一方、その月明かりの下、加護が校庭を見回っていると物影から辻が姿を
見せた。
「どうしたんや、のの。おしっこか?」
加護の問いかけを無視して、辻は加護の手を掴みグイグイと引っ張った。意
外なほど強い辻の力に、加護は引きずられるように連れて行かれた。辻は黙
ったまま加護を連れて学校を抜け出した。はじめは抵抗した加護だったが、
いつしか手を繋いで散歩でもしているような気分になっていた。そして二人
はそのまま河川敷の花畑までやって来た。一面のコスモスが月の光を浴びて
輝いていた。辻は屈んで花を摘みはじめた。
「のの?」
「明日になったらお花も死んでしまうのれす。だから、今のうちに摘んであ
げるのれす」
「何バカなこと言っとるんや! 誰も死なん。花も、ののも、ウチも。誰も
死なんのや」
加護は辻の腕を引っ張って立ち上がらせると、肩を掴んで無理矢理自分の方
に向き直らせた。辻は泣いていた。
辻は加護を振り切って駆けだした。しかし、一〇メートルほど走った辻は
不意に倒れ、そのまま動かなくなった。
「のの!! どうしたんや!」
加護が慌てて駆け寄り抱き起こすと、辻は加護の腕の中でニコっと笑った。
「わーい、ひっかかったのれす」
「コラッ! ウチをからかったんか!」
二人はまるで二匹の子犬のように、たがいにもつれ合いながら花畑を走り回
った。加護は辻のために花冠を編んだ。形は少し歪んでいたが、花冠は辻に
よく似合った。辻は自分の姿を月光にきらめく川面に映し、少し照れたよう
に笑った。
その頃、石川は血相を変えて学園中を走り回っていた。中等部三年の辻希
美が行方不明になったのだ。生徒の面倒を一手に引き受けた石川である。戦
いではたいして役には立てないが、その代わりマネージメントは万全であり
たいと常に心を砕いている。にも拘わらず、最も大切な生徒の安全確保が疎
かになっていたとあっては安倍達に会わせる顔がない。石川は激しい焦燥を
感じ、瞳にこみ上げる熱いものを堪えることができなかった。
ひょっこり辻が現れた。石川の心配をよそに薄ら笑いを浮かべている。傍
らに立つ加護を見て石川は全てを察した。
「どこに行っていたのよ!」
石川は辻の返事を待たずに、その頬を激しく打った。加護の作った花冠が地
面に散った。悲鳴をあげて逃げだす辻を追いかけて、石川は何度も何度も辻
を叩いた。心配した分の怒りもあった。だが、加護に対する怒りもあった。
学生と浪人が友だちになるなんてあってはならないことだ。それを分かって
いながら辻をたぶらかした加護が許せなかった。その怒りを加護にぶつける
ことができない石川は、代わりに辻を打つしかなかったのだ。
騒ぎを聞きつけて飯田が、そして安倍と後藤が駆けつけた。遅れて吉澤が
眠い眼を擦りながらやってきた。近くの教室の生徒達も集まってきた。飯田
が石川を止めに入る。
「一体どうしたっていうの! 何があったの」
石川は半狂乱になって喚く。
「辻が……辻が、浪人と遊び歩いたのよ。友だち気取りで!」
「え? 浪人と友だちって……誰!?」
石川は歯がみして俯いた。固く握られた拳が打ち震えている。一同は当惑し
て辺りを見回した。加護が騒ぎをよそに背を向けて立っているのを見て、よ
うやく誰もが合点がいった。
「まあ、そんなに怒らないでよ。人間、明日をも知れぬ命となれば、一人よ
り二人と考えても不思議はないっしょ。こんなことは戦場ではいくらでも起
こるよ」
飯田が懸命になだめにかかるが、石川は横を向いて聞き入れようとしない。
「じゃあ、親御さんには何て説明すればいいんですか。浪人の方と友だちで
すって言えば喜んでもらえるんですか?」
この数日間、寝起きを共にして気心が知れてきたとは言え、所詮は学生と浪
人である。石川を苦悩させ続ける冷たい現実を目の前に突きつけられ、安倍
達は返答に窮した。
「死んじまったらどうせ親には合わす顔が無いだろ! それと比べたらどれ
だけマシか考えろ!」
雑踏の中から大声を上げたのは小川だった。なるほど、小川の意見はもっと
もだ。だが、それをにわかに受け入れることは石川にはできなかった。石川
は無言でその場を走り去った。
「何でぇ、人騒がせだな」
とぼけた口調で吉澤が言ったが、雰囲気は和まなかった。
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