「あ、それで全部?」
「うん、ちゃんと足りるはず」
トレイで運んだカップを、ひとまず近くのテーブルに全て置く。
先に飯田さんが運んだ二つを除いた、九つのカップがずらりと並んだ。
「一応皆に渡すけど、無理して飲まなくてもいいからね」
保田さんはそう付け加えて、席に着いているメンバーにカップを回していった。
私と飯田さんも、同じようにしてカップを渡す。
(静かだな……)
(いつも皆で何か食べたりする時は、うるさいって怒られる位なのに……)
ロビーには、中澤さんと休んでいる三人を除いた全員が揃っている。
それなのに、皆が俯いて視線を合わそうともしない。
特に里沙ちゃんは顔色も悪く、私が目の前にカップを置いた時も辛そうだった。
「これでよし、と」
「うん、全部オッケー」
私達がカップを渡し終えてしまっても、誰も手を付けようとはしない。
湯気だけがふらふら立ち上り、時の流れを刻む奇妙な風景。
三人で顔を見合わせていると、丁度タイミング良く中澤さんが現れた。
「お。皆、揃ってるんやな」
「裕ちゃん」
「三人の様子を見てきた。よう眠ってたで」
「そう……」
飯田さんも保田さんも、気に掛かっていたことは同じだったのだろう。
その一言に、ほっと胸を撫で下ろした。
「スープ、これ飲んでいいの?」
「うん、もちろんだよ」
私達が席に着いてカップを手にし始めると、どうにか皆もそれに続いてくれた。
続く沈黙に、相変わらずの重い空気。
ふうっとスープに息を吹きかけると、温かい湯気が顔を包んだ。
その優しい感触に、思わず泣いてしまいそうになる。
スープの温かさでさえ、今の私達には疲れを認識させる代物でしかなかった。
「ずっと気になってたんだけど」
一口だけ飲むと、すぐに話を切り出したのは安倍さん。
カップを両手に包んで、俯いている。
「何で、裕ちゃんたち二人が居たの?」
ワゴンの前に当然のように立っていた二人。
私達だって何の疑問を持たないわけではなかった。
安倍さんの質問に、全員が面を上げる。
「うん、気になってるやろなって思ってた」
カップから口を離して、中澤さんは市井さんの方を向いた。
視線を合わせた市井さんが、静かに首を横に振る。
「今話しときたいことやけど、全員が揃ってへんし……。明日、話すわ」
それだけ言うと、中澤さんは逃げるようにカップに口を付けた。
「話しにくいこと、か。 じゃあ、明日聞かせてもらうけど」
返事に不満なのか、やや早口に安倍さんが言う。
一連の様子を見ていた保田さんは、場を収めるように、
「せっかく作ったんだし、冷めない内に飲んじゃおうよ。ね?」
と皆を促した。
保田さんの言葉に、私もようやくカップに口を付ける。
飲み込んだスープは舌の上を確かに通り過ぎたはずなのに、味がしなかった。
(かき混ぜるの、足りなかったのかな……)
ぼんやりと、どうでもいいことを思い浮かべた。
胃に流れ込んだ液体が染み込んでいくのと同時に、疲れが湧き上がってくる。
そんな感覚を覚え、声を出さずに一つだけ小さなため息を吐いた。
包み込むように持った手の中のカップが、少し熱い。
息苦しい空間ではっきりと存在を主張するその熱さを、私は大事に握り締めていた。