【T・E・N】 第72話 安倍と小川
「なんてことを・・・」
「小川っ! 違うの! あれはののじゃないの!」
安倍は足に電気コードを絡ませたまま、小川に詰め寄る。
「もう、みんな! このままじゃ死んじゃうの?
分かるでしょ? 小川! ねぇ!」
「そんな・・・でも・・・辻ちゃんが・・・」
「そうだ・・・一緒に逃げよう! ここも危ないよ!」
「・・・」
「ちょっと待ってて、今コードがこんがらがっちゃって、えへへ」
安倍はしゃがみ込んで、絡み付いて取れないコードを強引に引きちぎろうと
するが、当然のようにビクともしない。
焦れば焦るほど、固く結びついてしまう。
「・・・安倍さん、ちょっと待って」
「え?」
小川が冷静に、安倍の足から伸びているコードの元を一本一本慎重にたぐり
寄せて、結び目を緩めていく。
「小川・・・」
黙々と、絡みを解く。安倍の座っている角度からは小川の表情は一瞬づつし
か確認出来ないが、口をきゅっと締めて歯を食いしばって涙を堪えているよう
に見えた。
小川は、ほとんど怪我を負っていなかった。安倍にとって、今まで見てきた
メンバーの姿が異様なだけに奇妙な違和感を憶えた。
「・・・あ・・・ありがと・・・」
「さあ、これで足が抜けるはずです。行きましょう」
「ちょっと待って、あと一本だけ・・・」
安倍が膝のあたりにひっかかっていた、太めのコードをやや強引に引っ張る。
カラン。
聞き慣れない金属音が、薄暗いステージ下に響きわたる。
それがコードの引っかかっている、ステージを支える骨組みである鉄骨パイ
プのうちの一本が倒れた音だということに、安倍は気が付かなかった。
さあ行こう、と小川に声を掛けようと安倍が思った瞬間、視界全体が斜めに
ゆっくりと傾く。
「あれ・・?」
自分が眩暈か何かで、倒れかけているのかと思った。
「危ないッ」
小川が強引に、手を握りしめ引っ張る。
視界の斜体の歪みは徐々に鋭角になってゆく。安倍たちを取り囲んでいる、
ステージを支える骨組み。竹薮のように入り組んでいるその鉄骨が、垂直か
ら徐々に角度をつけはじめている。全ての鉄骨が一斉に。
「痛い!痛い!」
そんな安倍の声に構わず、小川は走り続ける。とはいっても、安倍がパイプ
を倒してからほんの10秒程、距離にして5メートル弱だったが、その間スロ
ーモーションの映像を見ているような感覚に襲われた。
一斉に崩れるステージ。
間一髪のところで、二人はステージ下から抱き合ったまま転げ出た。
再び粉塵で辺りが真っ白になる。小川も安倍も激しくせき込む。だが崩れた
ステージの床やパイプ直撃はなんとか免れたようだ。
自分たちがつい数秒前までいた、ステージ下を振り返る。鉄パイプとベニヤ
板などが、整理されていない工具箱の中身のように入り乱れて、人のいる隙間
は一切ない。
もしあのまま、ステージの下に留まっていて瓦礫に押しつぶされていたかと
思うと・・・。
「うぐぐ・・・」
小川が振り返り、悲しさと強さを含んだ目で安倍を見つめる。その目で安倍
と同様にあの地獄を見てきたのだろうか。とにかく言葉を交わすこともなく、
ふたり手を繋ぎ、見つめ合って「生き延びた」余韻にしばらく浸っていた。
が突然、小川の安堵に満ちた顔が、また驚愕の表情に歪む。
「ど・・・どうしたの、小川?」
安倍は彼女が口をぽかん、と開けながら見つめている背後を振り返る。
照明用の高さ10メートル以上はあろうかという太い鉄骨を組み合わせた柱
が、まっすぐ二人に向かって倒れかけていた。赤と水色、緑の幻想的な光。そ
して火花。
むき出しになった大型のスポットライト。直撃すれば、さきほどステージが
崩れた時とは比較にならないほどの打撃を受けるだろう。
だがもう間に合わない。
「いやぁぁぁ!!!!」
ガラガラ。
ガシャン。バチバチ。
鉄骨が崩れる音。
スポットライトが割れる音。電線がショートして火花が散る音。
「ううん・・・」
わたし、生きている・・・?
