終末時計

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85第一章
(1)
 それから数年がたった。

 外では冷たい雨が降っている。
 朝には、叩き付けるような激しさだったのが、一時小降りになり、今では再び激しさを増し、雨音は
単調ではない微妙な合奏になっている。

 ミラクルボイスは唄っている。
 熱い光線を浴び、二人の汗の出るさまは滝のようだ。
 ファンたちの歓声、音響機器が発する音が、耳を破りそうに鳴り響いている。その中で二人の歌声が、
腹の底にこたえる頼もしさと力強さをもって響き続けていた。
86第一章:02/09/19 21:13 ID:r/E71AU/

(2)
 「ミラクルボイス」という名のこの女性デュオは、AIとRIKAと名乗る二人の女性で構成されている。
二人は、かつて、あるアイドルグループに所属しており、そのグループから脱退した後、ある者の推挙
で、事務所を移籍し、このユニットを結成したのである。

 ミラクルボイスは奇妙なユニットだった。一流の作曲家に依頼したメロディーに、やはり一流のアレ
ンジャーに依頼したサウンドを聞かせ、B=M=アローという正体不明の作詞家の詞を乗せ、AIとRIKAにヴォー
カルをとらせた。
 この二人の歌唱には不思議な魅力があった。清楚な、雑然とした現代ではありえないようなロマンチッ
クなモードを歌ったかと思えば、物憂くけだるく、どんより淀んだ都会の日常を歌い上げる。楽しげな
歌声で、すべてを明るく変えてしまう、可愛らしい妖精のような幻想的な一面を見せるかと思うと、抑
揚のない歌声で、聴く者を息苦しく眠くさせ、死に追いやるのではないかと思わせるような一面を披露
する。変幻自在で、捉えどころがなかった。こんなところは文字通り、奇跡の歌声としかいいようがな
い。この二人は、アイドル時代には、必ずしも歌唱力を評価されていなかっただけに、世間はなおさら
ミラクルボイスに夢中になっていった。

 AIとRIKAの持ち味を引き出しているのは、二人のパフォーマンスや、楽曲のメロディやサウンドもさ
ることながら、二人の唄う歌の歌詞に拠るところが大きい。平易な語彙で情景を描いていく。だが、そ
の何気なさの中にひそんでいる美と恐怖を、鮮やかに切り取る鋭さを感じさせる。なにか、ミラクルボ
イス専属の作詞家・B=M=アローの情念が肌身に迫ってきそうだ。