小説「七人の娘。」

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138カコイイ名無し
 敵が統制を取り戻し始めていると知り、矢口は退却を命じる。血の気が治
まらぬ吉澤の耳を引っ張り、すでに退却し始めた後藤の後を追う。車にたど
りついた矢口は、当惑している様子の後藤を問いただす。
「どうしたの、後藤」
「石川が……石川がいない」
「え? ちょっと、どこいったの」
「ヒョー、あそこにいるの、梨華ちゃんじゃない?」
139カコイイ名無し:02/09/25 22:09 ID:FBZShvy6
吉澤の示す方向を見ると、炎を背に激しく剣を振るう影があった。混乱した
敵を挑発して死に物狂いで立ち向かっていく。
「あいつ、何やってんだよ〜」
矢口が走り寄り石川を後ろから掴まえる。返り血でドロドロの身体は滑りや
すかった。
「このド糞野郎ども! 豚臭ぇ尻なますに刻んでやるから出て来やがれ!」
石川は普段の上品さからは想像もできないほど荒れていた。小さな矢口が引
っ張って引っ張りきれるものではない。矢口と石川が行きつ戻りつしている
間に貴重な数秒が失われた。
140カコイイ名無し:02/09/25 22:10 ID:FBZShvy6
“パンッ!”
乾いた音が響き、石川の背中から矢口がずり落ちた。火薬の匂いが立ちこめ
る。後藤と吉澤が駆け寄る。足元に転がる矢口を見て、石川が呆然と立ちつ
くす。吉澤が矢口を抱え、後藤が石川を引きずって車に戻る。ドアが閉まる
と同時にホイールを軋ませて車が飛び出す。
141カコイイ名無し:02/09/25 22:11 ID:FBZShvy6
 車内は暫し沈黙に覆われていた。ハンドルを握る吉澤は前を凝視し、後部
座席の後藤は抱えた矢口の傷を見ながら、後ろの追っ手を気にかけていた。
石川はただ黙って、自分の膝の上の握り拳を見つめて震えていた。
「どうしたって言うんだよ! 梨華ちゃん!」
運転する吉澤が突然大声で問うと、助手席の石川は萎縮した。後部座席から
聞こえる矢口の呻き声が次第に弱くなっている。
「黙ってちゃ分かんないよ! 現に矢口さんが撃たれているんだ。何とか言
えよ!」
吉澤のいつにない怒りに、石川がようやくその重い口を開いた。
142カコイイ名無し:02/09/25 22:11 ID:FBZShvy6
「私……燃える炎を見ていたら何が何だか分からなくなってしまって……」
荒くなる呼吸を何とか鎮めようと努力しながら石川は続けた。
「火が……火がみんなを焼いたんです。福田会長も、石黒さんも、市井さん
も、みんな火を点けられて生きながらに焼かれたんです、私たちの見ている
前で!」
石川は顔を手で覆って泣きだした。吉澤が見ると、石川の右腕に血が滲んで
いる。
143カコイイ名無し:02/09/25 22:13 ID:FBZShvy6
「梨華ちゃん、怪我してるじゃん」
石川は吉澤に掴まれた腕を反射的に引っ込めた。その勢いで袖の裂け目が広
がる。
「梨華ちゃん、それは……」
石川は素早く隠したが、吉澤は見逃さなかった。裂け目から覗いた石川の腕
には惨たらしい火傷の痕が刻まれていた。石川もまた炎の洗礼を受けた一人
だったのだ。吉澤はそれ以上彼女を責められなかった。
144カコイイ名無し:02/09/25 22:14 ID:FBZShvy6
 後藤に支えられながら、矢口はうわ言のように呟き続ける。
「石川、怪我は軽いの? よかった。ところで、裏門の橋、もう少しで落ち
るんだけどさ、カントリーに任せて大丈夫かな……」
「他人の心配はいいよ。今は喋らない方がいい」
「に、新垣のヤツ……大丈夫かなぁ……オイラ、最後まで信じてあげられな
かったよ」
少し寂しそうな顔をして、矢口はゆっくりと目を閉じた。
「ヤグッつぁん! ヤグッ……!!」
後藤の悲痛な呼び声も今は虚しかった。

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