うそ・・・?
ゆっくりと、瞼を開ける。
安倍の瞳には、胸の上に頬を寄せ、額が血まみれになりながらも、身体に覆
い被さっている小川が映っていた。
目はうつろだが、どこか達成感に満ちた表情をしている。
右足に激痛が走るが、身動きが取れない。重い。小川のほかに見えるのは黒
塗りの鉄骨や、ガラスの割れたライト。
小川の口からなま暖かい吐息とともに、ささやくほどの小さな声。
「よかった・・・私助かったんだね・・・」
それが彼女から発せられた、最後の言葉だった。
【72-安倍と小川】END
NEXT 【73-安倍】
さしみキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
更新ラッシュ激しく楽しみに待つよ!
俺、横アリ行くけど(w
更新ラッシュもうれしいが
70〜72話を見てるとすっごい怖い…
横アリ爆破が現実味を帯びてきた気がする…
163 :
ななし:02/09/23 18:25 ID:Zx36YWre
更新ラッシュ楽しみ。
【T・E・N】 第73話 安倍
「私が今日、この同窓会に参加しようと思ったのは・・・このことをメンバー
みんなに打ち明けるためなんだ」
「・・・」
(なるほど。
それなら安倍なつみが、この5年間ずっとメンバーを避け続けていた理由も
納得がいく。
後ろめたかったわけね。
そして、今わたしにした話を、あの事件に遭遇したメンバー全員―――いや、
全員ではなくて小川以外の全員か―――が集まるこの同窓会の場で打ち明け
て、過去の過ちを少しでも清算したいってわけね)
(ということは)
・・・・・・・・・・・・
(こいつは、私が隠している秘密の一部も知っているってわけね)
「あえて、こう呼ばせてもらうわ―――大女優・安倍さん」
その女は、この暗闇に包まれたつんく♂の私室で、安倍が5年前のことを物
語っていたのと同じように小さな小さな声で話しかけた。
(―――こいつに対して、こういった呼び方をするようになるとは、現役時代
まったく思ってもみなかった)
安倍は先ほどから話をしながらずっと目に涙を溜めていたが、ここで初めて
大粒の涙がひとつだけ彼女の手の甲で弾けた。
「このことは同窓会で話すべき話題じゃないと、私は思う」
「え?」
安倍が逆転無罪判決を受けた被告人のように、ハッとした表情で女を見つめ
る。
「貴女は今、女優として成功している。
それは元モーニング娘。のなっちだからというわけでもなく、ましてやあの
悲惨な事件に巻き込まれた被害者だからというわけでもないよ。貴女に演技
の才能があったから。そして、その才能に溺れることなく努力し続けたから。
それでいいじゃん。
今さら貴女の成功に泥を塗るようなことをしたって、始まらないじゃない。
その告白によって、誰かが不幸から立ち直るっての?
どのメンバーかが幸福になるってゆーの?
