飯田は加護に戦況と作戦を聞かせる。それは、加護に語ってどうと言うで
はなく、むしろ自分自身で反芻して状況を頭に叩き込もうとしているようだ。
攻め手の到来を待つ時間はなんとも長く感じられ、持ち場で息を潜める学生
たちはこの上なく緊張している。飯田はうかつにも敵が迫ることを聞こえよ
がしに語ってしまった自分を呪った。戦い慣れた者ならいざ知らず、初陣の
学生には重い話だった。
小さくなって震えている学生の集団から一人出てきた。またも小川麻琴だ
った。
「みんな、いったん出なよ」
飯田の意見も聞かず、小川は勝手に命令した。加護が止めるのを無視して小
川は陣中に潜む味方を整列させる。
「よ〜し、行くぞ! 一! 二! 三!」
『ダーーー!』
みんなが声を揃えて叫び、不安が消し飛んだ。小川は「どうだ」と言いたそ
うな顔で飯田を見やる。飯田は鼻で笑ってあしらう。
ここ数日の訓練で小川は格闘戦のスペシャリストとなった。飯田がその才
能に目をつけて厳しくしごきまくったからだ。他の生徒ができないことでも
小川には当たり前のように要求した。ほかの生徒の訓練が終わった後も小川
を一人残して鍛えた。激しく叱咤し、口汚く罵倒した。褒めたことなど一度
もなかった。気の強さに反して小川は涙もろかった。飯田に叱られて人前で
もはばからずに泣いた。だが泣いた小川は強かった。加護などは小学生のケ
ンカだと笑ったが、強くなるスイッチを持つヤツは実力以上の働きができる
ことを飯田は知っていた。しかし、それが命を危険に晒すスイッチであるこ
とも理解していた。
飯田の評価はともかく、小川の機転で部隊の士気が上がったのは確かだ。
掛け声を聞いた他の部隊からも鬨の声が上がる。
保田も正門の部隊に倣って、陣屋に息を潜める自分の部隊を整列させて鬨
の声を上げさせた。面倒見の良い保田は復調した高橋を自分の部隊に編入さ
せて訓練した。高橋は槍さばきが卓越しており、槍隊の隊長に任命された。
当初は穂先が見えなくなるほどの連続突きや、柄を縦横に用いた棒術まがい
の戦法などを披露して保田を感心させた。だが、そのポテンシャルに比して
高橋の技術は伸び悩んでいた。もともと合唱部員であり、運動とは縁遠い高
橋である。保田は高橋が疲れの溜まりやすい体質なのだと思い労った。
「いよいよ来るわ。頼むわよ、高橋」
保田は傍らで緊張して立つ高橋を励ました。
「保田さん、ちょこっと預かっておくんねの。準備があるんやよー」
高橋は自分の槍を保田に預けると、手足に巻いたバンドを解き始める。外れ
たバンドは音を立てて地面に転がる。何かと思い拾いあげようとする保田だ
が、あまりの重さに踏鞴を踏む。
「何よ、これ。メチャメチャ重いわよ! こんなオモリで鍛えてたの?」
「そうなんです。鉛を取ったら随分楽になりました」
高橋は前動作なく軽く跳躍し、保田に預けた三mの槍の穂先にチョンと触れ
た。
* * * * *