学園に寝泊まりするようになって数日、生徒の中には体調の不良を訴える
者も多くなってきた。
「愛ちゃん大丈夫? 顔色悪いよ」
生徒会副会長の石川梨華は、同じく書記を務める高橋愛の具合が良くないこ
とに気付いていた。気丈に頑張る高橋を前にその事を切り出しかねていたの
だが、ついに高橋の足元がおぼつかなくなるに至り、強がりのレベルを越え
ていると石川は判断した。
「無理しないで少し休んでなよ」
「大丈夫やよ〜」
高橋は机を支えに立ちあがり、生徒達に配るプリントの束を持ち上げようと
した。その拍子、高橋は紙吹雪をまき散らして派手に倒れた。
「キャーッ!!」
石川の劇的な悲鳴が学園中に響き、近くにいた保田が真っ先に駆けつけた。
石川は両手を胸の前で組み合わせて、テレビのヒロインのように悲鳴をあげ
続けていた。彼女が左膝を折り曲げ飛び跳ねているのを見て保田は苦笑した。
診察を終えた養護教諭の石井リカは眼鏡を外して目頭を押さえた。
「先生、愛ちゃんは大丈夫なんですか? 必要なら私の血を使ってくださ
い!」
鼻息荒く袖をまくり上げる石川を見て、石井は吹き出しそうになるのを堪え
た。
「どうやら栄養失調ね」
「え〜、そんなの変です。必要な分の食事はちゃんと支給されているはずで
す」
「石川が高橋の分まで食べちゃったんじゃないの?」
保田がからかうと、石川は首を激しく振って否定した。
「石川は小鳥のように小食なんですよ。……でも、そう言えば」
「何か思い当たる節があるの?」
「高橋さんってみんなと一緒に食事をするのが苦手だって、いつも一人で食
べているんです。でも、食べているとこ見たこと無いから、ひょっとしたら……」
「う、うーん」
「目を覚ましたわ」
「高橋さん、具合はどう?」
「ああ、ごめんなさい。大丈夫やよ」
「あんた、なんで食事を摂らないのよ」
「あの〜、の〜」
高橋はしばらく掛け布団のシーツを揉んで悩んでいたが、やがて顔を上げて
言った。
「私ってば捨て犬とか見ると放っておけなくってぇ、みんなに内緒でのぉ、
体育館の地下で犬っ子さ飼っとるんやよ」
石川は高橋のけなげさに打たれ、その両手を自分の手で包み込んだ。
「それで自分の食事を犬にあげていたのね。何でもっと早く言ってくれない
の。犬の餌ぐらい、私たちでなんとかするのに」
「あなたは高等部一学年のまとめ役なのよ。体調の管理も大切な仕事なの」
保田の方はやや呆れ気味に説教するが、その目には優しい光が宿っていた。
「ワンちゃんに餌さあげなきゃ……」
ベッドから起きあがろうとする高橋を石川が止めた。
「大丈夫、餌ならちゃんと私があげるから、愛ちゃんはもう少し休みなさい」
「はい、すみません」
高橋は呟き、程なく静かな寝息をたて始めた。
石川は犬の餌を入れた皿を片手に体育館の地下へ入っていった。保田も興
味に駆られてついて行く。体育館の地下は舞台の脇の小さな入口をくぐった
先で、保田はもとより石川ですらそんな場所があるとは知らなかった。
「さぁ、ワンちゃん、ごはんですよ〜」
石川は壁に電灯のスイッチを探しながら暗がりに向けて声をかけた。だが何
か様子が変だ。妙な胸騒ぎを覚え、保田は刀の柄に手を伸ばす。石川は素早
く壁をまさぐり、指先に金属の冷たい感触を認める。
「あった!」
スイッチを入れると蛍光灯がブーンという音と共に瞬きながら灯る。
「ヒッ!」
照らし出された光景を見て、石川は思わずみっともない悲鳴をあげてしまっ
た。そこには獰猛そうな大型犬が何十匹と放し飼いにされ、口から涎を滴ら
せながら貪婪な眼差しで保田と石川を睥睨していた。
「ぜ、全部拾ってきたのかしら……」
「これをワンちゃんと呼ぶのは抵抗があるわね」
* * * * *