病院のベッドで5年間眠りつづけているあのコだって、そんなこと望んでは
いない」
「・・・」
「ののや新垣の分まで、精一杯生きればいいじゃない。そうでしょ?」
「・・・そうなのかな、そうだよね・・・」
「それにスッキリしたんじゃない? 今話して」
「うん、ちょっとだけ・・・いやだいぶラクになった。
ずっと5年間、心の中で溜めておいたからかな・・・」
女は笑顔で、安倍の頭・肩・背中を優しく撫でる。
「私間違っていなかった。一人だけでも、このことを打ち明けたの」
「でしょ? ふふふ。でも私だけにしとこうよ」
「そうだよね。せっかく久しぶりにみんな集まるんだし、こんな暗い話されて
も困っちゃうよね」
「大丈夫。行こう。
もうすぐ6時。名シェフの美味しい夕食が待っているよ」
「あ、それで・・・あの・・・」
「ん?」
「なんでこの部屋にいるの?」
(そうだ。その弁解をしなくちゃいけない)
わざわざ他のメンバーの目を盗んで、鍵のかかったつんく♂の部屋に明かり
を消し、音を立てないようにこっそりと侵入しているワケを。
しばらく気まずい空気と沈黙に包まれた。
「・・・あのね、私も実はずっと隠していたことなんだけど」
「なに何ナニ?」
安倍が目を輝かせて、身を乗り出す。
「・・・私、つんくさんとは・・・その・・・男と女の関係だったの」
「えぇ!・・ごぶっ」
安倍が大声を出しそうになったので、慌てて口を塞いだ。
「〜! 〜!」
安倍は口を押さえつけられ喋れない状態なのに、やらしい笑顔で女を見つめ
続ける。
「今はもう終わったんだけど・・・昔ここに来たときの忘れモノを取りに来た
だけ」
安倍は手を離してもニヤニヤ笑みを浮かべている。この部屋に来てからずっ
と沈みがちだったのだが(あんな「告白」をしたのでは無理もない)随分本来
の明るさを取り戻してきたようだ。とはいっても「心からの笑顔」を失ったこ
とには変わりないのだが。
「で、あった?」
首をぶんぶん振る。
「なっちはどうなのよ? なんでこの部屋に・・・」
「え? 私?」
(ほかに誰がいるというのだ)
「私―――はね、これを置きに」
安倍はポケットから、何かを取り出す。
白く簡素な封筒の表には「つんく♂さんへ」と丁寧な文字。
「! ・・・なるほど」
多分その中に入っている手紙には、今安倍が話した告白の内容がこと細かに
書かれてあるのだろう。
メールでも電話でもなく、手紙というところが安倍らしい。
「ねえ、つんく♂さんには教えてもいいよね・・・さっきのこと」
「・・・うん、そだね。信じてもらえないかもしれないけど」
「信じてもらえなくったっていい。私つんく♂さんがいなかったら・・・」
「ハイハイ。それから、なっち」
「うん?」
「お互い・・・この部屋で話したこと、他のメンバーにはナイショだよ」
「分かった。そもそもウチらがこの部屋にいることじたい、不自然だもんね」
「でしょ? さっきのアノことも絶対ナイショだからね!」
「分かりましたってば」
「じゃこっそり・・・裏口から出ようか」
「うん」
女は平静を装うのに必死だった。目の前で話している安倍に、どす黒く渦巻
いている心を見透かされないよう―――
【73-安倍】END
NEXT 【74-??】
ぐは。なぜか今日に限って急な仕事が入った。
ピンチ。
フレンドパーク見ながら書いているよ。
次回は秘密。(っていうか進行具合で変えてゆく)
なんとか今日中に題意恥部完結したいのだが。
がんばれ、待ってるよ。
さしみ頑張れ!! 夜はまだ長いぜ
横アリは事件にならずに美しいタンポポ色に染まったとさ
( ´ Д `)・・・・・
続きがきになる小説だよね
ほんと期待してるよ
【T・E・N】 第75話 飯田と紺野
居間の古時計の鐘が6回鳴ってから、随分時間がたつ。
モーニング娘。同窓会の晩餐は6時開始の予定だったが、石川・高橋が言っ
ていたとおり、準備が多少遅れているようだ。
居間には夕食が始まるまでの自由時間を、それぞれ気ままに過ごしていたメ
ンバーたちが続々集まってきている。
「あとは手の込んだ衣装のリーダー様だけ?」
「よっすぃー、一人肝心な人忘れているよ」
「そっか、けーちゃん!」
「飯田さん、何してんだろ〜もう始まるってゆーのに・・・」
「さっき部屋のぞいてみたら、メイクをバッチリしてたよ」
「おばちゃんおばちゃん」
「こら加護っ!」
「紺野ぉ、イマドキ札幌のお土産で『白い恋人』って・・・」
各々が好き勝手に雑談している。そこには屋敷に来たとき、どこか他人行儀
な態度をとっていた安倍・矢口の姿もあった。やはり他のメンバーとは一定の
