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辻っ子のお豆さん:
〜第七話 赤の章 独りの闘い〜
スモークに包まれた都会の空に、うっすらと星が散らばっている。今はもう動かない、
愛する妹の体を抱きしめたまま、矢口真里は鳴咽し続けていた。現実と虚構の狭間で私、
安倍なつみは呆然と立ち尽くしていた。頭がグルグルと回り続けている。そんな中、私の
体と心が再び一つに戻るきっかけを作ったのは、遅れてやって来た一人の娘だった。
「なつみさん、真里さん。愛はみつかりましたぁ〜?」
まだ何も知らない松浦亜弥が、いつもと変わらぬ間延びした口調で音楽室の扉をくぐっ
てきた。次の瞬間、彼女の右手からバックが無造作に床へと落ちた。その眼に写るのは、
変わり果てた姿の親友。亜弥は当然の様に悲鳴があげ、顔に手を当て崩れ落ちた。私はそ
んな彼女にゆっくりと近づき、肩に手を掛けた。顔をあげた亜弥は、泣きながら私に問い
掛けてきた。
「なつみさん。愛は!愛はどうしちゃったの?」
悪いけど今の私に気の利いた答えは浮かばない。思い付いた言葉を、そのまま彼女に伝
える、それしかできない。
「…殺された」
返事を聞いた亜弥の目つきが変わっていた。親友が殺されたという現実を受け止めよう
としているのか、すでに涙も止まっている。亜弥は再び私に問い掛けてきた。私はそれを
再びありのまま返す。
「誰に殺されたの?」
「石川梨華がいた」
すると亜弥は立ち上がり、回れ右をし歩き出した。何処へ行くのと尋ねると、彼女は静
かに振り向いた。感情の抜けた顔、あの可愛らしい松浦亜弥の笑みと、同じ人物の表情と
は思えない程の…。亜弥はそのまま歩いていった。ゾクリ。背中に嫌な汗が流れていた。
しかしそのおかげで私の意識は完全に目覚めさせられた。失われた冷静さが戻ってきた。
(亜弥ちゃんの様子がおかしい、愛の死が引き金となって自我を失いかけているんだ)
(こうしちゃいられない、何にしても石川梨華をこのまま逃がす訳にはいかない)
(その為に私ができること。そうだ、署に連絡しよう)
私はポケットから携帯を取り出した。
「もしもし課長ですか。安倍です。夕女に石川梨華が現れました」
『なにぃ、あの石川か。』
「はい、生徒を一人殺害し現在逃走中です」
『くそっ!わかった。すぐに応援を出す。いいか、絶対に逃がすなよ』
「はい!」
署から応援が来るまで私と圭ちゃんと真里で何とかするんだ。携帯を切った私は音楽室
の中を振り返った。真里はまだ泣いていた。流石に今の真里に声を掛けるのは気が引けた。
(私と圭ちゃんでやるしかない。)
保田圭はすでに石川を追う為飛び出していた。藤本美貴も一緒のはずだ。松浦亜弥もお
そらく石川を探しているのだろう。私も急いで後を追わなきゃ。そう思い、音楽室を飛び
出し廊下を突っ切った。ちょうど階段の所まで来たとき、下から慌ただしい足音が聞こえ
てきた。福田明日香と少し年上のお姉さんだった。
「用務員さん連れてきました。」
「おたく刑事さん。どうも用務員の平家いいます。」
平家の手には一本の鍵が握られていた。音楽室の鍵だった。
「悪いんですけど、それはもう必要ないです。」
「どういう意味?この子から聞いたよ、中に石川がいて扉が開かないとか…」
「石川は窓から外へ逃げていました。高橋という生徒を殺して…」
「ウソでしょ!」
「許せない。先生の次は私の後輩まで殺すなんて!」
再び殺人事件が起きたという事実に、平家さんの顔色は青ざめていた。生徒会長である
福田は、怒りを露わにしていた。急いで石川を追わなければいけないと事情を説明すると、
平家さんは一度音楽室を見に行くと言い、福田は私と共に石川を追うと言った。二人で階
段を駆け降り、校舎の外へと出た。石川はどっちに逃げたのだろう?この女子校は回りを
小さな山に囲まれ、外部へ出るには東側の校門か、南側の駐車場入口しかない。
1. 校門へ向かう
2. 駐車場入口へ向かう
3. 窓から石川を見た校舎の裏側へ向かう