サウンドノベル5「赤と青」第六話〜

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772辻っ子のお豆さん
私は刃物を手にした腕をピタリと止めた。何か様子がおかしい。

「私が貴方を刺したのは、貴方が犯人だと思ったからよ。ののちゃん」
「嘘吐くな!お前しかいないんだ!だから私は…!」
「お願い信じて!私もののちゃんを信じる…だって」
「……ウソだぁ」
「だって…たった二人の生き残りなんだもん。ののちゃんが生きていてくれて嬉しい」

 石川梨華は涙を流して、だけど微笑みを浮かべた。頭の中がもう滅茶苦茶でどうしてい
いのか分からなくなってきた。石川梨華は犯人ではないっていうの?じゃあ誰だっていう
の?真希さんを殺したのは誰だっていうの?わかんないよ。

「でも私が貴方を傷つけたのは事実、私はどんな裁きでも受けるわ」
「やめて…わかんないよ…」
「だけど、これだけは信じて。私は他の誰も傷つけてはいない。本当よ」
「嘘だ。嘘だあああああああああああ!!」
773辻っ子のお豆さん:02/11/26 16:20 ID:XEwkz8JV
 この四年間、ずっと信じ続けてきた信仰が音を立てて崩れ落ちてゆく。ずっと彼女だけ
を恨み続け、それだけを糧にして生きてきた私の全てが否定されてゆく。目の前で泣きな
がら訴え続ける石川梨華は、嘘をついている様には見えなかった。だからこそ、もうどう
していいのかわからなくなってしまった。気がつくと、私はその場を逃げ出していた。

「待って!待って!ののちゃん!」

 捨てたはずの私の本名を呼ぶ声が後ろでした。その声は、確かにあの島で聞いた優しい
梨華さんのもの、そのままだった。
(真希さん…)
(よっすぃー)
(麻琴っちゃん…)
(あさ美…)
(里沙…)
(あいぼん…)
(のの、どうしたらいいの?)
774辻っ子のお豆さん:02/11/26 16:21 ID:XEwkz8JV
私は学校を抜け出した。そしてもう戻る気もなかった。その必要がなくなったからだ。
夕暮れの坂道を抜け殻の様に歩き続ける。生きている意味さえ失った様な感じだった。

トクン……

ふいに胸の鼓動が一つ高鳴る。
西日に照らされた坂の向こうに一人の女性がいた。

トクン……

また鼓動が一つ。気が付けば、五感全部がその女性を追っていた。
私の視線と彼女の視線が重なり合う。その瞬間、私の体に何かが走った。
(真希さん…!)
顔も背格好も違うその女性に、私はなぜか真希さんを感じた。そんなはずはないのに。
だけど胸の鼓動が止まらない、震えが止まらない。喜びや、色んな感情が渦巻く。

「生きて…いたの…」
775辻っ子のお豆さん:02/11/26 16:23 ID:XEwkz8JV
「誰?」

それが彼女からの答え。当然の返事だった。だけど…だけど…なぜか涙が止まらない。
どう見ても彼女は真希さんではないのに、真希さんは死んだはずなのに…
手が足が胸が頭が全てが…私に訴えかけているんだ。彼女は後藤真希だと。

「ねえ、あなた誰?私の事知ってるの?」

 不振そうな表情を浮かべた女性はさらに尋ねてきた。胸がチクリと痛んだ。真希さんは
もう私のことなんて忘れてしまった。そんな自分勝手な気持ちが胸を締め付ける。女性が
近づいてくる…真希さんが近づいてくる。真希さんの手が私の手に近づく。四年前、あの
約束の後から永遠に離れ離れとなったその手と手とが…また。

「なつみさ〜ん!」

坂の向こうからしたその声に、ビクリと手が離れた。なつみ…真希じゃない…なつみ。
私は振り切るように走り出した。真希さんじゃない!
776辻っ子のお豆さん:02/11/26 16:24 ID:XEwkz8JV
走って走って駅前の商店街まで走った。ショーウインドウに自分の姿が写っていた。
汗だくのそれでも輝く美しい娘が写っていた。そこに辻希美の面影はどこにもなかった。

(でもねののちゃん。やせるやせないより、もっと大事なことがあるんだよ)
(なに?)
(外見じゃない、ありのままの自分を見てもらうこと)
(きれいになったののを見てもらうことと違う?)
(ウーン、まだ難しいか、そのうちののちゃんにも分かるよ)

4年前、島で梨華さんとした会話が今、なぜか頭の中に浮かび上がってきた。
今なら分かる気がします。ありのままの自分…
私は長く伸びた髪をくるっとお団子に結んだ。そしてお菓子屋さんに入った。
ずっと封印していたお菓子を口にした。おいしかった。泣きたくなるくらいおいしかった。
鏡の中で幸せそうにお菓子をほお張るその姿は…辻希美だった。
そして私は電車に乗った。行き先は約束の場所…
私はいつまでもいつまでも待つ。
彼女があの人ならば、きっと来てくれる。私を迎えにきっと来てくれるから…。