距離を置いているといった印象は否めないものの、軽い雑談に応じるなど、幾
分態度を軟化させてきているようではある。
「きたっ!!」
紺野が、東棟の廊下の奧からゆっくりとあらわれたリーダーの姿を確認し、
嬉しそうに叫んだ。
真っ赤なルージュとマニキュア、そして身体の線がくっきり浮き出るドレス
に包まれた飯田がファッションショーのモデルのような歩き方で、階段を一歩
一歩降りてくる。
大きく開いた胸元、そして深い谷間と理想的なバストの曲線には、同じ女同
士にも関わらず矢口はドキドキした。
その輝きに、居間にいるメンバー全員がため息を漏らす。
意外にも髪はポニーテール。白いリボンで結んでいるが、きらびやかな紅色
のロングドレスにはあまり似合っていないような気がした。少なくとも、そこ
にいる後輩たちは。
こんなセクシーなドレスにこそ、あえて幼い髪型にするより飯田の艶やかな
ロングストレートが本領を発揮するはずなのだが。
「準備できましたー!」
石川が食堂のドアから、顔だけをひょっこり出して居間にいる皆に伝えた。
「お〜やっと出来たかぁ」
お腹が空いている矢口が嬉しそうに、舌なめずりをしながら立ち上がる。他
のメンバーも三々五々食堂へと向かう。
中では高橋がテキパキと食器をテーブルの上に並べたり、料理を厨房から運
んできたりしている。
様々なディナーの香り漂い、おやつの時と同じく恍惚の表情を浮かべる紺野。
「もうお腹、ペコペコだよぉ」
加護が情けない声をあげる。
「あんなに紺野のお土産食べたのに?」
吉澤の絶妙なタイミングでのツッコミに、ほとんどのメンバーが大笑いした。
その時一回だけ鳴り響いた、古時計の音。
まだその音に慣れていないのか、何人かのメンバーが驚きのため肩をビクリ、
と動かす。
6時30分。
ディナー30分押し。
2階の遊技場への重厚な階段。歴史を感じさせる暖炉。ゴージャスな食器棚。
こういったものに囲まれて生活するのはどんな気分だろう、と矢口は思う。
(毎日ディズニーランドで、寝起きしているみたいな気分かなぁ)
食堂のまわりの壁には、加護がこの屋敷に滞在してからの一週間で作ったと
いう、色とりどりの紙で作ったオブジェや花飾りなどが彩りを添えている。そ
れはこの渋い食堂にマッチしているかどうかは個人の判断に任せるとして、洋
館の堅苦しい雰囲気を和らげるには十分だった。
特に「第1回・モーニング娘。同窓会!」と書かれてあるボード。
ハートマークや星、加護が描いた独特のメンバーの似顔絵(名前が記されて
いないので、まったく誰が誰だか分からない)などがタイトルの周囲を賑わし
ている可愛らしい仕上がりだ。
それぞれが食堂の席に着く。テーブルの上の座席を示す名札も、加護のお手
製だ。吉澤の名札が「よっすぃー」なのは当然だとしても、高橋のそれが「た
かはす」。
アンティークチェア、超ロングテーブル、金色の燭台―――どれをとっても
映画やマンガでいわゆる「大金持ち」を描写する際に使われるようなグッズが、
当然のように目の前に並んでいる。
細長いテーブルの端に飯田。
それを挟み込むように両サイドの片側(厨房側)が石川・加護・吉澤・安倍、
その反対側(階段側)に紺野・高橋・矢口が座る。
これだけ座っても隣の席同士、かなり余裕がある。リッチな食器に盛られた
豪華なディナーも、無理なく散らして並べられている。
矢口の隣りは空席になっているが、そこには後から遅れて到着する保田が座
る予定だ。
幹事であるリーダーは、みんなを見渡せる場所。高橋はその風格から、さな
がら洋館の女主人(しかも未亡人という設定)のように感じた。本人に言った
ら怒るだろうが。
すべての料理が運び終わり、石川と高橋もそれぞれの席についた。
リーダーの隣りに座っている紺野が高らかに宣言する。
「えー、本来なら我らがリーダー飯田圭織幹事がご挨拶するはずですが、都合
により不祥ながらわたくし紺野あさ美が副幹事として本日のモーニング娘。
同窓会の進行をつとめさせていただきます」
「都合により」―――そんな遠回しな言い方しなくったって、誰しもが分かっ
ている。
声量がもともと少ない紺野が必死になって声を張り上げる姿は、昔と変わら
ずどこかしら滑稽だ。
パチパチパチ、とわき起こる拍手。しかし、どのメンバーも苦笑い。
「このあとサブリーダー保田さんがこられることになっておりますが、仕事の
関係で少し遅れているようなので、料理が冷めないうちに一足お先に開催し
たいと思います。それでは、リーダーの開会の挨拶を読ませていただきます」
