翌日から学生達を集めた教練が始まった。吉澤は昨日のことなど忘れたよ
うに陽気で、他の者も敢えてその件には触れなかった。
生徒達を朝八時に校庭に集合させ、保田が部隊編成と作戦方針について簡
単な説明をする。その後、戦闘要員は保田、飯田、吉澤の三人によって、行
進や体操を反復練習し、号令によって的確に動く基礎を身につけた。
同時に、矢口と加護は非戦闘員を連れて校舎に入り、余裕教室の床板を剥
いで長柄の木刀を削り出させた。安倍は高橋に案内させて、校舎内、校庭、
体育館などを見て回るが、高橋の訛りのきつい早口の説明では思うように理
解できず、結局一つ一つを自分で確認することになった。
後藤は自らが選抜した精鋭部隊の基礎訓練にあたる。
「優秀なスポーツ選手を集めただけあって、この部隊ははじめから動きがい
いね」
笛の合図で様々な陣形をとる新兵を、後藤は満足げに眺めた。
「そうでしょ。ハロモニ学園ってお嬢さん校のイメージがあるけど、スポー
ツも盛んなんですよ」
傍らで笛を吹く石川が得意顔で言った。
(ま、中にはなんでここに紛れ込んだのか分からないヤツもいるようだが)
後藤が不快げに見る先には、笛の指示に必ず一拍遅れ、右を向かせれば左を
向き、屈ませれば伏せるような、何とも要領の悪い生徒がいた。
「それに比べて、真ん中の紺野君はさすがだよ。空手でも陸上でも優勝して
いるそうじゃないか。精鋭部隊のリーダーに抜擢して正解だな」
「あの……真ん中は西田さんですが」
「え、そうなの? じゃあ紺野君は?」
「あそこで、えっと……独特の動きをしている人です」
石川が指さしたのは、先ほど後藤が苦々しい思いで見た、要領の悪い生徒だ
った。
「あ、そう」
(マズい、マズいなぁ。せっかくの精鋭部隊もリーダーがあれでは活用でき
ないぞ。とは言え、今から一方的にリーダー変更って訳にもいかないしなぁ
……。データだけで選んだのは失敗だったか)
「どうかしました? 後藤さん」
石川が妙にニコニコ顔で言った。
「いや、別に(こいつ、分かってて言ってやがるな)。あ、打ち合わせがある
から、後で紺野君を私の所によこしてくれ」
「ハイ!(プププッ)」
休憩中、石川に呼ばれた紺野が、緊張した面持ちで後藤の元を訪れた。
「こ、紺野あさ美と申します。お、おお、お呼びでしょうか」
「あぁ紺野君。まあ、楽にしてよ」
「は、はい」
「ところでさあ、今回、君に精鋭部隊のリーダーをお願いしたんだけど、ど
う? できそうなの?」
「は、はい。完璧です!」
「そ、そう(ホントかよ)。でも、無理そうならそう言ってよ。リーダーって
いうのはみんなの命を預かる、とても責任の重い仕事だから」
「完璧です! チョトツモウシン頑張ります」
「ああ、頼むよ(気付いてくれ〜)。しかし、ホントにホントに、自分に向い
ていないと思ったら言ってよ。いつでもイイからさぁ」
「あ、ありがとうございます。完璧です!」
「(ガックリ)……じゃあ、もう帰っていいよ。部隊のみんなと親睦を深めて、
いろいろサポートしてもらいなよ」
「は、はい。あり、ありり、あり、ありあとうございまし、ますた」
紺野は来たときと同様、緊張した面持ちで帰って行った。
「あーあ、手と足を同時に出して歩いてるよ。私のミスだし、この部隊は最
後まで私が面倒見るしかないな」
後藤が独り言を漏らすと、脇から「プッ」と言う声がした。そちらに目をや
ると、木陰に隠れて笑いをかみ殺す石川と目があった。
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