。ではない。

 「牧場好きだったんだけどなあ。北海道好きだったんだけどなあ。どんどん、いろん
なことが変わってゆく」

 里田も、あさみから視線を外し布団へ入りなおす。
 牧場を離れることに、里田はほとんど抵抗はなかったが、それでも、自分達の回りが
どんどん変わっていく、ということへの不安は感じている。

 「りんねと、三人でカントリー続けたかったなあ」

 あさみの声が震えていた。
762名無し募集中。。。:03/02/07 00:12 ID:IWv/VONb
 「私は、私の道を行くよ。カントリー娘。は、もう、あさみとまいに全部預けたんだ。
私は、私の道で頑張る」

 あさみに背中を向けたまま、りんねは一言一言噛み含めるかのように言った。

 「こんな決め方でもいいのかなあ?」

 あさみは、そう言って交互に二人を見やる。
 背中を向けていたりんねも、寝返りをうちあさみの方を向くと、小さくうなづいた。
 里田の方をあさみが見ると、里田は布団から体を起こし、あさみを見つめ返す。

 「私も、カントリー娘。が好きです。だから、もっと頑張りたい。もっともっと、頑張りたい」

 里田の言葉が部屋の中へ響いた後、静けさの中でエアコンのモーターの音がした。
 あさみは、里田から視線を外すと、一つ大きなあくびをした。
763名無し募集中。。。:03/02/07 00:13 ID:IWv/VONb
 「なーんか、辛気臭い話ししちゃってごめん。今度こそ、ちゃんと寝よ。明日も早いし」
 「うん、そうだね」

 まぶたに手をやりながらりんねが震える声で答えた。

 「おやすみ」
 「おやすみ」
 「おやすみなさい」

 それぞれに、それぞれの想いを抱えながら、花畑牧場最後の夜は、こうして過ぎていった。
764名無し募集中。。。:03/02/07 00:14 ID:IWv/VONb
 翌朝、早朝に起きた三人は、最後の牧場の作業へと出た。
 ゆっくり寝てていいのに、と言われたが、三人は作業服に着替え牧場へと出る。
 最後まで、ぎりぎり最後まで、牧場の仕事をしていたかった。

 敷きわら用の麦稈ロールを積み上げたり、犬達に食事を与えたり。
 牧場との別れは、ここで暮らす動物達との別れでもある。

 あさみが敷きわらをリアカーに積み上げていると、何も知らない子牛達が集まってくる。
 いつものように、あさみの服をくわえて引っ張り、仕事の邪魔をする。

 「あー、もう、おまえたちは、最後の最後まで邪魔ばっかりするんだからもう」

 そう言いながら、子牛の頭をなでてやるあさみの顔は笑みが溢れていた。
765名無し募集中。。。:03/02/07 00:15 ID:IWv/VONb
 「仕事はいいから、遊んでおいで」

 従業員の優しい言葉に甘え、あさみと里田は、仕事を離れた。

 「もう、お前達は、いっつも仕事の邪魔して、遊んで遊んでばっかりで、手がかかるんだから」

 そう言いながら、あさみは子牛の背中に回る。
 子牛はあさみを追いかけて、後ろへ後ろへとまわる。
 ぐるぐる回りだす子牛とあさみ。
 その光景を眺め、笑っている里田のすぐ後ろで、牛が泣き声をあげた。

 「わあ」

 びくっと震えてから、里田が振りかえる。

 「びっくりさせるなあ」

 それを見て今度はあさみが笑い出した。
 子牛との追いかけっこをやめ、お互いの顔と顔を近づけてにらめっこ。

 「元気でいろよ。そのうち遊びに来るからな」

 あさみの言葉に答えるかのように、子牛は鳴き声を上げた。
766名無し募集中。。。:03/02/07 00:15 ID:IWv/VONb
 同じ頃りんねは、厩舎にいた。
 もともと、馬の世話の担当だったりんね。
 厩舎の中を歩いて行く。
 りんねが近づくと、馬達もりんねの方に近づいてくる。
 なつかしいりんねの匂いに馬達が寄ってくる。

