高橋愛のルーズソックス萌え

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144鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk

【T・E・N】 第71話 辻と安倍

「あべさぁん・・・」

 辻の甘ったるい声。

「のの・・・無事なの?」

「あべさん、おろしてくらさい。
 ここは、とってもこわいんれす」

 ステージにぽっかり空いたマンホールぐらいの大きさの穴から、じたばた手
を振っている辻を下から見上げる安倍。
 テレビに出演しているときなど、二人が隣同士になると必ず辻のほうから手
を握ってきた。本来なら、本番中にそんな行動はあまり好ましくないのだが、
スタッフも他のメンバーも黙認していた。どのメンバーも辻に甘えられるのが
大好きだったし、そしてスタッフもそんな辻を見て心を癒されていたのだろう。

 こんな非常事態でも、いやこんな状況だからこそ辻の甘えた声を聞き、安倍
はじんわりと心が和んだ。
 恐る恐るではあるが穴の真下まで進み、安倍は背伸びをしつつ腕を伸ばして
しっかりと彼女の手を握りしめた。
 あたたかい。

「ああっ! のの!」

「あべさん・・・」

  今すぐにでも抱きしめたい。
145鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/09/22 17:45 ID:ib8Aw9ru

 一時期、安倍と辻だけがユニット参加がないという時期があった。安倍は決
して口に出して言うことはなかったが、辻本人も薄々感じていたのではないか。
 なぜモーニング娘。にこのコを選んだのだろう、と。同時加入した4人のう
ち、辻だけを仲間外れにするなんて非道い仕打ちをするぐらいなら、いっその
こと選ばれなかったほうが・・・。

  やっと分かった。
  辻はみんなの心を優しくするために、いたんだね。
  モーニング娘。に舞い降りてきた天使なんだよね。


 突然、安倍の握っていた手にググッと力が入り、引っ張られるような感覚に
陥った。

「ちょ、ちょっとぉ・・・」

 安倍は動揺した。
 このままでは辻が安倍の上に落ちてきてしまう。さっきの彼女の言葉を思い
出す。

「おろしてくらさい」

 辻の身体は安倍の重さにひきずられて、すでに胸のあたりまで穴から飛び出
している。そのまま落下すれば2メートル強という高さと、鉄骨と瓦礫の入り
乱れた足場で、さらに怪我を負ってしまう恐れがある。

「のの、ちょっと待って、誰か呼んでくるから、ちょっと」
146鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/09/22 17:46 ID:ib8Aw9ru

 だが握った手は弱まるどころか、さらに安倍の手のひらを強く強く締めあげ
る。安倍は思い出した。そういえば辻はモーニング娘。の中で、一番の力持ち
だったことを。

 ドサッ。
 結局、安倍の胸で受けとめるような形で辻は落ちてきた。
 二人とも崩れるように、重なり合ったまま倒れ込んだ。

「ううん・・・」

 安倍にとってその衝撃はかなりのものだったが、胸や背中を強く打ちつけジ
ンジンと痛むものの、身動きがとれないという程のものではなかった。
 上に覆い被さっている辻が、やけに軽く感じられる。その辻が申し訳なさそ
うに言う。

「すいません、あべさん・・・。だいじょうぶれすか?」

「・・・のの?」

「れへへ、あべさんらいすき・・・」

 いきなり安倍は、胸に抱いていた辻を突き飛ばし立ち上がった。そして後ろ
に飛び退いたものの、ステージの骨組みが背中につかえてすぐに足が止まって
しまった。視線は辻に釘付けになっている。
147鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/09/22 17:47 ID:ib8Aw9ru

「あ・・・あべさん、どうしたんれすか?」

 辻は、震えている安倍の足首をつかむ。

「いや・・・離して・・・」

「あべさん、たすけてくらさい・・・」

「離してったら!」

 足をじたばたさせるが、今度は両手で左足首を握りしめる辻。この小さな体
のどこにそんな力が宿っているの?と驚くほどで、かっちりと鎖を巻き付けら
れたかのように床に安倍の左足が固定された。

「とってもさむいんれす。ののをひとりにしないでくらさい・・・」

「イヤッ! 離して・・・」

「おねがいれす、ののをひとりに・・・」

「離してよぉ! うああああ!!!」

 安倍はつかまれていないほうの右足で、がんがん蹴りつけた。
 辻の左肩から脇、背中や腰を。
 二度、三度。
148鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/09/22 17:49 ID:ib8Aw9ru

「離せぇぇ!!!」

 四回、五回、六回。

 がん。
 がん。
 がん。

「あ・・・あべさぁん?」

 がん。
 がん。
 がん。
 もう何度蹴っただろう。

「あああああああああああ!!!!!」

 がん。

 足首を掴んでいる手がパッと離れて、辻はごろごろと床を転げ回る。そこで
ようやく安倍は我にかえった。
 うずくまって震えているいる子犬のような辻を、茫然と見おろす。
 辻は力尽きて手を離したのではなくて、愛する先輩・安倍に蹴られたことが
ショックで手を離したのだ。そのことが蹴った本人にも痛いほど伝わってくる。
 いつの間にか、安倍の両頬は汗と血と化粧とススと涙が入り交じり、ボロボ
ロになっていた。
149鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/09/22 17:50 ID:ib8Aw9ru

「た・・・たすけ・・・」

 うつ伏せになった辻が顔を上げようとしたが、安倍はもう目を合わせようと
することなく背中を向け、その場から逃げだした。
 涙で前が見えない。
 何度も鉄骨に頭や足をぶつけるが、そんなことはお構いなしに、一刻も早く
辻といた場所から遠ざかろうと必死に前に進んだ。自分では全力で走っている
つもりだった。

「たすけて」

「ののをひとりにしないでくらさい」

「あべさんらいすき」

 どんどん距離は開いているはずなのに、安倍の耳にまとわりついて離れない
舌足らずな辻の声。

(違う「あれ」は、ののなんかじゃない・・・!!)

 鉄骨をいくつかくぐり抜けたところで、ライトの電源コードが安倍の足に絡
み付く。
 そのまま、すてん、と転んでしまった。
150鮪乃さしみ ◆vDQxEgzk :02/09/22 17:51 ID:ib8Aw9ru

(違う、違う、違う。
 私の知っている、ののとは違う)

 涙を拭いながら黒いコードを必死になってほどこうとするが、気が動転して
いるためか、ますます複雑な結びになってゆく。

(だって・・・だって私の知っているののは)

            ・・・・・・・・
「私の知っているののは、足がちゃんとあるもの!!」

 安倍はコードを握りしめたまま、しゃがみこんで泣き崩れた。
 もう、声にすらならない。嗚咽で息苦しくなり、吐き気すらもよおしてきた。
 瞼の裏に焼き付いて離れない、辻の蹴り飛ばされながらも寂しそうに安倍を
見つめる瞳。

 ふと、人の気配を感じた。
 縦横無尽に床を走るコード。それを踏みつけ堂々と大股に構えている足を、
安倍はぼんやりとした視界の隅に捉えた。自分たちと同じ、ピンクのラメの
はいったパンツルックのコスチュームを身につけて立ち尽くしている。

「なんてことを・・・」

 小川が今にも泣き出しそうな目で安倍を見下ろし、つぶやいた。


【71-辻と安倍】END
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