小説「七人の娘。」

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265カコイイ名無し
 一方、その月明かりの下、加護が校庭を見回っていると物影から辻が姿を
見せた。
「どうしたんや、のの。おしっこか?」
加護の問いかけを無視して、辻は加護の手を掴みグイグイと引っ張った。意
外なほど強い辻の力に、加護は引きずられるように連れて行かれた。辻は黙
ったまま加護を連れて学校を抜け出した。はじめは抵抗した加護だったが、
いつしか手を繋いで散歩でもしているような気分になっていた。そして二人
はそのまま河川敷の花畑までやって来た。一面のコスモスが月の光を浴びて
輝いていた。辻は屈んで花を摘みはじめた。
266カコイイ名無し:02/10/14 22:59 ID:9/30UuD4
「のの?」
「明日になったらお花も死んでしまうのれす。だから、今のうちに摘んであ
げるのれす」
「何バカなこと言っとるんや! 誰も死なん。花も、ののも、ウチも。誰も
死なんのや」
加護は辻の腕を引っ張って立ち上がらせると、肩を掴んで無理矢理自分の方
に向き直らせた。辻は泣いていた。
 辻は加護を振り切って駆けだした。しかし、一〇メートルほど走った辻は
不意に倒れ、そのまま動かなくなった。
267カコイイ名無し:02/10/14 23:00 ID:9/30UuD4
「のの!! どうしたんや!」
加護が慌てて駆け寄り抱き起こすと、辻は加護の腕の中でニコっと笑った。
「わーい、ひっかかったのれす」
「コラッ! ウチをからかったんか!」
二人はまるで二匹の子犬のように、たがいにもつれ合いながら花畑を走り回
った。加護は辻のために花冠を編んだ。形は少し歪んでいたが、花冠は辻に
よく似合った。辻は自分の姿を月光にきらめく川面に映し、少し照れたよう
に笑った。
268カコイイ名無し:02/10/14 23:01 ID:9/30UuD4
 その頃、石川は血相を変えて学園中を走り回っていた。中等部三年の辻希
美が行方不明になったのだ。生徒の面倒を一手に引き受けた石川である。戦
いではたいして役には立てないが、その代わりマネージメントは万全であり
たいと常に心を砕いている。にも拘わらず、最も大切な生徒の安全確保が疎
かになっていたとあっては安倍達に会わせる顔がない。石川は激しい焦燥を
感じ、瞳にこみ上げる熱いものを堪えることができなかった。
269カコイイ名無し:02/10/14 23:02 ID:9/30UuD4
 ひょっこり辻が現れた。石川の心配をよそに薄ら笑いを浮かべている。傍
らに立つ加護を見て石川は全てを察した。
「どこに行っていたのよ!」
石川は辻の返事を待たずに、その頬を激しく打った。加護の作った花冠が地
面に散った。悲鳴をあげて逃げだす辻を追いかけて、石川は何度も何度も辻
を叩いた。心配した分の怒りもあった。だが、加護に対する怒りもあった。
学生と浪人が友だちになるなんてあってはならないことだ。それを分かって
いながら辻をたぶらかした加護が許せなかった。その怒りを加護にぶつける
ことができない石川は、代わりに辻を打つしかなかったのだ。
270カコイイ名無し:02/10/14 23:03 ID:9/30UuD4
 騒ぎを聞きつけて飯田が、そして安倍と後藤が駆けつけた。遅れて吉澤が
眠い眼を擦りながらやってきた。近くの教室の生徒達も集まってきた。飯田
が石川を止めに入る。
「一体どうしたっていうの! 何があったの」
石川は半狂乱になって喚く。
「辻が……辻が、浪人と遊び歩いたのよ。友だち気取りで!」
「え? 浪人と友だちって……誰!?」
石川は歯がみして俯いた。固く握られた拳が打ち震えている。一同は当惑し
て辺りを見回した。加護が騒ぎをよそに背を向けて立っているのを見て、よ
うやく誰もが合点がいった。
271カコイイ名無し:02/10/14 23:03 ID:9/30UuD4
「まあ、そんなに怒らないでよ。人間、明日をも知れぬ命となれば、一人よ
り二人と考えても不思議はないっしょ。こんなことは戦場ではいくらでも起
こるよ」
飯田が懸命になだめにかかるが、石川は横を向いて聞き入れようとしない。
「じゃあ、親御さんには何て説明すればいいんですか。浪人の方と友だちで
すって言えば喜んでもらえるんですか?」
この数日間、寝起きを共にして気心が知れてきたとは言え、所詮は学生と浪
人である。石川を苦悩させ続ける冷たい現実を目の前に突きつけられ、安倍
達は返答に窮した。
272カコイイ名無し:02/10/14 23:04 ID:9/30UuD4
「死んじまったらどうせ親には合わす顔が無いだろ! それと比べたらどれ
だけマシか考えろ!」
雑踏の中から大声を上げたのは小川だった。なるほど、小川の意見はもっと
もだ。だが、それをにわかに受け入れることは石川にはできなかった。石川
は無言でその場を走り去った。
「何でぇ、人騒がせだな」
とぼけた口調で吉澤が言ったが、雰囲気は和まなかった。

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