午後に入り、各部隊が引き渡されると、それぞれの所属部署に応じたミー
ティングが行われた。二日目以降は保田の組んだ訓練メニューに従う予定だ
が、初日は自分の役割をしっかり覚えさせる必要があったのだ。
正門を守護する飯田隊、加護隊は、二個中隊合同でミーティングが行われ
た。最初に飯田が演説をぶつが、なんとも要を得ない話で一同戸惑いを禁じ
得ない。一生懸命何かを伝えようとするのだが、ピント外れであったり、例
えが非一般的すぎたりで、話せば話すほど本題から離れていった。
「そんなくだらない話はいいから、さっさと稽古つけてくれよ!」
集団の中から大声が上がった。前段はみな頷くところだが、後段については
顔を青くして首を横に振った。
「誰や!」
加護の誰何に応じて一団の中から一人歩み出る者がいた。
「小川!」
「飯田さんよぉ、あんた昨日は不意打ちしたくせに、随分立派な講釈垂れる
じゃねえか」
「ああ、本物の刀を見てお漏らししちゃった子ね」
「なんだと、このヤロー!」
飯田の挑発に乗って小川が掴みかかる。飯田は軽く体をかわすと、脇を抜け
る小川の足を引っかけた。小川は頭から派手に転んだが、回転しながらすぐ
に立ちあがった。
「お望み通り、稽古をつけてあげるわ。加護、木刀!」
飯田に命じられ、加護は午前中切り出したばかりの長柄の木刀を二人に投げ
た。
「さあ、構えなさい」
「なんだ、こんな物。あたしは素手で十分だ」
「構えるのよ!!」
予想外の大声で命じられ、小川は渋々木刀を手にした。
「まず、こう構えて」
「うるさいわ!」
飯田が構え終わらない内に小川が遮二無二突っかかった。ブンブン振り回さ
れる木刀を、飯田は最小限の動きでかわす。小川の動きも鋭利で素早いが、
何度木刀を振っても飯田にはかすりもしない。次第に小川の息も上がる。
「あ〜っ! 面倒くさい!」
業を煮やした小川は木刀を投げ捨て、足を大きく開いて低く構えた。次の瞬
間、パチンコ玉のような勢いで飛び出して飯田に迫る。その右手が飯田の首
に掛かる寸前、飯田は木刀の柄で小川の眉間をしたたかに打った。反り返っ
て崩れ落ちる小川。見守る誰もが息を飲んだ。
「精進しなさい!」
踵を返して立ち去ろうとする飯田のズボンの裾に、小川の手が絡んだ。
「お……おい、もうバテたのかよ……」
「なっ!」
飯田は眉間にしわを寄せ、足を引いて乱暴に小川の手を振り払った。
「全員、グランド二〇周だ。加護! この馬鹿を片付けろ」
飯田は憤然と校舎の方に立ち去った。
「逃げるのか! このヤロー」
威勢良く叫ぶ小川だが、身体の方はピクリとも動かせなかった。
「なんや、飯田さんも大人気ないわ。こんなに酷く打つこともないやん」
加護は足元に転がるボロ雑巾のような小川を眺めて言った。
校舎の暗がりに入った途端、飯田は右脇腹を押さえて膝をついた。シャツ
の裾をめくってみると、赤い手形が青く変色し始めている。
「ちょっとヒヤッとしたべ」
物影から声をかけられ、飯田は身をすくめる。一番見られたくない人物に見
られた。
「見てたの? なっちも人が悪いね」
「右手で首を狙うと見せて、左手で脇腹を突いてきたべさ。あんな技、なっ
ちも見たことないよ」
「思わず本気で打っちゃった」
「それでもまだ喋る元気が残っていたべ?」
「うん。面白いヤツなんだけど……手を焼きそうだよ」
飯田は曖昧に肩をすくめた。
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