娘の時代は終わった・・

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117 ◆PNXYnQrG2o
----------<<加護>>----------

「着いたよ」
「ん……」

愛ちゃんの声に、ゆっくりと目を開く。
明るくなった視界にはザ☆ピ〜ス!の衣装を纏った愛ちゃんが映り込んだ。

(ああ、そうだ。 コンサートが途中で中止になって、車に乗ったんだっけ……)

その姿が、単なる移動ではないことをすぐに思い出させる。
私は目に掛かる前髪を振り払うと、大きな欠伸をした。

(とてもあんな気分じゃ休めないと思っていたのに……)

車の窓から見える景色を追っている内に、どうやら眠ってしまっていたようだ。
けれど、そんな図太い神経を持つ自分に呆れている暇などない。
ぼんやりとしたままの頭でも、いつまでもこうしていられないことは容易に察することができた。

「愛ちゃん、皆は?」
「もう、外に出てるよ」
「え? じゃ、うちらだけ?」
「だって、中々起きないから」
「うわ、早くしないと」
「荷物はもう持って行っちゃったみたいだよ」
「じゃあ、本当にうちらだけじゃんか」

窓の外にいるメンバー達がこちらに気付き、『早く』という合図を送ってきた。
がらりとワゴンのドアを開け、慌てて外へと降りる私達。
数時間ぶりの空はうっすらとした夕闇に変わっていた。
衣装一つの体には、頬を撫でる風さえもが冷たく感じられる。
なぜか急に寂しくなって、二人でメンバーの元へと駆け寄り、自分の荷物を受け取った。
118 ◆PNXYnQrG2o :02/11/10 23:44 ID:Y6nemO+v

「OKです」

中澤さんの合図に、運転手はすぐさま元来た道へと戻っていった。
車が出て行くのを見届けると、やや大げさとも思える門に中澤さんが丁寧に鍵を閉めた。
そのガシャリという音に、改めて自分が今いる場所を見渡してみる。
深い山間にぽつりと佇む白い建物。ここが、つんくさんの別荘なのか。
周囲には、他に建物がありそうな雰囲気もない。
私達を隔離するための場所としてはまさにぴったりだったのだろう。
白いコンクリートの2階建て。こうやって見ると何かの施設のようだ。

(つんくさんも別荘だっていうなら、もっと豪華な作りにすればいいのに……)

見当違いの愚痴を思い浮かべていると、中澤さんがすっと目の前を通り過ぎていった。
玄関らしき黒い扉の前で立ち止まる。
金の取っ手が申し訳程度に別荘らしさを主張していた。

「えっと、これやな」

ポケットから鍵を取り出すと、中澤さんはごく普通に鍵を回し扉を開けた。
勿体ぶった仕草で、ゆっくりと扉を押し開ける。
ドアの先に見えた中の様子は、外観からは想像がつかない程立派だった。
一面に広がる薄ピンク色の絨毯。
広いロビーには、四人掛けのテーブルと椅子のセットが幾つも置いてある。
まるでちょっとしたホテルのようだった。
119 ◆PNXYnQrG2o :02/11/10 23:46 ID:Y6nemO+v

「なんや、結構しっかりしてるやん」
「裕ちゃん……」
「分かってるって、圭織」

呑気なことをとでも言いたげな物言いに、中澤さんは慌てて辺りを見渡し出した。
あった、と大きな声を上げて指したのは案内板のようなものだった。
この建物の簡単な案内が図で描かれている。

「部屋は二階やな。圭織は辻、圭ちゃんはごっちんと矢口を頼むわ。紺野は大丈夫?」
「はい……、何とか」
「じゃあ、圭織と圭ちゃんは二階。他の皆はそこら辺に荷物下ろして」

中澤さんの指示通りに、私達は荷物を下ろし席に着いた。
ののが飯田さんに連れられて二階へと消えていく。きっとこのまま休ませるつもりなのだ。
矢口さんもごっちんも、涙こそ流れてはいないが様子は変わっていない。
俯きながら表情を変えようともしない二人は異常だった。
ぼんやりとそんな三人の様子を思い浮かべていると、

「あれえ? ない」

安倍さんの声が聞こえてきた。

「何がですか?」
「ケータイ。 よっすぃーのはある?」
「え?ケータイ、ケータイ……あれ、ないや」

皆も探して、という声に私も自分のケータイを探す。
バッグの横に専用の入れる場所があるのだが、そこにはなかった。
いつもそこにしか入れないはずなのに。
120 ◆PNXYnQrG2o :02/11/10 23:47 ID:Y6nemO+v