紺野は胸のポケットから四つ折りになっている便箋のようなものを取り出し、
それを読み始めた。
「みんな、忙しいなか集まってくれてありがとう。解散から5年たちました。
本当はもっと早くこうした集まりを開くべきでしたが、私自身心の整理がつ
くのに、相当時間がかかったというのが正直なところです。
本来なら13―――OGも含めて17人集まれば一番よかったのですが、あ
あいった悲しい出来事などがありまして。
今日はあの子たちの冥福をみんなで祈るということも含めて、でもしんみり
するのは私たちらしくないので、あの子たちが天国から見てても恥ずかしく
ない立派な生き方をしているゾ、というところをミンナで確認しあうような、
そんな同窓会にしたいと思います。
あと小川の一刻も早い回復も、みんなで祈りましょう
モーニング娘。リーダー 飯田圭織」
パチパチパチ。何人かのメンバーは小さく頷きながら拍手している。
付け加えるように、リーダーが手話で紺野に何かを伝えた。
「5年たったけど、ミンナいい顔している、って」
この5年、いろいろあった。苦しいことも、悲しいことも。
過去を忘れて生きてゆくことはできない。
でも過去ではなく、未来に向かって生きていかねばならない。
志半ばで人生が途切れてしまったあの子達のためにも。
「・・・それでは、若くしてこの世を去った辻希美さん、新垣里沙さん―――
そして後藤真希さんのご冥福を祈って一分間の黙祷をお願いします。黙祷」
・・・・・・・
紺野が「黙祷、やめ」と言ったその瞬間、玄関の呼び鈴が鳴り響いた。
最後の参加者の到着を知らせるチャイムだ。
【75-飯田と紺野】END
NEXT 【76-保田】
第74話は作者の身勝手な都合により、後日公開とさせていただきます。
ご了承下さい。
横アリ、良かったみたいね。
【T・E・N】 第76話 保田
「来た?」
「圭ちゃん?」
リーダーは黙祷が終わり目を開けたとき、みんなの様子がおかしいので紺野
に何が起こったのか訊いてみた。
「インターホンが鳴ったんです」
(じゃあ・・・来たのね、サブリーダーが)
急いで石川がエントランスのドアへと向かい、正面玄関の鍵を開ける。
「え? えええええ?」
テーブル席についているメンバーたちが、ホールドアの裏側から聞こえてき
た石川の驚きの声にざわついた。
しばらくして、石川に導かれてきたのは・・・。
ストレートボブの黒髪で顔の右三分の一を隠して、凛として落ちついた眼差
しをそこにいる全員に向けている女性。艶やかな藍色のシルクのロングドレス
と白薔薇のコサージュ。現役の頃からトレードマークのひとつであった肩のラ
インを、惜しげもなく披露している。スリットは深めで、そこからチラチラ覗
かせている、なまめかしい脚。かつては猫背気味だと言われていた背筋もぴん
と伸ばし、高めのヒールということもあるのだろうが、心なしか昔よりも身長
が高く見える。
綺麗だった。
「・・・本当に圭ちゃん?」
吉澤の声が震えている。
保田の肩に後ろから手を回している石川は、もうすでに涙目。
「みんな、心配かけてごめんね」
「保田さん・・・」
ずっとメール交換していた高橋も、こうして顔を会わせるのは事件以来5年
振りになる。
顔にあの時の傷痕が今も残っている、と本人からのメールにも書いてあった。
しかし目の前にいる女性は、髪の裏側には傷跡があるとしても、それを忘れ
させてしまう程の煌めきに満ちている、つまりひとことで言ってしまえば美人、
だ。
「マジ?」
矢口も未だに半信半疑といった表情を浮かべている。
「・・・会いたかった・・・です」
高橋が駆け寄る。
吉澤もこの屋敷に来てからあくまでもダンディズムを意識し、それを強調し
ていたのだが、ここにきて初めて「素」の間が抜けた泣き声を張り上げる。
「ぶえええええええん!」
この屋敷のエントランスと居間でいくつかのモーニング娘。メンバーの再会
があった。その中でも最大級の歓迎を保田は受けた。
「オイオイなんだよ、よっすぃーまで」
保田を中心に、高橋・石川・吉澤がわんわん涙を流しながら取り囲むように
抱きついている。
席に着いている加護や飯田も、もらい泣きしている。
「本当に、圭ちゃん、なの?」
安倍も確認するかのように、問い直す。
まるで目の前にいる保田が、別人であるといわんばかりに。
「だいぶ皮膚の移植手術をしすぎて、顔のツクリが変わっちゃったのかなぁ」
と本人は、照れ臭そうに話す。
たしかに面影はある。
それでも安倍はにわかに信じられない。
皮膚だけなのだろうか。
ついでに整形とかも、したんじゃないの?
