180 :
辻っ子のお豆さん:
私はひとみさんの想いも含め、ありのままを話しました。一体、真希さんはどんな反応
をするのか、私は恐る恐る彼女の顔を覗き込みました。真希さんは笑っていました。
「よっすぃーが私を?それは有り得ないよ、だって…」
「だって?」
「うーん、なんつーかなぁー。わかるんだよね、似てるから」
「じゃあののの考えていることも、わかりますか?」
「のんちゃんの?アハハ〜そりゃわからん」
やっぱり、私なんかのことより、真希さんはひとみさんの気持ちの方がわかるんだ。十
年来の付き合いであるひとみさんに、昨日今日逢ったばかりの私が敵うはずないよ。言わ
なきゃ良かったという後悔が、胸の内に押し寄せてきました。私が肩を落とし、あからさ
まに落ち込んでみせると、真希さんが言いました。
「わからないから、もっともっと知りたいって思う様にもなる」
「え?」
「自分にない物を持っているから、好きになるってこともある」
「…真希さん」
しゃべっている内に山を登りきりました。辺りを一望できる島一番の高台です。人気の
無い小さな島、その周りは見渡すばかりの青い海。もう生きてここから出ることはできな
いのではと思わせる程、圧倒的なブルー。不安に押しつぶされそうな私に気付いてくれた
のか、真希さんが私の体を優しく包み込んでくれました。
「怖いです。助からないんじゃって…もう生きて帰れないんじゃって思う…」
「大丈夫、きっと大丈夫。絶対生きて帰るんだから。ほら泣かないの」
真希さんの指が、頬を伝う私の涙を吹き消す。真希さんは、そのままギュッと私の体を
自分の胸元まで引き寄せました。そこで私は気付きました、彼女の体もか細く震えている
ことを。怖いのは自分だけじゃないってことを…。
「はっきり言うよ」
「うん」
「私は辻希美を愛している」
震えが止まりました。不安が掻き消えました。その言葉が私を無敵にします。どんなに
厳しい状況でも、何だってできる様な気がしてきました。
「ののも後藤真希が大好き。大好き、大好き。世界で一番大好き」
真希さんの震えが止まるのがわかりました。私は何度も何度も言い続けました。それで
彼女の不安を少しでも消すことができるのなら、何度だって言う。
大好きだ、大好きだ、大好きだ。
顔を上げた私の眼の中に、聖母の様に微笑む真希さんの眼が写る。彼女に届くように、
私はうんと背伸びをしました。私は目を閉じました。すべてを彼女に預ける。やがて唇と
唇が、その距離をゼロにする。
辻希美を愛する後藤真希。
後藤真希を愛する辻希美。
地図にも載っていない、世界の何処かの小さな島で、二人は一つになりました。
真希さん、約束…
なあに?
生きて帰ったら、もう一度キスして
ん…いいよ
世界の何処にも見当たらない様な 約束の口付けを原宿でしよう
何その詩?
あさ美がよく言ってたの
ふうん、わかった。帰ったら一緒に原宿行くか
うん、絶対だよ
私は真希さんと、大事な約束を交わしました。
手を繋いで再び歩き始めました。
幸せでした。
この幸せが、いつまでも続くと信じていました。
闇は芽生えていた
生存者はたったの七人、小さな孤島
希美の知らない場所で、闇は確実に芽生えていた
これが真希と希美の最期の会話になる
〜第六話 終〜