紺野の携帯がブルった。新垣からの連絡だ。
「後藤さん、来ます」
紺野が押し殺した声で報告すると、後藤はペンライトを振って部隊に合図を
出した。
「後藤さん、これを付けてください」
「何?」
「メガネです」
(そりゃ見れば分かるけどさぁ)
後藤は疑問を飲み込んで、紺野に渡されたメガネをかけた。
塀の上に物音があり、何者かが侵入してきたことが分かった。だが、後藤
は合図を出さない。非常に長く感じられる数秒が流れ、タイミングを見計ら
った後藤が立ちあがる。
「今だ!」
後藤の合図を聞き、槍を手にした生徒達が蜂起する。紺野が何かを天に放つ。
銀の尾を引いて夜空に刺さったそれは、閃光を撒き散らし辺りを昼のように
明るく照らす。後藤は自分のメガネが機械音を発して過剰な光を遮断したこ
とに気付いた。
「照明弾を作ってみました」
紺野が発射筒を右手に掲げながら言う。
光に目を射られた敵兵は視力を失い右往左往している。遮光メガネで網膜
を守った後藤の部隊は逃げ惑う敵にトドメを刺すだけでよかった。
一方、裏門を守護する吉澤は敵の到来を待ちきれなかった。もともと待つ
ことが嫌いな吉澤である。陣屋から躍り出て、闇に向かって奇声をあげる。
はたして堀に潜んでいた敵兵が脅しに屈して燻り出された。待ってましたと
ばかりに盲滅法太刀を振るう吉澤の前に敵兵が次々となぎ倒される。野生の
勘で戦う吉澤は暗闇など物ともしない。
三人ばかり斬って敵の攻勢も一段落した頃だろうか、誰かが肩を叩いて陣
屋を示した。何かと思い陣屋を覗くと、石川が侵入してきた敵をツルハシで
仕留めたはいいが、敵の断末魔の形相に臆したものか、腰を抜かして動けな
いでいた。吉澤は微笑みながら、
「ヒョー、梨華ちゃん、よくやったよ。カッケー」
と肘で小突いて石川を正気付かせた。
正門を攻めた敵は飯田の鬼神のごとき活躍に撤退を余儀なくされた。加護
も初の戦果を上げたが、斬り慣れぬものを斬って悄然としていた。
「投石機!」
飯田の合図で台車に乗せられた装置が運び出される。矢口が残した投石機だ。
操作員は留学生のミカとアヤカの二名である。
投石機の最大の問題はクランクの重さにある。一度発射したら巻き上げる
のに三分以上かかるのが普通だ。戦場で三分を失うことは敗北を意味する。
可能なら一撃必中が望まれるこのポジションに敢えて外国人を配した理由は、
一つには集団訓練における言語の壁から留学生を離脱させるためだ。しかし、
もっと重要なのは二人の息がピッタリであるということだった。母国語で話
し合える二人は、片時も離れることのない親友と言えた。
ミカが照準を合わせ、アヤカがトリガーを引いた。麻糸で巻かれた弾が上
空に打ち出され、敵の頭上に燐光を発する液体を撒き散らす。液を浴びた敵
兵は酸に焼かれて苦悶する。間髪入れずに飯田の部下が蠢く燐光を目がけて
矢を射かける。
「なんや、この弾は!」
初見の加護が驚きの声を上げた。
「コレハ紺野サンガ作ッタ新兵器、発光硫酸弾デ〜ス」
ミカが得意げに見せたそれは、麻糸でグルグル巻きになったドッジボールの
ようなものだった。
「へ〜、まるで椰子の実みたいやなぁ」
「Oh! Good! コレカラハ『ココナッツ・ボンバー』ト呼ビマショウ」
その夜の攻勢は一段落ついた。
「ダメ押しに来た敵は這々の体で引き上げだべ。緒戦は我が軍の勝利だべさ」
安倍の勝利宣言にわき上がる一同。安倍は掛け声をあげて士気をさらに鼓舞
する。
「明日は手はず通りでいくべ。じゃ、頑張っていきま〜っ」『しょい!』
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