安倍だけじゃなく、食堂にいるメンバーほぼ全員がそう思った。
それほどまで保田の顔は現役の頃とは、いい意味でかけ離れていた。
でも飯田だけは、整形じゃないと思った。
今の保田は自信に満ちている。
あの武道館の事件により、顔を失うといった大きなハンディを負ったにも関
わらず、単身渡米までして治療するといった行動力。
そして娘。の一員だった頃からソロシンガーとしての生きていくという固い
決意で歌い続け、その夢をここ数年でつかみかけている。しかも元モーニング
娘。という肩書きを一切利用せずに、自らの力だけで。
その内面から輝く自信が、オーラとなって今の保田の美貌を形成しているの
だろう。
女は美人に生まれてくるのではない。美人になるのだ。
泣いて抱き合っていた3人だったが、保田になだめられてようやく自分の席
に戻った。
「遅れてゴメンね♪」
保田は小さく手を合わせながら、自分の席につく。
飯田はこの食堂にに奇妙な磁場が生まれたような気がした。
「それでは皆さん、乾杯の音頭をせっかくですからたった今来たサブリーダー
にとってもらおうと思いますけどよろしいでしょうか?」
そう言う紺野も楽しそうだ。
「意義なーし!」
「それじゃあ保田さんお願いします」
保田がこの場の雰囲気を徐々に支配しているのを、飯田は感じ始めていた。
「ええーっいいっすか、私なんかで。それじゃあ」
保田が立ち上がる。
皆がグラスをかかげる。
【76-保田】END
NEXT 【77-モーニング娘。】
187 :
名無し募集中。。。:02/09/23 23:30 ID:3MKWYBbI
さしみさん、あんたスゴイよ。
どんどん引き込まれていきますです。
スマン、ageちまった…
逝ってくる
やはり23日中に第一部完は無理だったか・・・鬱。
特に第77話は23日に掲載することに意義があったんだけどなぁ。
(でも今夜中に更新するので待っててね)
少しずつでもいいので頑張ってください…
そんなこと言われたら寝れないYo!
74話にはどんな謎がかくされているのだろう・・・
【T・E・N】 第77話 モーニング娘。
保田が着席したあと、飯田はテーブルの周りをグルッと一通り見渡す。
目の前に次々と並べられた料理が待ちきれない様子の者。
隣りに座った、久しぶりの仲間と楽しそうに会話を交わす者。
あたかも自分は関係ない、といった態度で食堂のこの様子をやや冷めた目で
見つめている者。
メンバー各々が、この同窓会に臨む姿勢はバラバラだ。
そして解散から5年という月日の間に、歩んできた道のりも―――またそれ
ぞれに違っていた。
<石川梨華・23歳>
武道館爆破事件の混乱に紛れて、観客に暴行を受ける。それがトラウマ(精神
的外傷)となり極端な男性恐怖症に陥り、芸能界を引退。この5年間ほとんど
自宅に引きこもる生活が続いていたが、加護とは個人的な交流を深めていた。
料理・掃除などの家事を得意とする。同窓会では、加護とともにつんく♂邸に
1週間前から滞在し、二人で準備を進めてきた。
<加護亜依・20歳>
武道館爆破事件により、下半身の自由を失う。入院した先で自殺未遂を図るが、
後藤に一命をとめられる。以降メンバーの中で唯一、記憶喪失になった後藤と
交流。芸能界を引退後、実家には戻らずに関東地方の養護施設を転々とする。
つんく♂邸にいち早く来て、石川の心の支えになっている。
<吉澤ひとみ・23歳>
爆破事件で身体中に消えない傷跡を含め、大怪我を負う。それを機に、男性へ
と性転換し「おなべ系タレント」として活躍。また新宿にバー“Doll’s
EYE”という店を経営。繁盛している。この5年間は、メンバーとは一線を
