220 :
辻っ子のお豆さん:
窓から石川を見た校舎の裏側へ向かう。到着するとそこには圭ちゃんが一人でいた。他
には誰もいない。ゴミ置き場と焼却炉がポツリとあるだけである。焼却炉には火が点いて
いた。煙が寂し気に夜空へと伸びている。少し臭い匂いがした。圭ちゃんは私達の姿を見
ると首を横に振り、いないと告げた。
「美貴ちゃんは?」
「校門の方を見に行かせてる」
「そっか、じゃああとは駐車場口か」
私と圭ちゃんが話していると、それまで黙っていた福田明日香が急に口を開いた。
「今、音がしませんでした?駐車場の方」
「えっ!」
「車の音」
慌てて耳を澄ます。確かに聞こえる車の音。私達は顔を見合わせ駐車場へと走り出した。
駐車場には二台の車が停まっていた。一台は用務員の平家さんの物。そしてたった今音を
発したと思われる、もう一台の車には見覚えがあった。
「圭織?」
圭織の愛車だった。当然、中から出てきたのは飯田警部補その人であった。応援にして
も、署から着くにはいくらなんでも早すぎる。署から夕女までは車で10分前後の距離が
ある。私が携帯で連絡をしてから、さっきの車音が聞こえるまで、ほんの二三分しか経っ
ていない。私が戸惑っていると圭織の方から話し掛けてきた。
「課長から連絡受けたわ。たまたま近くにいてよかった。詳しい状況を教えて」
(たまたま近くに…?)
(ある?そんな偶然?)
(ううん、今はそんなこと考えている場合じゃない)
圭ちゃんが圭織に状況をかいつまんで説明していた。駐車場の外には怪しい人影はなか
ったと圭織が言う。私達四人はその足で校門前へと向かった。校門付近では藤本美貴が不
安気にキョロキョロと辺りを見渡していた。私達の姿を見ると、ほっとした顔を見せた。
校門付近にも石川らしき人影はなかったそうだ。石川が姿を消した校舎裏と校門は正反対
の場所にある。わざわざここから逃げたとも考えにくい。
圭織の提案で、もう一度手分けして校舎内を探そうということになった。福田と藤本の
二人には、校門と駐車場を見張っている様にお願いした。石川が外部へ出た形跡が無いの
なら、まだ内部に身を隠している可能性が高い。私と圭織と圭ちゃんは、南校舎と北校舎
と体育館に別れて捜査することにした。現在この学校の内部にいるのは、石川を除けば真
里と平家さん、そして柴田あゆみと松浦亜弥の四人だけのはずである。私が受け持った南
校舎には生徒会室と、第一事件の現場にして最初に石川が現れた理科準備室がある。生徒
会室には柴田あゆみがいるはずである。
(彼女が石川をかくまっている可能性…?)
嫌な考えが頭に浮かびあがってきた。どうして考えなかったのだろうか、共犯者の可能
性を。石川一人でこれだけの事件を起こせるとは考えにくい。共犯者がいる可能性は間違
いなく大きい。そしてそれは、今この学校の中にいる誰かである。玄関を抜け階段を上が
ろうとしたとき、二階から誰かと誰かの言い合いが聞こえた。一瞬、石川と共犯者?かと
思ったが、どうもそうではないみたいだ。柴田と松浦の声であった。
「石川を出せぇ!」
「ちょっと離してよ!知らないって言ってるでしょ!」
「ウソツケ!あんた石川の友達なんでしょ!絶対あんたが隠してるんだ!」
生徒会室の中で、亜弥が柴田あゆみに掴み掛かっていた。私は慌てて亜弥を後ろから引
っ張り止めた。亜弥は泣いていた。私の腕の中でもがきながら叫んでいた。こんな亜弥ち
ゃんは見たことなかった。親友を失い自我を失いかけているんだ。一方、柴田あゆみの方
はもう落ち着きを取り戻していて、高校生にしては大人びた憂いの表情を浮かべていた。
「刑事さん。本当に、犯人は梨華ちゃんなんですか?」
「え?」
「私の知っている梨華ちゃんは、私の友達の梨華ちゃんは、心のキレイな女の子でした。」
脳裏にあの夕暮れの坂道が浮かんだ。私が唯一、石川梨華と言葉を交わしたあのシーン。
確かにこんな残酷な事件を起こす子には見えなかった。だが事実、事件は起きていて、彼
女がその場に居合わせたのだ。それは否定できない事実なのだ。
しばらくして、虚ろな真里を抱きかかえた平家さんがやってきた。ようやく落ち着いて
きた亜弥と、物憂げな表情の柴田、そして私の五人がこの場に集まることになった。いつ
も元気に私を励ましてくれていた真里が、まるで魂の抜け落ちた人形みたいになっていた。
誰も何も言わなかった。やがてパトカーのサイレンが聞こえてきた。署からの応援が来た
んだ。私達は外へと下りていった。圭織と圭ちゃん、福田と藤本の四人も外にいた。結局
石川梨華はみつからなかった。その後、警察が学校付近や駅前まで捜査したが、その足取
りすら掴むことはできなかった。まるで幽霊の様に、石川はこの学校、いやこの町から姿
を消していたのだ。
1. 石川は幽霊なのかと思った
2. 石川は脱走の名人なのかと思った
3. 石川は透明人間なのかと思った