小説「七人の娘。」

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168カコイイ名無し
 裏門の橋を落とす作業は難航していた。園芸部の三人が中心になっている
が、矢口を失って作業効率は悪化した。吉澤が生徒に混じって奮闘する所に
加護が敵の襲来を告げた。
「何しとるん。早よ橋落としてえな」
「見りゃ分かるだろ。今やってるって」
そんなやりとりの間に、早くもどこからかバイクの音が聞こえ始める。
「こりゃ、あかん」
加護は危険を報せるべく安倍の元に急いだ。
169カコイイ名無し:02/09/29 22:30 ID:CCIfTZrU
「くっそ〜、こうなったら迎え撃って……」
吉澤が言いかけたとき、橋の下から激しく打ち付ける音がする。慌てて堀へ
降りた吉澤は、橋の下に潜り込んで無茶苦茶にツルハシを振るう石川を見た。
「梨華ちゃん……」
石川は吉澤の呼びかけに応じることなく無言で橋を崩し続ける。吉澤は堀の
向こうに渡って彼方に目を凝らす。
「来たーーーー!」
黒煙を撒き散らすオートバイ軍団が迫る。その威容を見て吉澤は自陣に駆け
戻る。橋の上でひと飛びすると、みごと橋は崩れ、吉澤は下にいた石川と共
に瓦礫に埋まった。二人は同時に瓦礫の中から頭を出し、ハイタッチで成功
を喜びあった。
170カコイイ名無し:02/09/29 22:31 ID:CCIfTZrU
「あ、ウサギ小屋!」
園芸部の木村が声を上げた。職員駐車場の隣に彼女たちの作ったウサギ小屋
があった。近日中に引っ越す予定であったが、予想外に早く攻撃を受けたた
めそのままだった。
「おい、やめろ! 無茶だ」
制止する吉澤を振りきって戸田も里田も駆けだした。
「ウサギ小屋を移すの、矢口さんとの約束なんです」
矢口の名を出されて躊躇した一瞬が運命を分けた。賊のオートバイが堀を隔
てて整然と並び始める。指揮をとるべき吉澤は自陣を離れられなくなった。
171カコイイ名無し:02/09/29 22:32 ID:CCIfTZrU
 ならば、せめて敵の目を自分に引きつけようと、堀の向こうでこちらを窺
う野盗の群を吉澤が挑発する。銃声に驚いて跳び上がると、たった今吉澤が
立っていた場所の地面がえぐれている。それにも懲りずに吉澤は挑発を続け
る。銃を手にした男が再び構えるのを見て、吉澤は急ぎ引き返す。
「無茶はよせ!」
急を聞いて駆けつけた安倍が吉澤をたしなめる。賊は右往左往していたが、
ついに攻め手を失って引き上げた。
「ざまぁ見ろってんだ!」
吉澤が飛び出して敵の背に罵声を浴びせる。
172カコイイ名無し:02/09/29 22:32 ID:CCIfTZrU
「あ、ウサギ小屋が!」
誰かの叫びに振り返ると、ウサギ小屋から煙が立ちのぼっている。
「やりやがったな!」
吉澤は引き止める安倍を無視して堀へ下り、飛沫を上げながら水辺沿いにウ
サギ小屋を目指した。安倍も懸命に後を追う。ようやく安倍が追いついたと
き、吉澤は堀の中央で呆然と立ちつくしていた。視線を追うとウサギ小屋は
紅蓮の炎に包まれている。
173カコイイ名無し:02/09/29 22:33 ID:CCIfTZrU
「おーい、誰かいないか!」
吉澤の呼びかけに応じ、小屋の裏手から里田が出てきた。手には何か抱えて
いる。
「里田! 戸田は? 木村は?」
里田は吉澤の問いに答えることなく、おぼつかない足取りでゆっくり近づき、
手に持った何かを吉澤に託して倒れかかる。安倍が駆け寄り里田の身体を抱
き支えるが、背中に回した手に生暖かい感触を覚え慄然とする。見れば安倍
の手は鮮血に染まっているではないか。
 安倍は吉澤の手の中を覗き込んだ。里田が最期に託したそれは、震える小
さなウサギの赤ん坊だった。
174カコイイ名無し:02/09/29 22:34 ID:CCIfTZrU
「よくぞ……」
安倍は今際に瀕した里田にこの上ない賞賛と敬意を送った。里田の亡骸を肩
に負い、吉澤に撤退の声をかける。しかし吉澤は応じない。
「どうした、よっすぃー。行くべ」
「……こいつは私だ」
吉澤は生死の境を彷徨うウサギの赤ん坊を捧げ持ち、血の香漂う浅瀬に膝を
屈した。
「戦に家も家族も焼かれ、行くアテも帰るアテもない。灰の中から引きずり
出された死に損ないの赤ん坊、私も……私もこんなんだったんだー!!」
吉澤は手の中の小さな命に頬を寄せて慟哭した。天衣無縫に思われた吉澤だ
が、その心中には複雑な渓流が巡っている。安倍は改めてそれを感じ、かけ
る言葉もなく吉澤の背中を見つめた。その背中はいやに小さく感じられた。

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