「増援部隊は殆ど残っていないべ。でも、明日には残存部隊を再編して死に
物狂いの総攻撃をかけてくるべさ。決戦は明日だべ」
作戦会議に集まった面々は一様に表情を厳しくした。
「決戦に備えて、みんな交代で休みを取った方がいいね。生徒達はずいぶん
疲れているみたいだし」
飯田が実務的判断力を見せる。
「じゃあ、そのように指示するべ」
「悪いけど石川は休憩前に生徒達の点呼を頼む」
「はい」
快い返事と共に石川は校舎の方へ駆けだした。同時に、作戦会議の面々も自
分達の部署に散って行った。
紺野を休みにやった後、後藤は紺野の部下の西田と木下を呼び止めた。精
鋭部隊でも一二を争う優秀な学生であった。
「ちょっと聞きたいんだけど、二人は紺野のことどう思ってるの?」
「と言いますと?」
後藤の真意を捉えかねて西田が聞き返す。
「だってほら、紺野って何て言うか、あまりパッとしないじゃない」
「う〜ん、はじめは戸惑いましたけど、慣れたって言うか。あさ美ちゃんっ
て一生懸命じゃないですかぁ。だからこっちも何とかしてあげなきゃって思
うんですよ」
「そうそう、本とか読んでいっぱい勉強しているみたいだし。後藤さんに教
わった剣の構え方だって、一人で夜中まで練習しているんですよ。あまり上
手じゃないけど、そういうの見せられちゃうと、ねぇ」
西田と木下は顔を見あって頷いた。
「あ、そう。いや、だったらいいんだ。ありがとう」
後藤は二人を退がらせた。部隊の中に紺野に対する不満がないと聞き、後藤
は少し安心した。そして、周囲のフォローがあることを前提に作戦計画を見
直しながら散策しはじめた。
正門付近に歩いていくと、前方の暗がりから声をかける者がいた。小川麻
琴だった。
「後藤さん」
「ん、何?」
小川と直接話したことはなかったが、その風評を聞いていた後藤はやや身構
えた。
「後藤さんがどんな理由であさ美ちゃんをリーダーにしたか知りませんが、
あまり無理なことはさせないでくださいね」
厳しい表情と裏腹に、意外にもしおらしいことを言ってくる小川に、後藤は
内心ホッとした。
「わかってる」
そっけなく言って立ち去る後藤を小川はずっと睨み続けた。最後に後藤の背
中に一言浴びせる。
「何かあったら承知しないぞ!」
後藤は肩をすくめて西門に向かった。
西門には高橋が歩哨に立っていた。
「異常はない?」
闇に目を凝らしていた高橋は背後から声をかけられて五〇cmも跳び上がっ
た。
「い、異常ありません」
しどろもどろに報告する高橋に後藤は微笑みかけた。
「あのぉ、後藤さん」
立ち去ろうとする後藤に、高橋が話しかける。
「何?」
「後藤さんの所のあさ美ちゃんなんですけど……」
(またか)
「あさ美ちゃんって、マイペースで少し要領が悪い所があるんです。だから……」
「ああ、わかった、わかった」
後藤は手を振っておざなりに答えた。恐縮しながら任務に戻る高橋を見て、
後藤は少し突っ慳貪な言い方だったかなと反省した。
「それにしても……」
(ホント、不思議な子だなぁ)
後藤はそう思いながら月を見上げた。紺野の顔のような、まん丸の月だった。
* * * * *