誰に言われたわけでもなく、加護は朝夕哨戒に出かけるのが日課となった。
他の場所を早足で回って来ると、いつもの河川敷に急いだ。加護の予想通り、
今日もまた辻が花に水をまいていた。
「まったく、言っても聞かへんからなぁ」
加護は苦笑いしながら土手を下って行った。それに気付いた辻は手を振って
呼んだ。
「あいぼ〜ん」
「のの、また勝手に外出したんやな。危ないやんか」
「大丈夫れす。あいぼんが側にいてくれるのれす」
辻の無邪気な笑顔に加護の心は痛んだ。ここ数日で二人の仲は急速に深まっ
ていたが、学生とあまり親しくなるのは好ましくない。それは加護にも分か
っている。それでも他の誰よりも学生に近い年齢の加護にとって、同じ年代
の友人を持つ誘惑は何とも耐えがたかった。加護の心でせめぎ合う二つの感
情が複雑な渦を成して、彼女を苦悩の中に引きずり込んでいく。
「どうしたんれすか? 元気ないのれす」
加護の葛藤を知ってか知らずか、辻は加護の顔を覗き込んで静かに微笑む。
昨今味わった試しのない温もりに触れ、加護は我知らず辻の肩をひしと抱き
しめる。少しびっくりした辻だが、加護の身体にそっと手を回して支える。
「あいぼんは甘えんぼさんなのれす」
互いの心臓が共鳴して次第に激しいリズムを刻み始める。加護の身体が一瞬
震え、そのまま辻を草むらに押し倒す。何が起こったのか分からない辻は仰
天して激しくもがく。
「シッ! 静かにするんや」
「なんれすか、どうしたのれすか」
加護は黙ったまま辻の頭を低く押さえつける。その時、どこからか低い轟き
が辻の耳にも届き、次第に大きくなるのが分かった。
堤防道路を三台のバイクが通り過ぎる。件の盗賊集団に間違いない。
「もう来おったか……」
「あいぼん、怖いのれす」
辻に指摘され、自分が厳めしい顔をしていたことに気付いた加護は、できる
限り優しい顔を取り繕って言った。
「のの、しばらくここに隠れてから川沿いに帰るんや。ウチはもう行くわ」
「あいぼん……」
「心配あれへん。それからな、しばらく水まきはウチがやるわ」
「ののも来るのれす」
「ダメや。大丈夫、ののの花畑をウチが枯らす訳ないやろ」
「ののとあいぼんの花畑なのれす」
「そやったな……じゃあ、ウチ行くわ」
加護は低い姿勢で走り出した。途中何度も何度も辻を振り返る。そのたびに、
辻は捨てられた子犬のような視線を加護に投げかけてくる。引き返したい衝
動を振り切り、加護は学園めがけてひた走った。最初の角を曲がったとき、
誰かにぶつかりそうになって息を飲む。
「ごっちん!」
後藤の仏頂面を見上げ、加護は体面を失った。
「見てたんか、みんな」
後藤は無表情で何も言わなかったが、答えは加護にも分かっていた。加護は
逃げるようにその場を後にした。
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