622 :
辻っ子のお豆さん:
なつみは後藤真希の夢を見る。希美は後藤真希に恋をする。
なつみは石川梨華を探す。希美は石川梨華に刺される。
なつみは加護亜依という友を持つ。希美は加護亜依という友を失う。
赤と青が交わるとき色は新たな淀みを生み出す。
これは二人の物語。
〜最終話 紫の章 約束の場所で約束のあなたと〜
この夏、世間を騒がせた女子校殺人事件がある。
教師と生徒に犠牲者を出し、学園を恐怖に陥れたこの事件も、ようやく終焉を迎える。
今は使われることもない朽ちた港の廃倉庫にて、首吊り死体が二つ発見された。
鑑識の末、それは行くえ知れずとなっていた犯人の女子高生二人組と判明。
一人の名は藤本美貴。もう一人の名が福田明日香。
「罪に悔い悩まされた末の自殺か」
刑事の一人がそう呟いた。
あれほど騒がしかった蝉の声も、どこか頼りな気に聞こえる。
夏が終りを迎えようとしていた。
保田圭は疲れていた。
この所の多忙続きに、まともな睡眠も取れていなかったからだ。
だがその忙しさも、女子校事件終焉と共に少しずつ和らいできていた。
珍しく空き時間を得ることができた彼女は、どこかで仮眠を取ろうと
人気のない場所を探して署内を歩き回っていた。
「ええ、わかっています。4年前の…あの事件が…」
その声が聞こえてきたのは、滅多に人のいない資料室前を通った時。
不思議な違和感を感じた保田は、扉の隙間から室内を覗き込んだ。
警視庁から派遣されたエリート刑事、飯田圭織が携帯で誰かと会話している。
それは特におかしいことではない、だがその内容がまずかった。
「そうです。犯人は間違いなく石川梨華です。」
「…了解しました。私は引き続き、安倍なつみの監視を続けます。」
真希と名乗る娘。私は最近、彼女の夢を見ていない。
目を覚ますと、キッチンからまな板を叩くぶきっちょな音が聞こえてくる。
(愛…?)
「なっち、おそい!また指切っちったじゃんかよぉ!」
「あ、…真里、おっはー」
「おっはーじゃないよ、遅刻だよ遅刻。早く手伝ってー」
「はいはいはい、ちょっと待っててぇ」
朝食を作る為に包丁を振る後ろ姿が、一瞬愛に見えたことは口に出さない。
先週退院した真里は、もう仕事に復帰していた。
落ち込んだ様子は少しも見せず、むしろ以前より騒がしくなったくらいだ。
でも私はわかっている。時折ふと見せる寂し気な表情が全てを物語っていること。
私は真里の前では愛のこと、事件のことは、あえて口に出さない様にしていた。
もう全部終ったのだから。
その日の昼休みだった。険しい顔をした圭ちゃんが私を呼び出したのは。
理由を聞いても答えてくれず、ただどこかへ連れて行くだけ。
どうも様子がおかしい、キョロキョロとやけに辺りを気にしている。
行き先は人気のない資料室だった。圭ちゃんは入り口に鍵までかけている。
「どうしたの?なんか今日の圭ちゃんおかしいよ」
「ごめん、どうしても見て欲しいものがあるの。誰にも内緒で。」
彼女の顔はいつになく真剣だった。いよいよただ事ではない気がしてきた。
資料室には過去に起きた事件の記事等が保管されたスペースがある。
圭ちゃんはそこから一冊取り出し広げてみせた。
(1998 夏)
それには4年前の夏に起きた事故や事件の新聞記事切り抜きがざっと並んでいた。
慎重にページをめくり、圭ちゃんは何かを探している。
それが私に見せたい何かなのだろうか…?
「あった、これよ。この記事を呼んでみて」
「飛行機墜落事故?」
ようやく目的の記事を見つけた圭ちゃんは、それを指差し私に言った。
さっぱり身に覚えのない事件だった。
引っかかったのは私の両親が亡くなった事故と同じ年だったということ。
私はざっと記事を流し見た。
成田からハワイへ向かう旅客機が太平洋沖孤島にて墜落、生存者はたった一名。
「この事故が何なの、圭ちゃん」
「気付かないの?その生存者の名前…」
言われて私はもう一度記事を読み直した。そこにはこう書かれていた。
【唯一人の生存者 石川梨華さん(17)】
「石川梨華って…まさか」
「そう、こないだの事件から行方知れずになっていたあの子と同姓同名よ。」
「年齢も同じだ」
「そっちは四年前だけどね」
「あ、そっか。あれ?じゃあ…誰?」
圭ちゃんも首を振っていた。これが私に見せたいもの?
結局、事件が終っても行方を掴めないままの石川梨華という娘。
犯人ではなかったという結論に到り、警察は大掛かりな捜索を取りやめた。
その石川梨華の名前が、4年前の記事の中で見つかったのだ。
やがて私の中に、ある考えが浮かび上がってきた。
1. どちらかの石川梨華が偽者
2. 偶然同性同名だっただけで、何の関係もない
3. 石川梨華は歳を取らない