画した独自の活動をしてきた。
<安倍なつみ・27歳>
事件の衝撃により、アイドル時代最大の魅力であった、心からの笑顔を失う。
その後いちはやく芸能界に復帰し、女優に標準を絞って活動。順調にキャリア
を伸ばし、5年の間に実力派としての地位を固める。メンバーとはあまり交流
が無かったが、今回の同窓会では参加を渋る矢口を半ば強引に誘う。
<紺野あさ美・21歳>
爆破事件の怪我が完治すると同時に芸能界を引退。地元に戻り普通の高校生活
を送る。その後、東京の難関私大に現役合格。再び上京後、今から半年ほど前
飯田にメンバーの中で最初に同窓会の相談を持ちかけられる。慣れないクルマ
の運転でこの山奥の洋館までやってきた。
<高橋愛・22歳>
事件後周囲の反対を押し切って、ソロシンガーとしてデビュー。根強いファン
層が支えているものの、売り上げ的には低迷が続く。グラビア誌など、ビジュ
アル関係のオファーもあったが、断ることが多かった。あくまでも、シンガー
ソングライターとして成長した姿を、保田に見せたいがために孤軍奮闘した。
<矢口真里・25歳>
あの事件に遭遇したメンバーの中で、一番軽い怪我で済んだ。しかし、自分の
持ち味を活かせる仕事が回ってこないために、徐々に芸能界での居場所を失っ
てゆく。この同窓会は、そんな自分の落ちぶれた姿を見せたくないという想い
もあり、参加しないつもりだった。
<保田圭・27歳>
例の武道館の爆破事件により、顔に大怪我を負う。当初傷が残ると言われたが、
単身渡米し治療に専念。かなり傷痕は癒えたものの、まだ顔の右半分には残っ
ている。アメリカでの後藤の自殺の現場に立ち会った。近年では日本で「犬神
音子」の芸名でFMラジオパーソナリティとして活躍する傍ら、ソロシンガー
としてもデビュー。2枚のCDシングルはいずれもスマッシュヒットを飛ばす。
そして最後。この同窓会の主催者でありモーニング娘。最後のリーダー―――
<飯田圭織・27歳>
やはり事件により、聴覚を失う。以後メンバーとはほとんど接触せずに、別ペ
ンネームで文筆業を細々と続けている。リーダーとして、この同窓会を立案・
企画し開催までこぎつける。つんく♂邸の居間に飾ってあるメンバー全員が描
かれている油絵は、飯田が贈ったものである。
解散から5年。
最後のステージに立ったメンバーは13人。
そのうち今日集まるメンバーは9人。
辻希美、享年16歳。
新垣里沙、享年14歳。
そして―――後藤真希、享年20歳。
(生きていれば、今日で23歳になっていたんだよね・・・)
保田は、胸がじわじわと痛む。
誰も話題にあげないのは、別に知らないからというわけじゃない。
思い出すのが辛いのだ。
9月23日。
この日は、後藤の誕生日でもある。
あの事件に遭遇したメンバーの中で、生きている者は5年間病室のベッドで
ずっと寝たきりの小川麻琴を除いて―――すべてここに集まった。
保田が立ち上がりグラスを掲げる。
それを見て、矢口もつられて立ち上がりそうになるが、車椅子に座っている
加護を視界の隅に捉える。周囲をうかがうと、彼女と同じように一瞬腰を浮か
せるものの、また座り直すメンバーを多く見かけた。
グラスを掲げたまま目を閉じ、感無量、といった表情を浮かべる保田。
そして透き通るような声で、高らかに宣言する。
「モーニング娘。5年振りの再会と、今後のミンナの活躍を祈って乾杯!」
「かんぱぁーい!!!!」
「ベイベー!」
2008年9月23日・午後6時50分。
最初で最後の、モーニング娘。同窓会が始まった。
【77-モーニング娘。】END
〜第一部 完〜