「ケータイなら無いで」

中澤さんが、さらりと事もなげに告げた。
そんな一言で『はい、そうですか』なんて、私達は納得できない。

「何でよ、裕ちゃん」
「抜き取ったの、私達だから」
「紗耶香! どういうこと?」
「皆が楽屋抜けた時に、ケータイ取り出せって指示があってさ」
「うちらしかバッグ開けたりしてへんから……」

キッと二人を睨みつける安倍さん。騙された、という思いがしたのだろうか。
どこかその瞳は悲しげだ。

「仕方がなかったんだよ。 情報が漏れるのを防ぎたい。 それ以上の目的はないんだし」
「そうやで。 明日の夜にはまた帰ってくるはずやしな」

二人は許して、と軽くポーズを作った。
その仕草に安倍さんはふうっと息を吐き、口元を緩める。

「それなら、仕方がないか。二人を責めたいわけじゃなかったんだ。ごめん」
「こっちこそ黙ってて悪かったと思ってる。ごめんな」
「ううん、もういいの。そうだ、テレビ! テレビでも見ようよ」

そう言うと安倍さんは、何型か分からない巨大なテレビの元へと駆け寄った。
どんな仕事の時よりも、努めて明るく振舞おうとしている安倍さん。
私達も顔を見合わせて、椅子を持ちテレビの前へ集まることにした。
しばらく使われていないのか、テレビのコンセントが抜けてしまっている。
そのコンセントを入れている内に、飯田さんと保田さんが戻って来た。
121 ◆PNXYnQrG2o :02/11/10 23:48 ID:Y6nemO+v

「どうやった?」
「部屋、一杯あった。 適当な部屋で寝かせてあげたよ」
「後藤も矢口も相当参ってる。ちゃんと着替えさせて寝かせておいたけど」
「そっか。お疲れさん、二人とも」
「ねえ、裕ちゃん……」

三人の会話を遮ったのは、テレビから流れるMr.moonlightの歌だった。
その場にいた全員が、予想もしなかったその音に思わず息を呑む。
やがて明るくなってきた画面に映し出されたのは、Mr.moonlightのPV。
まこっちゃんがアップになる所で、当たり前のようにスローモーションになり音も消えていく。

「亡くなったのは人気アイドルグループ、『モーニング娘。』のメンバー、小川麻琴さんです。
 小川さんは所属するモーニング娘。のコンサートの最中、突然苦しみ、その場に倒れました。
 至急病院に運ばれましたが、まもなく死亡しました」

淡々としたアナウンサーの声、仰々しいテロップ。
これがニュースだと気付くのに、さほど時間は掛からなかった。

「な、何、ニュース?」
「やだ……、嫌だよ」
「小川……」

皆が口々に声を上げる。
誰に聞かせるでもない、ただ零れてしまった嘆きの断片。
それでも、誰もが画面から目を離すことはできなかった。
122 ◆PNXYnQrG2o :02/11/10 23:49 ID:Y6nemO+v

機械が話しているような『現場から』という声と共に、画面がまた変わる。
モザイクのかかった男が、ざわつきの中に一人。
手には、私の顔が印刷されたウチワ。

「本当にびっくりしました。すごかったですよ。うううって。苦しんでる声がマイクで。はい。そうです。
 すぐコンサートが中止になって。その後メンバーは一切出てこなかったですよ」
「メンバーですか?一番動揺していたのは、辻さんでしたね。泣きじゃくちゃって」
「小川抜きでコンサート続けろとか暴言も出て。それを聞いた小川ファンと乱闘になったりですね」

私のウチワを持って、そんなことを言わないで欲しい。
まるで私が報告してるみたいじゃないか。
実際の状況を見ていない私には、その男の話す情報の一つ一つが衝撃的だった。
それがひどく、悔しい。

「なお、この騒ぎで男性四十六人が、怪我などで病院に運ばれた模様です」

アナウンサーの一言で、ニュースのテロップがまた別のモノに変わる。
『衝撃の現場!モー娘。小川麻琴(14)死亡の実態と謎!!』
画面に映った『小川麻琴』の文字を見て、咄嗟に『良かった、字、間違えられてない』と馬鹿げたことを思った。
そんなこと、どうだって、構わないのに。
目から涙が溢れて、次第に画面が見難くなるのが、鬱陶しくてたまらない。

