闇が迫り、やがて夜の帳が下りた。学園は予想される夜襲に備えた。安倍
は、敵の夜襲が一点集中するものか、分散して襲ってくるものか読みかねて
いた。安倍自身の足で要所を回って様子を探るが、今ひとつ決断の決め手が
無い。裏門を小部隊で陽動攻撃し、手薄になった正門に戦力を集中するのが
セオリーだ。だが、それを逆手にとって最初から裏門に集中する目もある。
あるいはゲリラ戦的分散攻撃でこちらの士気を挫くつもりかもしれないし、
今夜はやり過ごしてこちらのスタミナ切れを狙うこともありうる。いずれに
しても、敵のリーダーの力量が分からないのでどんな愚策も奇策となり得た。
腕組みをして巡回する安倍が通りかかると、本来指揮官がいるべき指令台
になぜか新垣が陣取っている。あぐらをかいた脚の上にノートパソコンを置
き、少し舌を出しながらキーボードを弾き続ける。裏門から戻ってきた安倍
が不審に思って声をかける。
「新垣、何やってるの? あんた非戦闘員なんだから教室にいなくちゃダメ
だべさ」
安倍の言葉を無視して新垣は言った。
「敵はすでに四方に分散して学園を取り囲んでいますよ。門がない所からも
攻め入ってくる雰囲気ですね」
「え? なんでそんなことが分かるんだべ?」
「ほら、見てください」
新垣に示されモニターを覗き込むと、そこには学園近辺の地図が示されてお
り、明滅する赤い点が学園を囲むように配されている。
「何だべ?」
「アメリカの軍事衛星に入り込ませてもらったんです」
「そんなこと、できるんだべか?」
「ええ。当たり前のような顔で入り込むのが私の特技ですから」
新垣は以前安倍に評されたときの言葉を返した。安倍は暫し思案し、新垣の
言葉を信じて守護部隊を分散配置する決意をした。
立ち去ろうとする安倍の背中に新垣が声をかける。
「安倍さん、一回だけ魔法が使えます。必要になったら言ってください」
安倍は新垣の言う意味が分からず、首をひねりながら校庭中央に向かった。
各部隊は侵入に対して柔軟に対応できるように配置された。正門を含む南
に飯田と加護、西門と西の壁を保田、裏門沿いの北に吉澤、門の無い東の後
藤は必要に応じてどこにでも救援に向かえる配置だ。
塀を乗り越えての侵入に対抗するよう、塀の上には有刺鉄線を張り、塀の
下には逆杭を打ってある。そうは言っても完璧な防御など望めるはずもない。
最終的には学生による詰めが必要だ。
安倍は物見やぐらに登り四方を見据えた。静かだ。だが、この闇の静寂に
死の刃が息を潜めていることを安倍は知っていた。迫り来る戦乱の兆しに、
安倍の顔から微笑みが消えた。
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