石川は始めから存在していないと思った。理科準備室にいた石川も、音楽室から見た石
川も、どちらもかなり遠い場所から窓越しにちらっと見ただけ。はっきりと間近で石川と
確認した人は誰もいない。さらに学校の外でも、石川は誰にも目撃されることなくその姿
を消している。幽霊や透明人間でもない限り、そんなのできっこないと思った。そして導
きだされた一つの可能性。
(誰かが石川梨華を演じている)
かなりの距離がある場所から窓越しに僅かな時間だけ。例えば石川の髪型そっくりのカ
ツラを付けて、夕女の制服を着ていれば、石川と見間違えることだって十分にある。そし
てそれはあの時間、この学校に存在した娘の中にいるはず。
福田明日香、藤本美貴、柴田あゆみ、松浦亜弥、平家みちよ。
一体誰にそれができた。石川に化けることが可能だった。駄目だ、今考えても分からな
い。冷静に考えて、疑問を一つ一つ解決してゆけば、必ず真実に辿り着けるはずだ。いつ
になく頭が冴えていた。身近すぎる人物の死が、私の頭を活性化させたみたいだ。必ず真
犯人を見つけ出してみせる。
音楽室には圭ちゃんを始め鑑識の人達が、石川の残した手がかりはないかと捜査を続け
ている。私は圭ちゃんを呼びだした。
「圭ちゃん、何かわかった?」
「駄目、分からないことだらけ。どうやって石川がこの部屋を出入りしたのか」
音楽室の扉には鍵が掛かっていた。開いていたのは一枚の窓のみ。だが冷静に考えてみ
て、この窓から外へ出たとは考えにくい。途中には上り下りできる様な障害物は何もない
のだ。二階から飛び降りて五体満足でいれるとも思えない。
「ロープやハシゴとか、何か道具を使った形跡も探しているんだけど、見つからないし」
「そっか。隣の窓から伝って入ったとかは?」
「それもないよ。この部屋以外の窓も調べたけど全て施錠されていたから」
「窓から出入りしたんじゃないってこと?」
「第一、あの子の死体はどう説明するの。入ったのは犯人だけじゃないのよ」
「だよね。愛が窓から入る訳ないか。じゃあどうして窓は開いていたんだろ?」
「最初に言ったでしょ。分からないことだらけだって」
あの窓一枚を除けば、これは密室殺人となる訳だ。扉には破壊や細工の形跡もない。
考えられるのは純粋に鍵を開けて入り、鍵を掛けて出たということ。だがその鍵は、
用務員室にずっと保管されていたという。もっとも仮に平家さんが犯人だとしたら、
この密室もあっさり解決する訳だが。
「私、平家さんに鍵のこと聞きにいってみる」
「うん。あんまり無理すんなよ、なっち」
「ありがと、でもなっちは大丈夫。じゃあね」
圭ちゃんに礼を述べ、私は平家さんの所へ向かった。用務員室に着くと、ちょうど中か
ら圭織が出てくる所だった。さすが圭織、いつも私の一歩先にいる。すれ違い様、圭織は
私に告げた。
「彼女はシロだ」
「そう」
「それから、話がある。捜査が済んだら私の部屋に来て」
手渡された紙に、圭織の住むマンションの住所が書かれてあった。
「あんたも鍵のこと聞きにきたの?それとも私を疑ってるん?」
開口一番、平家さんは少し怒り気味に言ってきた。同じ事を何度も聞かれて、いらつい
ているのだろう。
「最初に言っておくけど、私は事件とか全然関係ないから。」
「メリットがないですもんね。あなたが一番疑われる訳ですし」
「あんたわかってるね。鍵の番もあるから、私昼からずっとここにいたのよ」
「何か証拠はありますか?」
「実はね、用務員室の表に監視カメラあるの。再生すればわかるよ」
「見せて下さい」
早送りで、一日の画像を見た。お昼ごろ、平家さんが来て昨日勤務の戸田さんと入れ替
わっている。13:00頃、藤本美貴が訪れていた。15:00頃、柴田あゆみが。15:30頃、福田
明日香が。19:10頃、再び藤本美貴が。19:30頃に松浦亜弥が。そのすぐ後に福田明日香
が。そして事件が起きた20:00過ぎ、福田に呼ばれて出て行く平家が映されていた。これ
で平家には完全にアリバイがあることが証明された。私は平家さんに話を聞き、この日の
利用者をメモにまとめてみた。
13:00 藤本美貴 部活の為、体育館の鍵を借りに来る
15:00 柴田あゆみ 学祭打ち合わせの為、生徒会室の鍵を借りに来る
15:30 福田明日香 資料集めと受験勉強の為、図書室の鍵を借りに来る
19:10 藤本美貴 部活が終り、体育館の鍵を返しに来る
19:30 松浦亜弥 高橋愛を探す為、体育館の鍵を借りに来る
19:40 福田明日香 資料集めと勉強が終り、図書室の鍵を返しに来る
このうち藤本、柴田、福田の三人は大体いつもこのくらいの時間帯に来るそうだ。この
日いつもと違ったのは19:30の亜弥だそうだ。だが亜弥には、愛を探す為に体育館の鍵を
借りに来たというはっきりとした理由がある。愛の死体を発見した20:00の時点で、何か
しらの鍵を所有していたのは柴田と松浦。警察が来た後、二人はそれぞれの鍵を平家に返
していたが、共に生徒会室と体育館のもので間違い無かった。他には特に不自然な所は見
つからなかった。音楽室の鍵は誰も持ち出してはいなかった。これで音楽室密室説はさら
に完全なものとなった。捜査が行き詰まり、私は私立夕凪女子校を出た。
1. 約束通り、圭織の部屋へ向かう
2. 病院に運ばれたという真里の所へ向かう
3. 気分転換に街を一望できる緑の丘へ向かう