「現場に居たファンの皆さんによると、小川さんが倒れたのは『初めてのロックコンサート』という曲の冒頭で、
 十三人のメンバーがふたつのグループに分かれて歌う形を取っていたとのことです。このフリップですね」
123 ◆PNXYnQrG2o :02/11/10 23:52 ID:Y6nemO+v

┏━━━━━┳━━━━━━┓
┃飯田 圭織 ┃ 安倍なつみ .┃
┃保田 圭   ┃ 石川 梨華. . ┃
┃矢口 真里 ┃ 吉澤ひとみ  ┃
┃後藤 真希 ┃ 加護 亜依  ┃
┃辻 希美   ┃ 高橋 愛    ┃
┃小川 麻琴 ┃ 紺野あさ美  ┃
┃          ┃ 新垣 里沙  ┃
┗━━━━━┻━━━━━━┛
124 ◆PNXYnQrG2o :02/11/10 23:52 ID:Y6nemO+v

「こちら側の、ええと向かって左。左側のメンバーですね。ステージに居たのは六人です。
 残りのメンバーの皆さんは次の曲の準備ということで……」
「こんなので何がわかるっちゅーねん」

中澤さんがプツンと電源を切ってしまった。
途端に、この場は静かになる。

「裕ちゃん、私は知りたいよ」

飯田さんが、ぽつりとそう言い出した。

「だってあんなの、変だよ。 何があったのか、私もよく分からないもの」
「圭織……」
「その場にいたのに、よく分からないんですか?」

冷静に言い放ったのは市井さんだ。
ともすれば嫌味にも聞こえるその台詞は、意外な盲点でもあった。

「うん、そうなんだよね。わかんないの。急に呻き声がして。そのまま倒れて」
「会場に居ったファンと同じってことやな」
「あの……、中澤さん、私、見てました」
「あさ美ちゃん!」
「きっと私が話さないといけないんだと思う。大丈夫だよ」

紺ちゃんが目に涙を溜めながら、それでも力強く里沙ちゃんに頷いてみせた。
噛み締めたその唇が、ゆっくりと見たままの状況を一から語り出す。
私達は紺ちゃんの決して大きいとは言えない声に、必死で耳を傾けた。
125 ◆PNXYnQrG2o :02/11/10 23:54 ID:Y6nemO+v

「これが、私の見た麻琴の様子です……」
「ありがとう、紺野」

飯田さんの一言に、ほっとしたように涙を流す紺ちゃん。
もし私が紺ちゃんの立場だったら、こんな風に正確に話すことはできなかっただろう。
その頑張りに心の中で小さく拍手する。
と、よっすぃーが腕を組み、手を額に当てて話を始めた。

「苦しむ前に飲んでたスポーツドリンク。それが怪しいな」
「毒、とか……?」
「別に発作とかじゃないだろうしね」
「紺野、小川になんか変わった様子はなかった?」
「そういえば、少し元気がありませんでした」
「私もそうだったと思います。愛ちゃんも気付いてたよね?」
「うん、なんか元気がなくて……」
「それじゃあ、さ」

そこまで言うと市井さんは、言いにくそうに俯いた。
形の良い唇が、ゆっくりと開く。

「自殺じゃ、ないのかな」

自殺!? そんな、まさか!
思ってもみなかった言葉に皆が言葉を失っていると、

「紗耶香、それ、ひどくない?」

安倍さんが怒りを露にした。
126 ◆PNXYnQrG2o :02/11/10 23:55 ID:Y6nemO+v

「ひどい、ひどくないの問題じゃない。それしか考えられない」
「紗耶香がどう考えるかは勝手だよ。でも、無神経じゃない?あんまりだよ」
「死ぬ直前に口にしたのは、自分で飲んだスポーツドリンクなんでしょ。だったら……」

そこまで言うと、紺ちゃんが席を立った。
ほら、見なよ、そういうこと言うから、という具合に市井さんを睨む安倍さん。
けれど、紺ちゃんはまたすぐに席へと戻ってきた。
手には、何やら一枚の紙切れが握られている。

「すみません。これ、言うの、忘れてました。これがあったから、麻琴、元気が無かったんです」

そういうと紺ちゃんは、安倍さん、中澤さん、飯田さん、保田さんの居るテーブルの上に、紙切れを置いた。
残りのメンバーも紙を覗き込もうと、椅子をそのテーブルに寄せる。

