8
「なに、その顔?」
「え?」
あざけるような口調で言われてあたしはハッとした。
「故郷がこんなんなってる知らないで帰ってきたあたしがそんなにおかしい?」
「別になんにも言ってないじゃん」
あらぬ言いがかりをつけられてあたしは言い返す。
「顔が言ってるの」
「同じ顔でしょ」
後藤さんは、言葉に詰まってふぃっと顔を逸らした。
あたしは、立ち上がる。
「ねぇ、今までどこに行ってたの?」
「どこに?・・・さぁ、どこだったのかな〜」
後藤さんは、くすっと笑った。
あんたには関係ないじゃん、と言われるかと思っていたあたしは、その思いがけない反応に戸惑い言葉を捜した。
「あたし、なにしてたんだろうね」
次の言葉を見つけるよりも先に後藤さんが言った。
「こんな町よりもっとあたしには似合うところがあるってビッグになって帰ってくるって
大口叩いて家飛び出して・・・・・・結局、なにもつかめなかった」
彼女の瞳から静かに滴が一つ零れ落ちた。
それを気にすることなく地上を見つめたまま彼女は続ける。
あたしに話しかけているというよりは自分自身に問いかけているような口調。
「・・・大切なものはいつだってすぐ傍にあったのに自分で捨てて、
気づいた時にはこのザマか・・・・・・ホントバカだよ」
――大切なもの
後藤さんにとってはこの故郷。
あたしにとっては・・・・・・・・・
「あはっ、らしくないな〜。こんな話、あんたに言っても分かんないってのにね」
後藤さんが、目元を拭いながら涙をこらえるように空を見上げた。
「・・・分かるよ」
「え?」
「あたしも・・・今、おんなじような感じだし」
あたしの口は、自然と言葉をつむいでいた。
9
あたしたちは、きっと――寂しいのだ。
あたしは、さっき考えかけた答えを出していた。
後藤さんもあたしも寂しくてたまらない。
夢を追って一人で外に出て待っていたのは厳しい現実だった。
そう、あたしも後藤さんと同じ。
だからこそ、後藤さんのことならなんでも分かるような気がする。
後藤さんは、きっと最初から大切ななにかを知っていた。
でも、それが本当に自分のためにあるものじゃないと、それを知るのが怖くて、
だからそこから離れようとしたんだ。
そして、時間はかかったけどやはりそれこそが大切なモノだと気づいて引き返した。
引き返したところにはもうなにも残っていなかったけれど――
後藤さんにとってはこの故郷こそが全てだったんだ。
あたしは、思う。
じゃぁ、同じように大切なものを置いてきたあたしはどうなんだろう。
あたしは、もう引き返せはしない――
だけど、それはずっと心の中、細胞の一つ一つに残っている。
あたしにとって大切なもの。大切な場所。
それは――
10
「ねぇ」
あたしは、後藤さんに声をかけた。
「なに?」
気だるげに後藤さんは答える。
「大切なものってさ・・・・・・きっと目に見えるものだけじゃないと思う」
「・・・」
「後藤さんにとってこの町が大切なものなら、それはきっと後藤さんの中に残っているから・・・・・・だから」
そこまで言って、思った
――あたしは、いったい後藤さんになにが言いたいんんだろう。
思いだけが先走ってうまく言葉にまとめられない。
「ワケわかんない」
「だよね、あは・・・」
あたしは、自分が思っていたことを指摘されて曖昧に笑った。
後藤さんは「でも・・・」とあたしの方を向いた。
「ありがと・・・・・・」
「え?」
一瞬、聞き違いかと思って聞きなおすと後藤さんは「なんでもない」と言って、
それから意外にもふんわりとした優しい笑顔をあたしにくれた。
――あたしって、こんな顔して笑うんだ。
あたしの口元にも――抑えようのない微笑がひろがってゆく。
「アハッ、素直になろうよ〜」
「うるさいな〜」
あたしたちは、太陽が昇りきるまでただぼんやりとそこにいた。
なんか切ないな〜。好きですこの話。
作者サン、がんばってね。
11
さっきから妙に眠い。
この旅の最中こんなに眠気を感じたことは初めてだった。
それは、なにかを予兆しているかのようにあたしは感じていた。
「これからどうしようかな」
みっちゃんの寝ている家に帰る道すがら後藤さんが頭に手をやりながら言った。
あたしは、さっきからずっと考えていたことを口にする。
「ねぇ、あたしのかわりにみっちゃんと旅したらどうかな?」
「は?」
「いい人だよ。からかうと面白いし。旅してくといろんなことも経験できるし
その中で見つかるものもあるんじゃない?」
あたしが言うと、後藤さんは顔を曇らせた。
「あんたはどうすんの?」
「あたしは・・・ほかに行くところがあるからさ。
みっちゃんともここでお別れする予定だったんだ」
ウソをついた。
後藤さんがあたしのことを気にするといけないから――
それにさっきよりも激しい眠気があたしの全身に回っていた。
「でも・・・」
「大丈夫だって〜。それにみっちゃんは一人だとすぐにどっかで死んじゃいそうだから
一人にするの心配だったんだ。後藤さんと会えてラッキーみたいな」
あたしがなんとかそう口にしたとき、家が見えてきた。
ドアの前に心配そうな顔をしたみっちゃんが立っている。
なにかを言っているのか口がパクパクと動いている。
なぜか、あたしの耳にはその声は届かない。
不意に立っているのも辛くなってあたしはしゃがみこんだ。
後藤さんが、慌ててあたしを覗き込でくる。心配そうに口を動かしている。
なにかを言っているみたいだ。
だけど、同じようにその言葉は聞こえなかった。
視線だけ動かすと視界の端にみっちゃんがあたしの元に走ってきている姿がぼやけて移った。
全てが薄れていく。
ああ――
もう、この世界とはお別れなんだな。
ぼんやりと思った。
終わりは、突然に来るってよく言うけど・・・
ほんとに笑っちゃうくらい突然だな。
せめて、みっちゃんにお礼ぐらい言いたかった・・・・・・
「―――――――」
あたしは、顔を上げてなにかを口にした。
Fine