翌朝はのどかな鳥の声に始まった。安倍達の最初の仕事は、生徒達の緊張
をほぐすことだった。
飯田は一人ひとりの手を握って士気を鼓舞した。手荒く握り返してきた小
川には、手が痺れるほどの力で応じた。一〇〇の言葉より心が通じた。
保田は部下のそれぞれに声をかけた。食が細い者には精のつく食事を勧め
た。寝不足の者には熱いコーヒーを入れた。高橋には塗り薬を手渡した。
「あんた、これ塗っときなさい」
「これは?」
「ガマの油よ。練習のしすぎで槍を握る手がマメだらけでしょ」
高橋は慌てて両手を後ろに回した。
「隠したってダメよ。そんな手じゃあ本番で役に立たないわ。ガマの油はよ
く効くわよ〜」
ガマのような顔を真似る保田を見て高橋は吹き出した。
「ありがとうございます」
保田の心遣いに感謝し、高橋は深々と頭を下げた。
加護は吉澤のもとに赴いた。吉澤は陣屋の屋根に寝そべって腹を掻いてい
た。自らの緊張をほぐすためか、加護は無意味な話をまくし立てた。やがて
話は後藤の武勇に及んだ。
「しかし、ごっちんはすごいでぇ。散歩にでも行くように飄然と出かけて、
敵のライフルを奪ってきおった。あんな凄腕、見たことないで。ありゃホン
モンのサムライや」
吉澤は面倒くさそうに耳をほじりながら応じた。
「うるせー、うるせー。私は眠いんだからあっちへ行ってろよ」
吉澤に邪険に扱われた加護は、言いたいことを言い終えたこともあって素直
にその場を後にした。加護の気配が去ったと見るや、吉澤はやにわに立ち上
がり、せわしなく身支度を始めた。陣屋の壁を叩いて石川を呼び出す。
「梨華ちゃん、ここは任せるよ」
「えっ! えっ!? 困りますぅ」
「もう裏門は大丈夫。敵なんか来ないよ〜」
そう言って吉澤はどこへともなく駆けだした。