「紺野、何、これ? 気味悪い……」
「麻琴のバッグに入っていた紙です」
「どれどれ、『長い苦しみはもうお終い、これが最初、これで最後。
 終焉を望み、許しを乞う。私たちの最期、これで最後』……内容も気色悪いな」
「入ってたってことは、メンバーの誰かが、入れたの?」
「その可能性が高いだろうね」

飯田さんがよもやと思って口にした言葉を、市井さんがすんなりと肯定した。
私もテーブルの上の紙切れを覗いてみる。
変にまっすぐな、下手な字で綴られているのだけがどうにか分かった。
先程の中澤さんが読み上げた言葉を思い返し、必死で意味を探るものの、私には見当もつかない。
すると、『あ』と飯田さんが声を上げた。
127 ◆PNXYnQrG2o :02/11/10 23:58 ID:Y6nemO+v

「終焉なんて難しい漢字、私たちで知ってるヤツいないんじゃない?」

ようやく見つけた、という風に声を弾ませる飯田さん。

「あ、確かに!」
「じゃ、じゃあうちらは学校で習ってないよね。多分」
「でも紺野は」
「そういえば、前にハロモニで五月蝿いも読めてたよね」
「そんな!」

バンっ!
テーブルを叩く音に思わず身をすくめる。

「漢字なんて、どうにでも調べられるっしょ!?」

明らかに苛立った口調の安倍さん。その表情にいつもの笑顔の面影を感じられない。

「……相手は毒を使って、小川を殺したんだよ。漢字ぐらいどうにでも、する」

ぽつりとそう付け加え、テーブルの上の紙片を睨みつけるように見据えた。
十一人もの人間がここに居るはずなのに、静寂がこの場を支配し始めようとする。

「あ」

梨華ちゃんのアニメ声がやけに場違いに響き、皆一斉にその音の方を向いた。
今はその明るい声がこの嫌な空気を切り裂いてくれるような頼もしさを帯びていた。

「私、気付いちゃいました」
128 ◆PNXYnQrG2o :02/11/11 00:04 ID:CHppSacX

「犯人、わかったの?」

すかさず飯田さんが身を乗り出す。

「いえ、犯人とかはまだ分からないですけど」
「じゃあ、何?」

保田さんが怖いくらい真剣な表情でその続きを促した。

「この漢字、ちょっとおかしくないですか?」
「だから、漢字なんてどうにでもなるって、さっきも!」
「なっち!……石川、続けて」
「はい。あのー、書けないような難しい漢字とかじゃなくてですね。もっと簡単なことなんですけど。
 なんだか言ったら怒られそうで怖いなあ」
「いいから!」
中澤さんが諌めて、紙片を梨華ちゃんの前に突き出した。
ちょっと肩をすくめ、怯える仕草をして梨華ちゃんは続きを始めた。

「この一文なんですけど、『私たちの最期、これで最後』ってなんでサイゴっていう言葉なのに違う漢字なのかなあって」
「石川……」

呆れた様子で保田さんが梨華ちゃんを見る。

「あんたねー、最期と最後じゃ意味が違うんだよ。ふたつあんの。何も不思議じゃない」
「! ちょっと待ってください!」

紺ちゃんが泣きそうな顔で叫んだ。
129 ◆PNXYnQrG2o :02/11/11 00:09 ID:CHppSacX

「これは、確かに変なんです。グループとしての娘のラスト。
 そういった意味で『終焉』が用いられたとしたならば、『最後』でいいはずなんです」
「?どういうことなの、紺野」

口元に手を置きながら説明を求めるよっすぃー。
私にも紺ちゃんの言おうとしていることがまだ掴めない。

「最期という漢字は、一般的に死に際の意味で使われます。いいですか。これを、この単語を犯人は意図的に用いているんです」
「死に際って……」

私の口から洩れた言葉はそれだけだった。
次々と言葉が頭を通り抜けて、思わず零れてしまっただけだった。
けれども、目の前の紺ちゃんは私を見てこっくりと深く頷いた。

「そうです。これを書いた人は明確な意思を持って、最期という漢字にしたんです。
 明確な意思。それは殺意……ではないでしょうか」
「それはさ、書いた人が小川を殺したっていうこと?」

確かめたのは市井さんだった。
この中で一番落ち着いているように見えた。

「私にもはっきりとしたことは……」

紺野ちゃんが言葉を濁し、目を伏せた。
再び訪れる沈黙。
時間がどんどん重みを増して、ずっしりと纏わり付いて来る。
私達は紙の上に踊る文字をただ恨めしく辿るだけしかできなかった。