 「元気そうだなあ」

 馬の目を見てりんねが語りかけると、馬は、りんねに鼻を近づけて匂いをかいだ後、ほほを
こすり付けてきた。

 「くすぐったいだろー」

 そう言いながら、肩に抱くようにして頭をなでてやる。
 頭をなでられた馬は、何度も何度もりんねの顔にほほをこすり付けていた。
767名無し募集中。。。:03/02/07 00:17 ID:IWv/VONb
 一頭一頭に、そうしてりんねは挨拶をかけていく。
 すべての馬との再会を終え、厩舎の中から一頭の馬を連れ出した。
 柵で仕切られた馬場まで連れてゆく。
 馬場に入ると、りんねは鞍もはみも何も着けないまま、馬の背中にまたがった。

 久しぶりの牧場、久しぶりの乗馬。
 馬に触れるのさえ何ヶ月かぶりかなのにもかかわらず、りんねは自在に馬を乗りこなす。
 馬に指示を送るのに本来必要とされる手綱もはみもつけずに。
 朝日に照らされ、木々の中に溶け込みながら、りんねは朝食までの時間を馬の背中で過ごした。
768名無し募集中。。。:03/02/07 00:17 ID:IWv/VONb
 朝食を終えると、いよいよ旅立ちの時。
 牧場と、カントリー娘。の別れ。
 荷物の準備をすべて終えた彼女達は、自分達の部屋に別れを告げる。
 ドアの前で振りかえり、ゆっくりとみまわした。

 元々三人部屋だったこの部屋。
 半年あまりで、すぐにりんね一人になった。
 孤独と不安と戦いながら、未来を見つめてきたこの部屋に、別室で暮らしていたあさみも移ってくる。
 二年近い時間、二人で暮らした。
 たくさん、たくさん語りあったこの部屋。
 里田が最後にここに来た。
 やがて、りんねがこの部屋を去り、いま、二人も去って行く。
 誰もいなくなる部屋。
769名無し募集中。。。:03/02/07 00:18 ID:IWv/VONb
 ドアの前で三人は部屋の中を黙ったまま見つめている。
 二重の窓の外から、レースカーテンを超えて光が差しこみ、彼女達が使っていたベッドを照らす。
 暖房がまだ効いているにもかかわらず、部屋の空気が冷たくなっていくように感じる。
 人のぬくもりが、これから消えていく。

 「行こっか」

 あさみがつぶやく。

 「そうだね」

 りんねはそう言って、あさみの頭をぽんぽんと二度軽く叩いた。

 「なんだよ」
 「なんでもないよ」

 あさみが上目遣いにりんねの方を見ると、りんねは軽く微笑んだ。
 それを見て、あさみも笑みを返した。

 「ありがとうございました」

 部屋に向かって頭を下げ、あさみは里田の手を引き歩きだした。
 先を歩くあさみと里田につづいて、りんねも部屋を後にした。
770名無し募集中。。。:03/02/07 00:19 ID:IWv/VONb
 すでに到着していたタクシーに荷物を積みこんでいく。
 牧場の従業員達は、仕事の手をやすめ全員集まっていた。

 「なんか、照れくさいじゃんか。見送りはいいって言ったのに」
 「そっちはよくても、こっちはよくないんだよ」
 「昨日言ったじゃん。ちょっと待ってればすぐにテレビで見られるようになるって」

 あさみの言葉に、みな笑顔をこぼす。

 「いつでも帰ってくるんだぞ」
 「あー、もう、そういうこと言わないでよ」

 あさみが、隣に立つりんねの肩にもたれかかる。
 りんねがあさみの肩を抱くと、あさみはりんねの胸にしがみついた。
771名無し募集中。。。:03/02/07 00:20 ID:IWv/VONb
 「あさみちゃん。ここにいるみんなはさ、ほとんど北海道から出たこともなくて、内地に
なんか行ったことないのばっかりだから、心配なんだよ。分かって上げて」

