娘の時代は終わった・・

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141 ◆PNXYnQrG2o

二階は、一階にもまして本当のホテルのようだった。
ふかふかとした絨毯が敷き詰められた廊下。
正面と左右には木製のドアがずらりと並ぶ。
見ると、それぞれのドアの右には小さなホワイトボードが設置してあった。
階段を上ってすぐのドアには、『辻』と記されてある。
その隣には『飯田』の文字。

「数はあるみたいやし、適当に決めちゃっていいから」
「あ、こうやって名前は書いとこうね」

中澤さんと安倍さんが言い終えると、私達はばらけて部屋に入った。
自然と、年齢順に分かれていったように思う。
私は迷わず『辻』と書かれた隣の部屋に入った。

(これで、ののが夜に目が覚めても気付いてあげられる)

言い訳でもするように、この部屋に居る理由を探した。
ここに居ることで心配が薄まるのは、むしろ私の方だったから。
音を立てないようにドアを閉めて、すぐに荷物を下ろす。
顔を上げると、でんと構えているベッドが目に付いた。
窓側に据えられたそのベッドには、カーテンから零れる夕日が差し込んでいる。
私は意味もなくベッドに駆け寄り、ぼんっと飛び込んでみた。
スプリングの効いた上質なベッドが、ふわりと体を押し返す。
暫く使われていないためか、少しだけ埃っぽい。
肌に触れるベッドは、当たり前のようにひんやりとしていた。

「暖かそうな色、してるのにな……」

呟いて、指で枕のカバーに付いたチャックを弄ってみた。
頭をからっぽにして、体に纏うサテンのつるつるとした感触を楽しむ。
142 ◆PNXYnQrG2o :02/11/13 23:41 ID:4Lbsq7cf

数分程だろうか。
そうやって何をするでもなくベッドで体を休ませると、ようやく重い腰を上げて荷物を解いた。
バッグの中には、ポーチやら漫画やら財布やらがごちゃごちゃに入っている。
私服もあったが、ダンス用のジャージとTシャツが一番に見つかったのでそれに着替えた。

「んー、やっぱこっちのが楽だ」

後に残ったのは脱いだままの黄色い衣装。
ハンガーを探すのも面倒で、しわを伸ばしベッド脇の椅子に掛けて置いた。

(そろそろ下に行かないと)

着替えだけ、ということだからいつまでもこうはしていられない。
私は静かに部屋を出ると、ホワイトボードに『加護』と書いた。
安倍さんの言葉通り、こうでもしないと誰がどこの部屋にいるのか全く分からない。
反対側の隣を見ると、『高橋』の文字が見える。

(隣は、愛ちゃんか)

それだけ確認すると、私は階段に向かっていった。
荷物がないこともあって、下りの足取りは軽い。
すぐに階段を下りて、一階に着いてしまった。
143 ◆PNXYnQrG2o :02/11/13 23:47 ID:4Lbsq7cf

「加護、危ないからちょっと退いてくれる?」

廊下でうろうろしていた私に声を掛けたのは、飯田さん。
両手に湯気の立つマグカップを持っている。

「それ、何ですか?」
「スープ。カップスープの素あったからさ、作ったんだ。そーっと運ばなきゃなんないんだよね、これ」
「運ぶの手伝いますよ」
「うん、じゃ向こうのお願い。ありがとね」

飯田さんは揺れるカップの水面を見詰めながら、ロビーの方へゆっくりと歩いていった。
零してしまわないかハラハラするが、ついて行くわけにもいかない。
とりあえず、私は飯田さんの来た方向へ向かった。
近づくとあまり広くない台所があり、そこに保田さんが居るのが分かる。

「保田さん、お手伝いに来ましたよー」

しゅんしゅんと沸いたやかんの隣で、保田さんはカップスープの素を開けていた。
並べられたカップの数がやけに多い。まあ、この人数だから当たり前か。

「じゃあね、お湯入れるからスプーンでかき回してくれる?ちゃんと溶け残りないようにね」
「スプーン、これ使いますよ」
「うん、それでお願い」

保田さんがお湯を入れた後に、私がくるくるとかき混ぜていく。
立ち上るコーンスープのいい匂いが、食欲をそそる。
スプーンを回す単純作業に夢中になっていると、

「いいものあげる」

保田さんがいつの間にか緩んでいた私の口に何かを入れた。