19
「ほら、泣かないで」
紺野に安倍がこれまでの顛末を一通り説明すると、
加護の死はまるきりのデタラメ、悪夢は悪夢、現実に引き戻され、
緊張の糸一気にほぐれたのか、安心の涙、また泣き出している。
しょうがないわねぇ、と後藤が背中をやさしくさすり、
一同、又か、といささかあきれた様子だが、
保田、人一倍、眉をしかめている。
「そんな怒らなくてもいいじゃない、紺野はまだ…」
と吉澤、まぁまぁとばかりになだめようとしたが、
「違うの」
と言うが早いか、スタスタと祭壇に向かい歩き出した。
加護の遺影を一瞥し、何かを探す風、
一同揃って保田の動向をキョトンと見守っていると、
何やら神妙な面持ち、桐の箱を両手で大事そうに抱え、
足を擦るように、戻っきた。
腰をおろし、その箱をそっと畳の上に置き、
保田を中心に、円をつくるようにして、何だろうと一同覗き込む。
桐の箱を開けると、中にはさらに壺ひとつ。
「いい?」
誰にむかってというわけでもないだろうが、保田、断りを入れると、
まずひとつ、唾を飲み込む音が響き、それに合わせて、
次々にドロリとした液がそれぞれの喉をそれぞれの様式をもって
通過する。後藤のそれだろうか、ゴクリという生々しい音の最後を
聞き終えると保田、壺の蓋をゆっくり持ち上げた。
人骨。
●続く●
20
コツコツ、コツコツ。
吐血疲労も何のその、覚醒剤で元の体どころか、
それ以上の回復を見せる矢口、もはや麻痺した感覚、
会長室のドアを何度もノックする丸めた手の甲から血が滲む。
コツコツ、コツコツと執拗に繰り返すうるさいほどの音。
「いないのか?いないんなら勝手に入るぞ」
神様の後ろ盾、礼儀なぞ無視とばかりに、
ドアを勢い良く開けると、会長、運良く留守、
中はシーンと静まりかえっていた。
そのままお構いなし入室すると、
金庫、机、書類、電化製品、その場のありとあらゆるモノを
投げ飛ばし、裏返し、無秩序の好例、破壊の限りを尽くす。
もし後から入ってくる者あれば、
さだめし税務署のガサ入れかと覚悟したことだろう。
「あった!」
矢口、机にぶつかりそのまま倒れるが、
「あったあった!!」と腹をかかえて高笑いしている。
会長の護身用だろう、握るその手に収められいているのは一丁の銃。
しばらく笑い転げていたが、急に真面目な表情を作り、
天井見上げ、一呼吸、吊り照明に狙いを定めた。
耳つんざく発砲音。
試し撃ちを済まし、静寂戻れば、また顔さらに歪ませ、
笑い声ともつかぬ密林の野鳥の如き奇声だけが響き渡り、
その小柄な体が一面に散らかしたモノにぶつかるのも気づかず、
上下左右縦横斜めと床を転げ回り続けた。
●続く●
21
キャァッーーーーッ!
それが骨だとわかるまで瞬間固まったものの、
すぐさま一斉に奇声ならぬ悲鳴をあげ、それぞれ散らばるが、
動じぬのは、自ら運んできた手前、やはりと頷く保田、
加えて、それが何なのか意味不明、すなわち痴人、石川の二人。
紺野の見た炎に包まれる加護の夢が正夢でないのならば、
骨などないはず。しかし現実、骨はここにある。
みんな落ち着いて、と保田手をかざし、みんなを呼び寄せるが、
怖じけづいて誰も寄り付かない。
「…もうやだ」
顔面蒼白、後藤はしゃがみこんで膝をかかえた。
先ほどのお礼のつもりか、紺野、
添うようにして、後藤の肩に手をかける。
三角に見つめ合ったままの安倍飯田吉澤、
来ないなら私から行くいった具合に保田が加わり四角、
そして言う。
「あれ、あいぼん、の、なの?違うよね?ねえ?だって」
「あたしが知るわけないじゃない!」
飯田は怒鳴るが、
安倍吉澤、もはや混乱は最上限、何も言葉が出ない。
保田、聞いても埒など開かないのを知りつつも、
すがるような気持ちで、一人、壺の前に座る石川へと目を向けると、
無邪気そのもの、満面の笑みを浮かべ、壺から骨を掴みだし、
楽しげに振り回して遊んでいた。
「やめなよっっ!!」
と、慌てて張り上げる声に驚いた石川、
掴んだ骨をほうり投げると乾いた音を立てて
ころがった先はちょうど一服から戻ってきたつんくの足元。
それを臆することなく拾い上げ、サッと埃を払い、
悲嘆に暮れるそれぞれの顔を眺めながら言った。
「山崎はんのや」
●続く●