 世話になったおばさんの言葉に、あさみはりんねの胸の中で弱弱しくうなづいた。

 「りんねもまた来いよ。久しぶりに来ると、動物達もすこし変わってるだろ」
 「うん。子牛や子馬は大分大きくなったね」
 「体に気をつけてな」

 りんねは強くうなづき、胸に抱いているあさみの肩を軽く叩く。
 鼻を二回すすり上げて、あさみはりんねの胸から離れ、皆の方を向いた。

 「みんなも元気で」

 それだけ言って、逃げるようにタクシーに乗りこんだ。

 「まいちゃんも、手紙でも電話でもいいから、連絡頂戴ね」
 「はい」

 あさみのあとに続いて、りんねと里田もタクシーへと乗りこむ。
 ドアの窓を明けた。
772名無し募集中。。。:03/02/07 00:21 ID:IWv/VONb
 「いつでも帰ってきていいんだからね」
 「はい」
 「あさみちゃん、こっち向きなよ」
 「だって…」

 一番奥の席で、そっぽを向いてあさみはつぶやいた。

 「ほら、あさみ」

 りんねがあさみの腕を引っ張る。
 あさみの側の窓もタクシー運転手が気を使って開けてくれた。
 椅子に深く腰掛けたまま、あさみは窓の外をチラッと見る。

 「頑張るのもいいけど、無理はするなよ」
 「わかってるよ」
 「変な男に引っ掛かるなよ」
 「わかってるよ」
 「たまには連絡よこせよ」
 「わかってるよ」

 愛想のない答えに、語りかける従業員も苦笑いするばかり。

 「じゃあな。元気で」
 「うん」

 そっけなく、あさみは答えを返した。
773名無し募集中。。。:03/02/07 00:22 ID:IWv/VONb
 従業員達は、タクシーから一歩離れる。
 車はゆっくりと動き出した。
 車のうちと外。
 別れを惜しむ人達。
 次第に加速がついていき、距離が離れてくる。
 里田は窓から身を乗りだし、手を振っていた。
 従業員達も、頑張れ、たまには帰って来い、体に気をつけろ、と口々に言いながら手を振っている。
 りんねも、車の後ろの窓越しに手を振っていた。

 車にスピードがつき、次第に声が届きにくくなってくる。
 ずっと深々と腰掛うつむいていたあさみが、耐え切れなくなり窓から身を乗りだした。
774名無し募集中。。。:03/02/07 00:23 ID:IWv/VONb
 「ありがとー。みんなありがとー。ほんとにありがとー」

 大きく大きく手を振る。
 次第次第に小さくなっていく従業員達の姿。
 共に働いた仲間達の姿。
 やがて、見えなくなる。
 ずっと暮らしていた牧場も、視界から消えていった。
 あさみはシートに身を沈め一つため息をはく。
 その両の瞳からは、しずくが流れ落ちていた。
 あさみの肩をりんねが抱き寄せる。
 りんねの肩に頭を乗せ、あさみは何も考えることもなく、思考を停止させたまま涙を溢れさせていた。
775名無し募集中。。。:03/02/07 00:24 ID:IWv/VONb
 帯広空港から東京へ。
 牧場から東京へ仕事に出る時はいつも乗っていた飛行機。
 エコノミークラスに三人並んで座る。
 窓際であさみは、空を見つめていた。
 空と、飛行機の翼を見つめていた。
 りんねは、その隣で眠っている。
 あさみの肩に頭を乗せて。
 里田は、スチュワーデスに渡された雑誌をひざの上に置き、パラパラとめくるが、目を通す
ことはない。
 ぼんやりと座っていた。
776名無し募集中。。。:03/02/07 00:25 ID:IWv/VONb
 飛行機は着陸態勢に入りシートベルト着用の指示が出る。
 スチュワーデスが三人の方へと近づいてきた。
 あさみは窓の外から視線を戻し、肩を揺する。
 りんねは、あさみに揺さぶられ目を覚ました。
 猫のように目をこする。

 「シートベルトしろだって」
 「うん」

 ぼーっとしたまま、りんねはシートベルトを締めた。
 三人は、そのまま無言で羽田空港に着陸した。
777名無し募集中。。。:03/02/07 00:26 ID:IWv/VONb
 荷物を受け取り一階の到着ロビーへと出る。

