裏門の橋を落とす作業は難航していた。園芸部の三人が中心になっている
が、矢口を失って作業効率は悪化した。吉澤が生徒に混じって奮闘する所に
加護が敵の襲来を告げた。
「何しとるん。早よ橋落としてえな」
「見りゃ分かるだろ。今やってるって」
そんなやりとりの間に、早くもどこからかバイクの音が聞こえ始める。
「こりゃ、あかん」
加護は危険を報せるべく安倍の元に急いだ。
「くっそ〜、こうなったら迎え撃って……」
吉澤が言いかけたとき、橋の下から激しく打ち付ける音がする。慌てて堀へ
降りた吉澤は、橋の下に潜り込んで無茶苦茶にツルハシを振るう石川を見た。
「梨華ちゃん……」
石川は吉澤の呼びかけに応じることなく無言で橋を崩し続ける。吉澤は堀の
向こうに渡って彼方に目を凝らす。
「来たーーーー!」
黒煙を撒き散らすオートバイ軍団が迫る。その威容を見て吉澤は自陣に駆け
戻る。橋の上でひと飛びすると、みごと橋は崩れ、吉澤は下にいた石川と共
に瓦礫に埋まった。二人は同時に瓦礫の中から頭を出し、ハイタッチで成功
を喜びあった。
「あ、ウサギ小屋!」
園芸部の木村が声を上げた。職員駐車場の隣に彼女たちの作ったウサギ小屋
があった。近日中に引っ越す予定であったが、予想外に早く攻撃を受けたた
めそのままだった。
「おい、やめろ! 無茶だ」
制止する吉澤を振りきって戸田も里田も駆けだした。
「ウサギ小屋を移すの、矢口さんとの約束なんです」
矢口の名を出されて躊躇した一瞬が運命を分けた。賊のオートバイが堀を隔
てて整然と並び始める。指揮をとるべき吉澤は自陣を離れられなくなった。
ならば、せめて敵の目を自分に引きつけようと、堀の向こうでこちらを窺
う野盗の群を吉澤が挑発する。銃声に驚いて跳び上がると、たった今吉澤が
立っていた場所の地面がえぐれている。それにも懲りずに吉澤は挑発を続け
る。銃を手にした男が再び構えるのを見て、吉澤は急ぎ引き返す。
「無茶はよせ!」
急を聞いて駆けつけた安倍が吉澤をたしなめる。賊は右往左往していたが、
ついに攻め手を失って引き上げた。
「ざまぁ見ろってんだ!」
吉澤が飛び出して敵の背に罵声を浴びせる。
「あ、ウサギ小屋が!」
誰かの叫びに振り返ると、ウサギ小屋から煙が立ちのぼっている。
「やりやがったな!」
吉澤は引き止める安倍を無視して堀へ下り、飛沫を上げながら水辺沿いにウ
サギ小屋を目指した。安倍も懸命に後を追う。ようやく安倍が追いついたと
き、吉澤は堀の中央で呆然と立ちつくしていた。視線を追うとウサギ小屋は
紅蓮の炎に包まれている。
「おーい、誰かいないか!」
吉澤の呼びかけに応じ、小屋の裏手から里田が出てきた。手には何か抱えて
いる。
「里田! 戸田は? 木村は?」
里田は吉澤の問いに答えることなく、おぼつかない足取りでゆっくり近づき、
手に持った何かを吉澤に託して倒れかかる。安倍が駆け寄り里田の身体を抱
き支えるが、背中に回した手に生暖かい感触を覚え慄然とする。見れば安倍
の手は鮮血に染まっているではないか。
安倍は吉澤の手の中を覗き込んだ。里田が最期に託したそれは、震える小
さなウサギの赤ん坊だった。
「よくぞ……」
安倍は今際に瀕した里田にこの上ない賞賛と敬意を送った。里田の亡骸を肩
に負い、吉澤に撤退の声をかける。しかし吉澤は応じない。
「どうした、よっすぃー。行くべ」
「……こいつは私だ」
吉澤は生死の境を彷徨うウサギの赤ん坊を捧げ持ち、血の香漂う浅瀬に膝を
屈した。
「戦に家も家族も焼かれ、行くアテも帰るアテもない。灰の中から引きずり
出された死に損ないの赤ん坊、私も……私もこんなんだったんだー!!」
吉澤は手の中の小さな命に頬を寄せて慟哭した。天衣無縫に思われた吉澤だ
が、その心中には複雑な渓流が巡っている。安倍は改めてそれを感じ、かけ
る言葉もなく吉澤の背中を見つめた。その背中はいやに小さく感じられた。
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