六人の敵に囲まれた小川は間合いを測りながら作戦を練った。敵が動く前
に先手を打つ。リーダーと思しき男に超低空から急接近し、伸び上がりなが
ら顎をめがけて両手を突き出す。男の両足が地を離れた瞬間には次の敵を目
指して駆けだす。コマのように回転しながら接近し、足を絡めて転倒させる
と素早く背後に回り込んで喉を絞める。頚動脈を圧迫して二秒で落とすが、
その二秒の間に別の男が背後に迫った。男は小川の髪を掴んで引っ張り上げ
た。
「ずいぶん舐めたマネしてくれるじゃねぇか、お嬢ちゃん」
男は小川の喉元に切っ先を突きつける。小川は肩越しに男を睨み上げると最
後の虚勢を張った。
「舐められてイキリ立ったかい? 坊や」
挑発された男が小川の喉を切り裂こうとした刹那、右方向から疾風が走り、
男は地に落ちる前に意識を失った。
「麻琴っちゃん、大丈夫?」
「あさ美ちゃん!」
紺野の電光の蹴りが小川を救った。紺野は小川の背後に入り、背中合わせに
なって取り囲む賊に挑んだ。合図もなしに両者一斉に飛びだす。二人の格闘
家は共闘することで数倍の力を発揮した。
紺野と小川が敵に包囲されていることに気付いた後藤は血相を変えて助け
に走った。その後藤の見ている目の前で、二人は襲いかかる野盗全員をもの
の数秒でノックアウトする。後藤は唖然とした表情でこれを眺めると共に、
紺野に対する自分の評価がいかに不当であったかを痛感する。
最後の敵を屠った小川が親指を立ててウインクすると、紺野は小川に飛び
ついて強く抱きしめた。突然のことに小川はドギマギした。
「ちょっと、あさ美ちゃん。照れるよ……」
紺野はそのままくずおれた。
「あさ美ちゃん? あさ美ちゃん!」
紺野の背中に黒い短剣が刺さっていた。紺野は自ら楯となって小川を守った
のだ。後藤が一足飛びに跳んで暗殺者を斬る。それは小川が最初に倒したは
ずの男であった。小川は状況が理解できずにただ立ちつくしていた。駆け寄
った後藤が傷口を見て無情にも首を横に振る。紺野は末期の息で語りかける。
「ご、後藤さん……」
「喋るな! 紺野」
「か、完璧でした?」
「ああ、完璧だ。紺野あさ美は完璧だよ!」
紺野は微笑みの中に息絶えた。小川は豪雨に打たれてなお明らかに落涙し、
絶叫しながら戦場に舞い戻った。あまりの荒れように後藤も止めることはで
きなかったし、また止めようとも思わなかった。
小川の最期を見た者はいない。乱戦の中、何人かが獣人と見まがう小川の
暴れぶりを見ているだけだ。翌日になって満身創痍の亡骸が発見された。そ
の頬に残る紅涙の痕は、奇しくも飯田が予見したように、涙が彼女の命を奪
ったことを物語っていた。飯田は霊安室に横たわる物言わぬ小川の頬を拭い
ながら、その耳元にそっと囁いたという。「ねえ、笑って……」と。
小川の死に様を知る者は一人もいないが、一つだけ容易に想像できること
がある。小川麻琴は自らの闘魂に殉じた。
* * * * *