 「りんねはこれからどうするの?」
 「ボイスレッスン行く。二人は?」
 「私達は、とりあえず事務所」
 「そっかあ。 じゃあ、ここでお別れだね」
 「一緒に行こうよ途中まで。どっちにしろ電車乗るんでしょ」

 立ち止まったりんねに、里田とあさみは振りかえる。
 あさみの問いかけにりんねが答えた。

 「ここでお別れにしよ」
 「なんで? 途中まで一緒に行こうよ」

 肩に担いでいたバッグを下ろしりんねは言った。
778名無し募集中。。。:03/02/07 00:27 ID:IWv/VONb
 「私ね、今、仕事ないんだ」

 あさみと里田の二人は、りんねの目をじっと見ている。

 「ミュージカル終わってから、仕事ないんだ。だから、昨日も牧場行けたんだけどさ、
ホントは行こうかどうしようか迷ってた。行くのが怖かった」

 旅から帰ってきた疲れを見せて歩く人達、久しぶりの再会に沸きかえる人達。
 その片隅で、三人は向き合っている。

 「仕事はない、予定がない。そんな状態で二人に会って、みんなに会って、平然として
られるか怖かった。軽蔑されるのも怖かった」

 終わったばかりのミュージカルは、松浦亜弥主演として話題となったが、りんねの名前
はほとんど表に出てくることはなかった。
 いまは、もう、小さな仕事でさえも予定には入っていない。

 「でも、行ってよかったな。私には、帰る場所があるんだって思えた。帰る場所はある
けど、簡単に帰っちゃいけない。もっと頑張ろうって思えた」

 切々と語るりんねの言葉を、あさみと里田の二人は神妙に聞いている。
 ターミナルを行き交う人達の喧騒の中でも、りんねの言葉だけが二人の耳に入ってくる。
779名無し募集中。。。:03/02/07 00:28 ID:IWv/VONb
 「カントリー娘。は二人にまかせた。あさみとまいにも頑張って欲しいなって思う。帰り
たいとか、私に返してとか、正直いろいろと思ったけど、今は、素直にそう思える」

 あさみは、うつむいた。
 りんねの足元へ視線を落とす。

 「私は、私の道を行く。二人は、二人の道を行って。もう、別々の道を歩いてるんだよ。
だからさあ、今日は、ここでかっこよく別れない? 同じ電車で、先にどっちかが下りてあ
わただしく、じゃあねばいばい、じゃなくてさ。ここで、それぞれの道へ」

 りんねは卒業の時でさえ、自分の思いをあまり話すことはなかった。
 初めて聞くりんねの気持ち。
 あさみは、ゆっくりとうなづいた。

 「分かった。私もまいも頑張る、りんねも元気で頑張って」
 「うん」
 「絶対頑張ります」
 「うん」

 それぞれが一歩づつお互いに近づく。
 あさみが手を差しだした。
780名無し募集中。。。:03/02/07 00:29 ID:IWv/VONb
 「別に永遠の別れとかじゃないしさ、また会おうね、気軽に」
 「あさみ、ホームシックとかなるなよ」
 「馬鹿にするなよー」

 三人に笑顔が行きわたった。
 あさみが伸ばした右手をりんねがしっかりと握り返す。
 里田が左手をだし、りんねの左手がそれに答えた。

 「それじゃ、また」
 「うん、またね」

 あさみは、それだけ言ってカバンを担ぐと左手でまいの手を握り、りんねに背中を向けて
歩きだした。
 その背中をりんねはじっと見つめる。
 二人がプラットホームへと続くエスカレーターへと消えて行くと、りんねも歩きだした。
781名無し募集中。。。:03/02/07 00:29 ID:IWv/VONb
 それぞれが、それぞれの道へと向かって行く。
 カントリー娘。の一つの歴史が終わっても、すべての歴史は終わらない。
 大きな思い出を胸に、新しい明日へ向かって、一人一人が歩きはじめた。
782名無し募集中。。。:03/02/07 00:30 ID:IWv/VONb
「みちしるべ」 終り