事件翌日の夕方、藤本美貴と福田明日香は生徒会室にいた。
「あぁ、どうしてこんなことになっちゃったんだろ」
「……」
「だからあんたなんかと組みたくなかったのよ!何とか言いなさいよ明日香!」
「あんまり大きな声出さないでくれる。誰かに聞かれでもしたらどうするの」
二人の間に険悪なムードが流れていた。とても日頃他人に見せる様な、会長と副会長と
いう関係には見えなかった。今度は声を細め、藤本は福田を睨み付けた。
「高橋を殺したのはあんたなんだからね」
「今さら何?もう遅いわ。あなただって共犯でしょ。」
「私はただ…!」
「あいつが憎かったんだろ。自分の愛する男をいともあっさり奪い取ったあいつが」
「フン、それは明日香、あんたも同じでしょ」
福田と藤本は同じ男に惚れて、互いにいがみ合う関係となった。ところが、その男をい
とめたのは二人のどちらかではない。高橋愛というぽっと出の一年生だったのだ。二人は
彼女を共通の敵と認め、ちょっと脅してやろうと呼び出したのであった。
「殺す気なんてなかった。あんたがカーテンで首を絞めたりなんかするから」
「原因は美貴のバカ力でしょ。私はちゃんと考えて手加減してたわ」
「何よ、私のせいにする気?」
「人のこと言える?フフフ…全部石川梨華のせいにした人が」
「それは明日香の考えでしょ」
「ええ、そうよ。自分でも惚れ惚れする案だったわ。やっぱり私って天才ね」
「悔しいけど、確かにそれは認めるわ。誰にもバレてはいないよね」
「完璧よ。馬鹿な警察はすっかり石川の犯行と思い込んでいる」
「わざわざカツラまで被って変装した甲斐があったね。そしてあの状況も」
「鍵もかかっていたし、みんな窓から石川が逃げたと勘違いしてる」
思惑通りだった。警察すらも天才福田の罠に陥っていた。このとき、藤本も福田も自分
達が重大なミスを犯していることには、気付きもしていなかった。廊下から足跡が聞こえ
る。バイトを終えた柴田が来たのだろう。二人はまた仮面を被る。普通の生徒会長と副会
長という仮面。何食わぬ顔で。おとずれた柴田も気付かない、今自分が殺人者二人と普通
に会話をしているということ。
三人が作業を簡単に済ませ、玄関を出るとそこには安倍なつみと飯田圭織がいた。
「待ってたわ、石川を捕らえる為にあなた達に聞きたいことがあったの。少しいい?」
安倍の問いかけに三人は頷く。「石川を捕らえる為」というフレーズに二人は油断して
いた。まぬけな刑事と頭の中で馬鹿にしていた。安倍は最初に柴田の方を向いた。
「柴田さん。事件の時あなたは確か、北校舎の方へ向かう足音を聞いたんだよね」
「はい」
「藤本さん。あなたは渡り廊下から音楽室へ向かう足音を聞いたんだよね」
「ええ」
「時間的にも、それは理科準備室を出た石川の足音に間違いない…よね、みんな」
安倍は確認する様に全員の顔を見渡す。三人とも同意する様に頷く。飯田はずっと腕を
組み黙り込んでいた。安倍が続ける。
「ところが、音楽室の扉には鍵が掛かっていた。さて石川はどうやって中に入ったのか?」
誰も答えられない。皆じっと黙り込んで、安倍の次の言葉を待っている。
「わかんないよね。当然。答えなんてないから。このとき石川は音楽室には入っていない。」
「どういうことですか?」
藤本が尋ねる。
「あなたが聞いた足音を最後に石川は消え、音楽室窓から見た校舎裏へとワープしたの。」
「ワープってそんな…」
「そう。そんなはずないよね。不可能なのよ。これが疑問その1。次に疑問その2」
「その2?」
「石川はどうやって音楽室で犯行できたのか?鍵は一日中保管されていたのに…」
また誰も答えられない。
「鍵はすぐ見える位置にあるから、なくなればすぐに平家さんが気付くはずよね」
「つまり扉以外から入ったってことですか?」
今度は柴田が尋ねる。
「扉以外となると窓しかない。でもそれだとまた可笑しな話になるの」
「……」
「石川だけじゃなく被害者も窓から入ったことになる。どう考えてもありえない」
「殺してから音楽室に運んだんじゃないですか」
「人を担いで二階の窓から入る。よっぽどの力持ちでもなきゃ無理でしょ。」
「梨華ちゃんにできる訳ないですね」
「ハシゴやロープの跡もない。マットや台座を使った形跡もない。何もないの」
「扉からも窓からも入れない場所での殺人。密室ですか」
「そうよ柴田さん。これは密室殺人なの。これが疑問その2」
しばしの沈黙。やがて安倍が静かに口を開く。
「でもねあったの。疑問1と疑問2が不可能じゃなくなる方法」
三人の顔に微妙な変化が出る。福田が聞く。
「どんな方法ですか?」
「疑問1は簡単よ。石川が二人いればいいだけ」
「――――!」
「そして疑問2の方。これも石川が二人いるとすれば解決できるの」