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辻っ子のお豆さん:
真希さん。
私、真希さんより年上になっちゃった。
背も伸びて、少しだけ痩せたよ。
お菓子を我慢する様にしたんだよ、えらいでしょ。
ねえ、どうかなぁ。
私あなたと並んでも釣り合うくらいきれいになったかなぁ?
ねえ、真希さん。
身元も知れない私に、突然今日から貸してくれるアパートなんて少なかった。それでも
紹介されたのは、築20年は建っていそうな木造の古いアパート。6畳一間に小さなトイレ、
それだけの部屋。寝れれば良いと思っていた私はすぐに返事をした。もっと酷い環境で寝
暮らしの経験もいっぱいある私にとって、たいした問題でもない。
「あいぼん。のの、一人暮らし始めたよ」
バックから写真立てを一つ取り出し、それを机の上に置いた。私とあいぼんの小さい頃
の写真。主のいない実家をこっそりと訪れ、くすんできた唯一の遺留品。今となってはこ
の写真だけが、私が辻希美であったという事実を残すもの。
「アーアーアー、石川梨華です」
新しい名前の発声練習、憎むべきその名を…私は語った。石黒さんがその筋の情報屋を
回り、ようやくアテを見つけてくれた。石川梨華だった女の行方。村田という家の養女に
なったという噂。今はこの街で女子校教師をしているという噂。全部噂に過ぎず一つとし
て確証はない。だから私はこの名を語った。本物の石川梨華ならば、必ず反応を見せるは
ずだから…。
転入の手続きに校長先生との面談を行なった。名前を偽り、年齢も偽り、経歴もでたら
め、家族の欄には一応石黒さん達の捺印をもらっておいた。正直な所、この学校に入れる
かどうかは五分五分に考えていた。無理なら無理で別の手でいけば良い。ところがこの校
長先生は少し変わった教育者で、あっさりOKサインが出た。
「イチローになれる可能性もっとる」
よく意味は分からなかったが、とにかくこれで私は夕凪女子校の生徒となることができ
た。3年C組中澤先生のクラスに入る。なるべく他人との交流を避ける様にした。あまり
目立つことはしたくなかったから。だけど一人だけ友達ができた。生活費を稼ぐ為のバイ
トを探していた時、偶然クラスメイトの柴田さんと遭った。彼女だけは何となく他の子と
違う空気を持っていたので、私も名前を覚えていた。彼女は病気で一年入院していたらし
く、また偶然にも私と同い年だったのだ。私は両親が冒険家であまり学校行かなかったか
ら一年進級できなかったんだと、半分嘘をついた。柴田さんはあまり裕福でない家に負担
をかけたくないと、入院費を自分で稼ぐんだと言っていた。
(なんだ不愛想だと思ってたのに、話してみたらすごいいい子だ)
その日の内に、私達は友達になった。
「ねえ梨華。最近ね、村田先生にあなたのこと質問されるの」
ある日の放課後、立ち寄ったマックであゆみがそう言ってきた。いよいよ尻尾を掴んだ
と思った。何度かすれ違った村田めぐみは、遠い記憶にある石川梨華に極似していた。だ
が名前が村田で顔が似ているだけの別人かもしれない。この計画に間違いは許されない、
私は慎重に慎重を規していた。だけどもう、もう間違いない。村田めぐみは石川梨華の名
に間違いなく動揺している。あいつが石川梨華だ!あいつが殺人鬼だ!
翌日、私は行動に出た。村田めぐみが一人きりになるのをずっと待った。放課後になり
人もまばらになるまで待った。そしてようやくその時は来た。村田めぐみが理科準備室で
一人後片付けをしていたのだ。私は静かに声を掛けた。村田めぐみ…いや石川梨華は喉か
ら心臓が飛び出る程驚いた顔をしていた。たっぷり皮肉を込めて私はこう言った。
「こんばんは辻希美です。石川梨華先生」
石川梨華は明らかに脅えていた。震えていた。信じられないといった顔をしていた。
「う、嘘でしょ。あなたは死んだはずじゃ…」
「ああ、あんたに殺された。でも生き返ったんだ。みんなの仇を討つ為に」
「みんなの仇?何よ、みんなを殺したのはあんたのくせに!」
「ハァ?何言ってるの?訳わかんないよ」
「あんたがごっちんもよっすぃーも、他の子達も殺したんでしょ!」
どうにも話が食い違う。逆ギレ?罪の転換?それとも…?
「よっすぃーはあさ美が誤って刺した。あさ美はそれを悔いて自害したんだ!」
「えっ…嘘?」
「それ以外の三人、麻琴と里沙と…真希さんはお前が殺したんだろ!」
「ち…違う!待って!待って、ののちゃん!」
1. 待たない。石川梨華を殺す。
2. 待つ。何か様子がおかしい。